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Elämäプロジェクト

皆さん、こんにちは!Kangasこと、ライフコーチの和田直子です。いかがお過ごしですか?

今日は「オンラインBAR:哲学バー」のタイトル特集、その名も”哲学バー2号店”をお送りします。

「哲学バー」とは、エラマプロジェクトが作ったオンラインのサードプレイス。お酒やお茶を片手に、その時のテーマについて、バーのチーフバーテンダー、マスターとともに、常連客や一見さんが哲学してみる、ゆるりとした繋がりの場です。

今回取り上げられたテーマは「仲良しって何?」。

子供の頃、「仲良しになりなさい」「仲良くしなさい」と言われた経験に違和感を抱いていたという常連さんから出されたテーマ。

確かに、どうして人から「仲良しになりなさい」なんて言われなきゃいけないのでしょうね。とは言え、かくいう私も、そういえば職場で、部下同士がバチバチしているところを見て、「仲良くしてよ~」って言ってたなあ。

ということで哲学バーにふらりと入店した私が、私なりに哲学してみた「仲良し」についてお届けしてみたいと思います。

「仲が良い人はいるけど仲良しはいない」

そう言えば私は、仲良し!って思う人がいないなあ…。

哲学バーが始まってすぐに、私はそう思いました。

仲が良い人はそれなりにいるけれど。たまに人から「直子さんは〇〇さんと仲良しですよね!」「お二人は仲良しだね!」と言われても、否定はしないけど何だかしっくりこない感じがしていました。みなさんはそういうことありませんか?端から見ると「仲良し」だけど、自分ではその関係性を「仲良し」とネーミングしていないこと。

だけど、「仲が良い」と思う人は何人も顔が浮かぶ。この違いって何なのでしょう?

そんなことを言う私が、今までの人生で一人も「仲良し」がいなかったかと言うとそんなことはありません。記憶の中で最も古い「仲良し」は、物心ついたときにはすでにいた1歳上のけいこちゃん。母親同士・姉同士も仲が良くて、小学校低学年くらいまで「仲良し」でよく遊んでいました。今でも年賀状を送り合う仲です。

その後の私の「仲良し」と言えば、高校2年3年の頃の「仲良し5人組」。この5人でいると毎日が大笑いの日々でした。

ですが、いつもべったり5人というわけでもなく、他のクラスメイトとの接点もありながら、結局この「仲良し5人組」に戻る、心地よい絆の距離感でした。

それが私の「仲良し」体験。それ以外に「仲良し」だった人って、あまり思い出せません。

「仲良し」と「仲が良い」。この二つは私にとって、単に名詞と形容詞の違いだけではなさそうです。

「仲良し」とは自分の存在価値を見出す安心材料?

高校時代の仲良し5人組が出来上がった頃、私は「このメンバーで仲良しになりたいな」「仲良しメンバーになれたかも!」という気持ちを抱いていたことを思い出します。

振り返ってみると、私が小学校高学年頃~中学の思春期の入り口にいた頃、小説や映画に出てくるような「THE友達!」といえる、お互いの心を通わせることの出来る交友関係に憧れていたような気がします。

でも、そんな存在と出会えることもなく、どこか物足りなさを感じる友達付き合いをしていました。その後、高校生になってようやく出会えた「仲良したち」。心底ほっとしたような、憧れに手が届いたような、そんな気持ちで心が満たされたようでした。

そして高校卒業後、私だけが一人暮らしで県外へ出ることに。学生時代も帰省の際に集合したり、旅行へ行ったり、「仲良し」はしばらく続き、それぞれの結婚式で顔を合わせて懐かしみ、だんだん私たちの青春も落ち着いていったという感じです。

哲学バーでそんなことを思い出し、それ以降の「仲良し」はいないことと、私の「仲良し探し」には終止符が打たれていることに気づいたのです。だけど「仲が良い」人の顔は、20代後半、30代、40代とそれぞれの年代でいろんな人の顔が浮かびます。

