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Elämäプロジェクト

こんにちは。エラマプロジェクト代表、フィンランド生涯教育研究家・石原侑美です。

今日は冬至ですね。ご存知のように北半球では1年でいちばん昼が短く、夜が長くなる日です。

今年も調査研究のため、8月初旬から10月初旬の約2ヶ月間フィンランドに滞在しました。

冬になる前の時期でしたが、フィンランド北部の街に滞在したときは日の短さに気分が落ち込みぎみになりました。そんな経験も踏まえ、今回はフィンランドの暗くて長い冬をテーマにお話ししていきますね。

冬の準備は夏から始まっている!

日本では日焼けや紫外線を気にする方が多いと思いますが、フィンランドをはじめヨーロッパ全体では夏に上半身裸で外に出て日光浴をしている人が多いイメージはありませんか?

冬が近づくにつれ太陽の出ている時間がどんどん短くなるので、日差しを浴びられるときに浴びておこうという感覚なんですよね。ただただ肌を焼いているのではなく、冬の準備でもあるのです。

太陽の光を浴びるとセロトニンという物質が作られ体内時計が調整されますが、フィンランドの冬は日照時間が少なくなるためこのセロトニンが不足します。

そこでライトセラピーなど光を意識的に浴びてうつを抑制することを心がけている人が多いです。

また、マリメッコなどのフィンランドのテキスタイルは柄が大きいのが特徴ですが、家の中でも気分を明るくするためでもあります。

セロトニンの分泌を促進するビタミンDは食べ物からだけでは不足するため、サプリメントの摂取をフィンランド政府が推奨しています。

気晴らしできるものが少ないフィンランドでは、以前はお酒に逃げる人が多く、アルコール中毒者が増えたり、うつ病患者が増えて自殺率が高くなったりというのを繰り返してきました。そういった状況を避けたい考えが国をあげてのサプリメント推奨につながっているのです。

日本はフィンランドに比べると日照時間が長いので気づきにくいですが、もし鬱々とした感情を抱えている場合は、光が足りない可能性がじゅうぶんに考えられます。

昼の12時ですでに夕暮れ。北極圏の街・イバロでの経験

9月下旬にイバロという街を訪れました。地図を見ていただくと分かるようにフィンランドの北部で、北極圏の中に位置します。

イバロは冬至の前後1ヶ月はまったく日が昇りません。南にあるヘルシンキの冬至の日の日照時間は6時間弱ですがイバロまで行くと0分です。

9月下旬のイバロがどうだったかというと、お昼の12時からもう夕方のようなんです。冬の暗さにはまだまだという時期でも、毎日ほとんどの時間帯が夕方と夜という時間を過ごしていると些細なことですごく落ち込むことが多かったです。わたしだけかなと思っていたらパートナーも同じような状態でした。

日本で生活していると少し気分が落ちてしまったときには美味しいものを食べて気分転換をしたり、気晴らしにお気に入りのカフェに行ってみたりという方法もあるかと思いますが、イバロではそれができる環境ではありませんでした。

例えば日本で安く買える野菜もフィンランドでは600円〜800円(2023年9月時点)くらいするのでその点でも手軽に何かできるというわけではありません。

また、もちろんスマホを持っているので動画など見られますが、見ても全然気が晴れないのです。

イバロでの日々はじわじわとくるつらさを感じました。気分が晴れないと前向きに行動できないですし、そもそも体も動かしづらくなる感覚もありました。

季節性うつ病は、気分がその日の天気(光の時間と量)に左右されるものだそうです。そこで15時くらいに仕事を終わらせて、小高い丘にあるトレイルコースを歩いて気分を落ち着かせるという生活に切り替えてみることにしました。

フィンランドには日本のように高い山がありません。そこで、登山ほどキツくもないけど、散歩ほどラクでもないという、程よく体を使えるトレイルコースを歩きました。

大自然のエネルギーを全身で受けながら歩くと、多少気分が晴れるような気が。でも、太陽は夕方くらいの低さで、天気もスカッと晴れる日が少ない。ちょっとでも体を動かしていないと、狂ってしまいそうな気分でした。