高校時代、仲良し5人組が結成された時のあの安心感。私はもう、それを求めなくなっている。そんな気がします。思春期の入り口で、私の居場所はどこだろうと、この子かな?あの子かな?と友達やグループというものを意識しすぎていた私は、きっと自分を誰かと「仲良し」認定することで自分の存在価値を見出そうとしていたのかもしれません。

私にとっての「仲良し」は、アイデンティティを形成しきれずにいる「私」という存在を、どうにか自分で認めるための安心材料として求めていたものなのだと思います。

「仲が良い人」それは自分軸で生きている証

哲学バーのお客さんから、こんな話が出ていました。

「他人とうまくいかないのは、自分が自立していないから。自分の機嫌を自分で取らず、他人に取ってもらおうとする」

ふむ。なんか分かる気がする。

私にとって「仲良し」が必要なくなったのは、自分軸が出来上がったから。「仲良し」に頼ることなく、自分の存在価値を十分に感じられるようになったからかもしれません。「仲が良い人」との関係性に自分の存在価値を見出すことはしませんし、「仲が良い人」に求めることはお互いの自分軸を尊重し合うこと。

誤解のないように申し上げると、これはあくまでも私の「仲良し」「仲が良い人」論です。

「仲良し」は自分の存在価値を見出す安心材料だと言うならば、別に「仲が良い人」がいなくても生きていけるということ?

それはそれで、想像すると苦しくなります。いつかの私が、物足りなさや寂しさを感じて「仲良し探し」をしていたように、「仲が良い人」がいないと何だかつまらない人生のような気がします。

哲学バーのマスターが言っていました。「『仲』という字は『人と人のあいだ。なか。』」だと。やっぱり私も、自分にとって一緒にいて価値のある、人と人との間で良い関係を持ちながら生きていたい。それが私にとっての「仲が良い人」たち。

そんな人たちがいることを感じ満たされながら、白ワインで哲学バーをした夜でした。

さて、次回哲学バーは、8月5日(月)20:00~22:00です。一見さん大歓迎のこちらのバーには、「哲学対話のテーマ」しかメニューにありません。お酒やおつまみはご自分で。ジュースでもよし、アイスクリームでもよし。あぐらをかいてもよし、寝転んでいても良し。だから聞き専でも良しなのです。もちろん、いつ来てもいつ出ても良しですよ。

さあ、次はどんなテーマがメニューに上がるのでしょうか?

詳しくはエラマプロジェクトHPのイベント情報「エラマの学校」をチェックしてください。

そして、次号の”哲学バー2号店”もどうぞお楽しみに!

Text by Kangas(和田直子/しなやかで強く優しい社会を織りなすライフコーチ)


こんにちは。エラマプロジェクトの和文化担当、橘茉里です。

まだ6月だというのに30℃超えの気温が続出し、最高気温は35℃に迫る勢いです。私は徒歩通勤をしているので、日差しの強さと鋭さに早くも参ってしまいそうです。

そんな暑い日には、怪談やホラー映画でひんやりしたくなりますが、これは日本人の国民性かもしれません。

怪談と言えば夏、というのはどうやら世界共通ではないようです。例えばアメリカでは、お化け屋敷やホラー映画はハロウィンの季節に開催・上映されるのだそうです。

なぜ日本では「怪談は夏」というイメージが強いのかというと、まず第一にお盆の存在が挙げられます。

お盆には各家庭で先祖などの霊魂をお迎えし、お祀りしますね。お盆のある夏は、霊魂を意識しやすい季節であり、供養や鎮魂に気持ちが向かいやすいタイミングだと言えます。

また江戸時代には、恐怖によって暑さを忘れるために「涼み芝居」と称して、怪談物が好んで上演されました。

幽霊のお岩さんが登場する『東海道四谷怪談』は涼み芝居の代表格です。

一方、ハロウィンは古代ケルトの風習が由来とされ、古代ケルトではハロウィンの夜に死者の霊が戻ってくると考えられていました。なんだか日本のお盆に似ていますね。

日本は夏、アメリカはハロウィンの季節がホラーの定番となっているのは、このように死者の霊に関する文化的な背景が影響しているわけです。

そして、ふとこう思いました。

ホラーにその国の文化や習慣が反映されているならば、つまり、ホラーを知ることは文化を知ることにつながるのではないかと。

ホラーから文化を知れるとは、なんとも画期的です。

ということで、今回はジャパニーズホラーから和文化を紐解いてみたいと思います。

私たち日本人が恐れているのは「気配」

先日、YouTubeのおすすめとして、ジャパニーズホラーに対する海外の反応をまとめた動画が表示されたので、見てみました。

その動画はこちらです。(ホラー画像が出てくるので苦手な方はご注意ください。)
https://www.youtube.com/watch?v=H91pNJPGroM

この動画の中で気になったコメントをいくつか取り出し、要点を挙げてみます。

・日本人が恐怖するものは目に見えない神秘なのではないか。

・日本の文化は先祖や幽霊を尊敬すべき存在としていて、日本の映画は自然や空間への敬意を感じる。

・日本のホラーは未知への恐怖とともに、それらを大切にしようとしている。

・日本のホラーは、観客にストレートな恐怖やショックを与えるよりも、不安や偏執に重きを置いているように思う。

海外の方から、日本や日本のホラーはこんな風に見えているようです。

また、日本と海外との違いを感じさせるような、こんなコメントもありました。

・日本のホラーは宗教的な儀式や銃で撃退できないのが嫌だ。

・私たちは銃が効くか効かないかが重要だが、日本の幽霊が襲ってきたらどうすれば良い?

・幽霊は実感を得られないので、実際に起こるストーカーや暴力の方が怖い。

私も以前、海外の人の中には、ジャパニーズホラーを怖く感じない人がいるという話を聞いたことがあります。

確か、「幽霊は物理的に襲ってくるわけではないから怖くない。襲ってくるゾンビの方が怖い」という意見だったような気がします。

ジャパニーズホラーの醍醐味は「気配」です。

直接攻撃を仕掛けてくるから怖いのではなく、じわじわとにじり寄ってくる正体不明の気配に、私たちは逃げ場のなさや絶望感を覚えるのです。

そして幽霊の姿はここぞという場面になるまで登場しないことが多いです。

姿が見えないからこそ怖いのです。もし物語の最初から幽霊の姿がずっと見えていたら、怖さは薄れてしまうのではないかという気がします。

ジャパニーズホラーは恐怖の気配を描くことが得意で、そういう表現が好きな海外の方に、ジャパニーズホラーは大人気です。

しかし、気配に恐怖を感じない人だったとしたら、ジャパニーズホラーの多くの演出は無意味なものになってしまいかねません。

日本では空気を読む文化が非常に発達していると言われますが、実はホラーを楽しむにも、日本的な空気を読む能力(気配を感じ取る能力)が必要なのかもしれません。

私はホラー好きなので、ホラー耐性はある方だと思っていますが、ある遊園地で体験したヘッドフォンをつけて音を聞くというホラーアトラクションが思いのほか怖かったです。

そのアトラクションは幽霊役がいるわけでもなく、視覚的に驚かされるわけでもありません。暗い部屋でただ音を聞いているだけなのです。

ヘッドフォンからは鎖を引きずるような音、近づいてくる足音などが聞こえてきて、私は恐怖からヘッドフォンを外してしまいたくなりました。

音によって、何者かが自分の後ろにいるという気配が表現されていたのです。

後ろに何がいるのだろう。

どんな見た目?

これからどんな恐ろしいことが起こる?