この習慣を取り入れなければ、季節性うつの症状はもっとひどくなっていたのではないかと思います。

結果的に、イバロでの生活は予想以上に堪えたというのが正直な感想です。

逆に日本の恵まれている環境を実感することにもなりました。

フィンランド版大和魂「SISU」と幸福度の高さ

フィンランドには「SISU」という言葉があります。単純には訳せないフィンランド語のひとつではありますが、かなり分かりやすく表現すると「根性、忍耐」になります。

このSISUに関してはエラマライターズが記事を何本か書いていますのでよければそちらもご覧ください。

フィンランド魂「SISU」を理解して取り入れようー「フィンランドの幸せメソッドSISU」を読んで

自分にも他人にもやさしく。「EVERYDAY SISU フィンランドの幸せ習慣」 レビュー

フィンランドの「大和魂」を見た!映画「SISU/シス 不死身の男」が教えてくれる

フィンランドの人は暗くて長い冬を、時が過ぎるのを待つしかない状況を毎年体験していることで、つらいことがあっても一旦受け止める、自分の中で答えが出るまで待つといった習慣があるのではないかという気がしていました。

富裕層であればその時期イタリアやスペインなどの南ヨーロッパに行く人も多いのですが、それができる人ばかりではありません。

家の中でも楽しめるようなことを考え、ボードゲームが流行ったりテレビゲームが流行ったりします。また、黙々と編み物をしたり美味しいコーヒーを入れたりと、自分ができることをして淡々とステイホームするのです。

耐えて乗り越えるという経験を常にしていると言えます。

そういう生活をしていると小さなことで幸せを感じます。フィンランドの人々が素晴らしいからというのはもちろんゼロではないですが、やはり環境からの影響は大きいでしょう。

気晴らしするものが本当に少ないので、晴れていること、あるいはキノコが生えているといったことなど、ちょっとした変化に気づいたときに幸せを感じやすいのだと思います。

禅的な感覚を潜在的に持っているのではという話もフィンランドの友人たちとよくします。

家に帰ったらご飯を支度して読書してコーヒーを飲んで、という淡々としているかもしれない生活も、フィンランドの人にとってみれば普通の暮らしなんです。

日本では、シンプルな生活に飽きる人は一定数はいるのではと思います。そうなると旅行に行こうとか引っ越そうとかを考えがちですが、フィンランドの人はそれがかなり少ないのです。

日本では新年度は桜の季節で明るい印象があります。しかしフィンランドの学校の新年度は、秋口になり晴れる日が少なくなってくる8月下旬なので、曇天を見ると新しい学期が始まる季節が来たなと感じるのだそうです。

そういった話からもフィンランドは暗さと密接な国なんだと感じます。

「SISUツアー」開催します!

SISUにはもうひとつ「勇気を持つ」という意味があるのではと思っています。

それは大きなことでなくても「ちょっとしたことだけど自分にとっては大きな意味をもつ勇気」ということです。

2023年8月にひさびさのフィンランドツアーを開催しました。そのときの経験や帰国後に子どもも大人も小さな一歩を踏み出したり変化を感じたりした話を参加者からうかがい、新たなツアー企画を考えました。

時期は2025年の3月なのでかなり先ですが、SISUを体験するツアーが開催されることを頭の片隅に置いておいていただけるとうれしいです。

詳細が決まりましたらHPや各種SNSでもお知らせしますのでぜひフォローしてくださいね。
今後のエラマプロジェクトにもどうぞご期待ください!

By 石原侑美(エラマプロジェクト代表)
Interview & Text by nakagawa momo(フリーライター)

定期的にお問い合わせがありました、エラマプロジェクト代表/フィンランド生涯教育研究家の石原侑美の講演依頼と登壇実績についてまとめたページを作成しました。

石原侑美のプロフィールもPDFにまとめました。

教育機関、自治体、企業、団体のご担当者様は下記のWebページをご覧いただき、お問い合わせフォームよりご依頼・ご相談ください。

石原侑美 講演依頼・登壇実績について

こんにちは、エラマプロジェクト代表の石原侑美です。

「あなたのやりたいことは何ですか?」

この質問を向けられると、途端に答えがわからなくなるのは私だけでしょうか?