自分でどんどん嫌な想像を膨らませてしまい、自分が創り出した想像によって恐怖が加速してしまったのでした。

先ほど、日本的な怖さを楽しむには空気を読む(気配を感じ取る)力が必要かもしれないと書きましたが、それだけでなく想像力も必要になってきそうです。

現代の教育では、想像力の育成に重きが置かれるようになってきていますが、ジャパニーズホラーも想像力の育成に一躍買ってくれるかもしれませんね。

不朽の名作『リング』に見える日本らしさ

『リング』は鈴木光司によって書かれた小説で、1998年に中田秀夫監督によって映画化されました。

小説と映画では主人公の人物像など様々な点が変更されていますが、物語の大筋は同じです。

「呪いのビデオ」を見た者は、一週間後に死ぬという。

ビデオを見てしまった主人公の浅川と友人の高山は、呪いから逃れるために、ビデオの謎を追う。

そして、貞子という女性の怨念が原因であることを突き止めるというのが『リング』のストーリーです。

この物語において、貞子が姿を見せるのはほんの僅かです。

映画では、テレビ画面から貞子が這い出して来るシーンが有名ですが、小説では幽霊となった貞子の姿はほとんど描かれず、気配によって表現されています。

また、この作品の主眼は死から逃れることですが、核心に迫り、呪いの原因が貞子だと判明してからも、貞子を倒すことで解呪するという流れにはなりません。

個人的な印象で恐縮ですが、ハリウッド映画では、恐怖の原因を倒すことによって問題を解決しようとする傾向があるように思います。

ハリウッドで描かれてきた吸血鬼、ゾンビ、エイリアンなどは交戦可能な存在として描かれることが多いと思います。

悪魔憑きを描いた映画『エクソシスト』でも、悪魔と悪魔祓いの神父との戦いが描かれています。

それに対して日本では、幽霊は戦って倒せる存在として描かれることは少ない気がしますし、そもそも日本人には幽霊を倒すという発想自体、希薄だと思います。

幽霊の前では人間は無力であり、もし幽霊を倒せるとしたら、その幽霊は怖くないように感じます。

もちろん『リング』でも、主人公たちは貞子を倒そうとはしません。

呪いから逃れるために、貞子の遺骸を見つけ、供養しようとするのです。

結果的に、それは呪いから逃れる方法ではないのですが、主人公たちは鎮魂による解決を目指しました。

井戸の底で貞子を見つけた際、映画版では、主人公の浅川を演じる女優の松嶋菜々子が貞子の亡骸を抱きしめるシーンがあります。

呪いの主であろうとも死者を悼み、心を寄せる。

これはとても日本的な行動に思えます。

『リング』にも通じる御霊信仰とは

日本には、御霊(ごりょう)信仰という考え方があります。

不幸な死や無念の死を遂げた人物は怨霊となり、祟りや災いをもたらすと考えられていたのです。

そんな怒り荒ぶる怨霊に対して、私たちの先祖はどう対応したのでしょう。

その答えが鎮魂です。

怨霊を御霊・神として祀ることによって、怨霊の祟りを鎮めようとしたのです。

「これからは大切にお祀りしますので、どうか怒りをお鎮めください」とお願いしたわけですね。

こういう向き合い方を御霊信仰と言います。

日本三大怨霊とは、菅原道真、平将門、崇徳上皇のことですが、

菅原道真は北野天満宮や太宰府天満宮で神として祀られ、現在では学問の神様として親しまれています。

同様に、平将門は東京の神田明神に、崇徳上皇は京都の白峯神宮に祀られています。

このように、私たち日本人は怨霊を倒すのではなく、魂を鎮めることによって調和を図ろうとしてきたのです。

こういう価値観や考え方は、普段は意識せずとも我々日本人の心の中に息づいているのではないでしょうか。

だからこそ『リング』でも、主人公たちは自然と貞子の鎮魂へと向かったように思うのです。

豊かな心で和文化を語ろう

今回のお話はいかがだったでしょうか?

ジャパニーズホラーと御霊信仰のつながりのように、現代のコンテンツには、私たち日本人が昔から大切にしてきた考え方が反映されていたりします。

それを知ることによって、もっと奥深く、もっと豊かに現代を生きていけるようになると思います。

そして、豊かで幸せな生き方を探究している我々エラマプロジェクトでは、これまで日本人が大切にしてきた考え方や生き方や日本らしい物の見方などを、自分の言葉で発信できる和文化ガイドを養成したいと考えています。

「外国の方に、日本のことをもっときちんと説明したい」

「これまで和文化を学ぶ機会がなかったけれど、自国の文化を理解し、語れるようになりたい」

「自分の子どもに向けて、日本の良さを伝えてあげたい」

こんな風に「日本について知りたいなぁ」「伝えられるようになりたいなぁ」と思っていらっしゃる方におすすめの養成講座を開催いたします。

講座では例えば、

・侘び寂びってどういうこと?

・武士道や大和魂ってどういうもの?

こんな疑問を考えていきます。

講師による基礎的な知識のレクチャーはありますが、講座で大切にしたいのは、和文化について自分の考えを深め、それを自分の言葉で表現できるようになるということ。

もちろん知識を得ることは大切ですが、知識の伝達だけで終わらせないのが、この講座の良いところです。

あなたも和文化について考えを深め、語れるようになりませんか?

こちらの和文化ガイド養成講座については、今後情報を発信していく予定ですので、ぜひエラマプロジェクトのwebサイトでチェックしてみてください。

Text by 橘茉里(和えらま共同代表/和の文化を五感で楽しむ講座主宰/国語教師/香司)

ふと、自分を振り返ってみたくなる機会はありませんか?

こんにちは、どさんこRUNAです!

親戚が小学校を卒業し、中学生になった今年、自分が小学生や中学生の時に夢中だったことは何だっけ?どんなことを楽しみに過ごしていたっけ?と思い返すことがありました。

自分を振り返る時、私は「日記」を見ています。

「1年前のこの日」というタイトルで、1年前の今日をビデオにしてくれるスマホのおかげで、自ら残す作業をしなくても、スマホが日々の記憶を管理してくれる時代です。

何の会話をしていたのかは、トーク履歴で、自分や社会にどんな出来事があったのかは写真やメモ機能、Webサイトで確認できる便利な現代で、私が「日記」にこだわる理由をお話しします。

「日記の中の自分」と話す理由

人は、1日の中でたくさんの役割をこなしています。

ある人の毎日では、母として、パートナーとして、会社員として、友人として、ママ友として、近所の人として…

慌ただしく日々が過ぎ去っていく中で、誰もが色んな側面の役割を果たしていると思います。

多面的な自分が所々でがんばっているはずなのに、ネット上には止めどなく「同年代の芸能人のキラキラした生活」、「いいパートナー像」、「理想の暮らし」などが発信されています。特に探していないのに目に飛び込んでくると、何気なく他者の生活と自分とを比べて努力が足りないのではないかと不安や心配が生まれてしまうのです。

ネットが提示する「理想の幸せのカタチ」は、自分じゃない世間の期待や意見で作られているものです。その幸せなカタチを目にする機会が多いので、みんなそう”している”んだと、それが”ある”から幸せなんだと思い込んでいるのかもしれません。

なぜなら、自分で幸せのカタチを生み出すよりも、すでにある幸せの共通認識に当てはめて自分の幸せをはかる方が”わかりやすい”からです。

そのわかりやすさがネットの中には溢れています。

だから、スマホから離れて、「日記の中の自分」と話すことにしたのです。

スマホでも日記は書けます。

ですが、予定アプリで何をしたかを管理したり、スマホのメモに日々のことをメモしたりしていると、ピコンの通知とともに誰かの発信やニュースに目がいき、自分が考えていたことを忘れて、ネットの中に入り込んでしまうことがあります。

日記を書くのは自分しかいなくて、それを読むのも自分しかいない。

他者が立ち入ることもなく、他者と比較することもない。

そういった場が必要だと思うのです。

将来どのようなことをしたい?

大きくなったら、何になりたい?

何かを”する”、何かに”なる”ことを求められる世の中で、ただ「ある」だけでいい場が日記だと思うのです。

何をしたか、何もしなかったか、何が嫌だったか、何が嬉しかったか。

ただ「ある」だけの自分でも、色んな面を生きていて、それを実感できる。

日記を書いていくことで、色んな自分を知ることができます。

自分の言葉が生み出される場所

私は、自分の言葉で話す人に憧れを抱きます。

周りにいるそんな人たちには、日記を書いているという共通点がありました。

部活時代の物知りな恩師は、まめに日記を書いている人でした。部活用の日記帳があって、そこに何をしたかや何を伝えたいかをまとめていると言っていました。中身は見ていませんが、分厚い日記帳でした。

部活生にも部活日記としてノートを配り、たまに提出があって、たくさんコメントをしてくれました。ある時、「みんなが求めている言葉を話しているから、自分の言葉で話しなさい」そうコメントされた時がありました。