大学生の頃、就活セミナーでよくこの質問を投げかけられることがありました。当時は、「アナウンサーになることです」「旅行が好きなので、旅行関係や航空業界を目指しています」なんて月並みの答えを返していたけど、心の奥底で「なんてつまらない答えなんだろう」と自分に落胆しながら就職活動に励んでいました。

その「つまらない」の正体は、経営者になった今となってはわかります。もちろんアナウンサーや旅行業界の仕事がつまらないということではなく、「アナウンサーになること」「旅行や航空業界で仕事をすること」が本当に自分のやりたい「こと」ではなかったということです。

この記事では、「やりたいことを仕事にしたい!」ということについて、ひとり社長を10年続けてきた私の目線で深掘りしたいと思います。

やりたいことに急ブレーキがかかったとき

「あなたのやりたいことを自由にやればいいのよ」と、子どもの頃によく母から言われました。子どもを信頼している母なりの優しい言葉でもあるのですが、その言葉だけを突きつけられた私は、やりたい「こと」を一生懸命探しました。

その当時は、今のように立ち止まって「自分のやりたいこととは何なのか?」と真剣に考えることもなく、ただ素直に「やりたいことを探そう!」と自分の好きなもの・ことに目を向けていました。

中学生の私は、始発の電車で声優さんのイベントに駆けつける熱烈なアニメオタクで、「将来は声優になるんだ!」なんて目をキラキラさせて周りに話していました。

高校に入って声優を目指すために放送部に入ったものの、親に「大卒じゃないといけません」と叩き込まれて、声優になることを断念。それでも、大卒の人が声を使う仕事と言えばアナウンサーだ!と思い立ち、その後の大学進学も、カナダへの英語留学も「アナウンサーになる」という夢のために、日々を送っていました。

まさに、やりたい「こと」のためにまっしぐらな人生。私の学生生活は、その大きな夢のおかげで精神的に充実していました。

さて、いざアナウンサー就職のシーズンに突入!現役のアナウンサーの話を聞く特別講習に参加した時のことです。

関西では知らない人はいない有名なアナウンサーが講師で、受講生は目を輝かせてお行儀よく座っています。受講生のほとんどが女性で白やピンクのスーツを着て、そんなキラキラした華やかな空間の中で突然、

「これ、そこ肘つかない!」

と、アナウンサーの大きな叱責の声が響きました。

その声は、体育会系の顧問の先生のような、幼少期に通っていたバレエ教室の先生のような、人間の動きを止めてしまう大きな声でした。

確かに肘をついていることは、日本社会では講師に対して「失礼」に値する行為かもしれないけど、果たして相手の言動を止めてしまうほど重要なことだったのでしょうか?

そんなモヤモヤした気持ちを持ったまま講習は続いていくのですが、さらに私をモヤモヤさせたのは、そんな怒鳴り声があった後も、ほとんどの受講生がお行儀よく、呼吸の音さえ聞こえないくらい静かに講師の話を聞いている姿です。

その世界では当たり前だとしても、私にとって強烈な違和感、というより拒否感を覚えました。

私はこの世界にいたいのか?と。

上から押さえつけられて、自分の意見を押し黙って、それでもカメラの前で笑顔で、滑舌良くきれいな声で、他の出演者たちと一緒の職場にいられるのか?と。

やりたい「こと」にまっしぐらだった私の心に、急ブレーキがかかったような感じで、当時の私はとてもショックでした。

やりたい「こと」ってそんなに大事なの?

やりたい「こと」が見つかっても、強烈な拒否感を感じてしまったら、私はどうしたらいいの?

そんなモヤモヤを抱えたまま挑んだアナウンサー試験は当然ですが散々な結果でした。生きがいを失ったような感覚に陥り、大学卒業後はしばらくフリーター生活に突入します。

起業する時にやりたいことなんてなかった

1年半のフリーター生活後、大学院に進学しましたが、様々な経緯があって卒業後に起業することになりました。そう、この時にもあの質問を喰らうのです。

「起業して何がやりたいんですか?」

「やりたいことが見つかったから起業するんですよね?」

何度も同じような質問が来ると、「やりたいことがないと起業しちゃいけないのかな?」と自分に嫌気がさしてしまいました。というのも、私が起業したのはやりたいことがあったからではなく、古くから知り合いの人生の先輩から「お金はあげないけど仕事はあげるから、起業しない?」と言われたのがキッカケだったからです。要は、ノリで起業したわけです。

先方からすると、社員として雇わず業務委託契約を結ぶことで人件費を抑えられる。私としても、長い付き合いで構築していた信頼できる関係性から契約を途中で切られることなく、ある程度の失敗は許容しながら育ててもらえるという何とも高待遇の起業だったのです。

そんな経緯から、取り立ててやりたいことがあったわけではなく、「起業家修行」という私の中の位置付けで、がむしゃらに仕事をやりつつ、自分のやりたい「こと」を探していました。

フリーランスやひとり社長という肩書を言うと、「やりたいことをやれてて羨ましいです」と言われることがあるのですが、やっぱり「やりたいこと」と言う言葉に毎度毎度モヤモヤしてしまうのです。

やりたい「こと」が見つかっても、それが嫌いになったらどうするの?やりたい「こと」だったとしても、いい面だって悪い面だってあるのに、何故やりたいこと=良いことの構図になってしまうんだろう?

というか、そもそも起業家はやりたいことをやらなければならないのか?

当時、「起業家修行」中の私は、思考の深みにハマらないように忙しく仕事に打ち込んでいました。そしてごくたまにある休みの日に、東京の一人暮らしの静かな家で、ふと「私は何がしたいんだろう?」「私って何者?」と思考のループにハマり、それが嫌でまた忘れるために仕事して、そして人脈を広げるために飲みに行って・・・の繰り返し。

いわば、「やりたいことができている起業家」のイメージ像に苦しめられ、やりたいことがない故に自分が何者であるかというアイデンティティさえ見失っていたのです。

自分が何者かわからない状況で、他人に私ができることを話しても、「私が引き受ける必要があるのか?」と思うような専門外だけど単価の安い仕事だったり、反対に「え?私でいいんですか?」というような荷が重い仕事だったり、色んな意味で私にとって不釣り合いな仕事を引き受けていました。

「起業家修行中だから」というおまじないは、この時すでに私には効果がなく、逆に心と体のエネルギーをすり減らしてしまう結果となってしまいました。

やりたいかどうかじゃなく、私にピッタリ!を見つける

そんな心と体も限界に達した私に待っていたのは、フィンランドに1週間行くという願ってもない機会でした。

それまで日本で忙しく働いていた私は、1週間以上も仕事から離れてヨーロッパに行くことは仕事が減りそうで勇気が必要でしたが、これもいい機会!と捉え、フィンランドに加えてロシアとオランダを訪問する3週間の期間を取りました。

フィンランドで待っていたのは、想像していた「陽気な明るい外国人」ではなく、「人見知りで物静かな日本人に似ている人たち」でした。そう、このフィンランドの人たちとの出会いが私のフィンランド生涯教育研究家として活動するキッカケだったのです。

「この人たちの穏やかで自分を大切にする文化や習慣を日本でも伝えたい」という気持ちもゼロではありませんが、私の気持ちの根底には「こんなに面白いフィンランドの人たちと関わりたい!」「フィンランドに何度も足を運べる機会を作りたい!」そんな自分中心の視点と気持ちが大きく占めていました。

その後ロシアやオランダに行ったことで、よりフィンランドの人たちの物静かで平穏を何よりも大切にする特殊性を感じ、ますますフィンランドが私にピッタリ!という感覚になるのです。

それは単純に、好きなフィンランドに触れられるという気持ちというよりは、フィンランドと関わり続けたいという「覚悟」に近いかもしれません。

「やりたいかどうか」より、「関わり続けたいという覚悟」を持つ方が、私のやりたい「こと」を見つける方法としては最適だったんだと思うのです。

つまり、「フィンランドの文化を伝えたい」というやりたい「こと」を見つけるのではなく、何度も訪れたい場所、関わりたい人たち、自分に合う世界観、これらを見つけることのほうが大事だったのです。

居酒屋での大人たちの愚痴に耳を傾けると、人と関わることのストレスや悪口が大半です。心理学者のアドラーも「すべての悩みは対人関係の悩みである」と述べています。となると、もはや、やりたい「こと」を探すのはどうでもよくて、どんな人と関わりたいか、その人と関わるためにはどんな場所にいたいか、そっちを探すほうがストレスフリーで穏やかな人生を送れるのではないでしょうか。

エラマプロジェクトで開催しているツアーやイベントには、今回私がお話したような苦い経験が下地になっているものがたくさんあります。

やりたいことを仕事にしたいけど、自分のやりたいことって何だろう?とモヤモヤしている方へ。まずは、自分にとってピッタリくる人や場所を探すことから始めてみませんか?

エラマプロジェクトがその一助になればとても嬉しいです。

★2023年7月16日開催「フィンランドのライフスタイル体験プログラム in 岐阜・飛騨高山」

会員制コミュニティ「エラマの森」で、オンラインで豊かに暮らすことを考え、学び、実証実験しています。

By 石原侑美(エラマプロジェクト代表)