どうしたらいいか分からず悩んでいると、「自分」がないと「自分の言葉」で話せないから、日記にチームとしてではなくて、自分として何を思ったか書きなさいと言われました。

しっかりした言葉や立派なことを言わなければと思えば思うほど、中身のない浅い言葉を言っている自分に気づきました。

きっちりしたことはカタチになりやすいですが、その反対はなんだろう?そう考えた時に思い浮かんだのが、曖昧で言葉にならないモヤモヤしたものでした。

モヤモヤした感情は、カタチのないものなので、向き合うことも、カタチにすることも難しいです。でも、そのモヤモヤした感情こそ、自分しか感じられない大切なものだと気づいたのです。

また、じいちゃんも日記を書く人でした。

〇〇年に自分はこんなことをしていて、日本の状況はこうだった。

このように自分の出来事と、社会情勢を関連付けて覚えていました。

ある時、何かについて「ひどいよね」と話していると、「誰がそう思ったのか?」と問われたことがありました。その時、聞いてくれる人も同じ感情だと勝手に想像し、自分がどう思ったかを話していないと気づきました。

「〇〇ってひどいよね?」

このように何かを話す時、同じことを感じていると思い、無意識に同意を求めてしまうのは、他者の視点で話しているからで、そこに「自分がない」ということかもしれない。

「自分は〇〇についてひどいと思う」が言えるのは、自分の言葉がある、「自分がある」からこそだと思いました。

曖昧な言葉ばかり選んでしまいがちな会話という場では難しいですが、日記という場では自分の言葉で話す練習ができると思うのです。なぜなら、そこに他者の存在はなく、自分の考えを知ろうとするのも、わかってもらおうとするのも自分しかいないからです。

月日が経ち、記憶力が悪くなっても、家に行くたび、孫とひ孫の名前を全部書いてほしいと言って日記を渡してくれました。私が書いた文字を見て、言葉に出す姿は、忘れないようにと自分に言い聞かせているようでした。

亡くなったじいちゃんの日記には、よく歌っていた曲の歌詞や孫たちの名前が書いてあり、大事なものを忘れないように残す姿を感じました。

日記の中で、その人が生きていることを知った瞬間でした。

どんな自分も「いてよし!」

日記にこだわるのは、自分なりの幸せを見つけられるかもしれない、自分の言葉で話せるようになるかもしれないと思っているからです。

今も、その道半ばですが、そういった目標に進むためだけでなく、心配性な自分をただただ許してほしいという不完全な自分を記す場にもなっています。

私は、友人たちに本当に不安症だね、心配性だね、すんごいネガティブだねと称されます。

こういった私の性格はマイナスで治すべきものとして指摘してもらう機会が多いですが、そんな自分がいるおかげで気づくこと、学ぶこともあります。

きっと共通認識の幸せのカタチを知っているのに、そのカタチに溶け込めない自分、そして溶け込まないといけないと思っている自分が「どうしようどうしよう」と不安を煽っているのだと思います。

「歴史は強者によって作られる」と言いますが、自己啓発本もエッセイも、うまくいった話が多い気がします。それらの本によって助けられることもありますが、別の物語が必要な場合もあります。

とことん失敗していること、笑顔になれない日々のこと、大人と言われる年齢だけど全く大人になれていないこと…。様々な自分の不完全さを日記に記録することで、自分にとって必要な別の物語が生まれると思うのです。

日記だから私の中にしか残らない。でも、それは無駄なものではないと思っています。

ダメダメな自分、イケイケな自分、さまざまな面を持つ自分。

どれも本当の自分で、色んな自分が毎日何かを感じて考えている。

日記を読む未来の自分という読者は、この自分をどう思うだろうか。

自分の色々な側面と日記で向き合うことで、他者にも1つではない様々な側面を持っていると想像することができる。きっと、色んな自分がいるおかげで、白と黒だけでなく、日々に彩りを添えてくれる存在に目を向けることができるのだと思うのです。

自分の言葉で様々な面を持つ自分と対話し、自分の幸せのカタチを形成していく。そうすることで、遠くにいる他者や、その生活を想像する力を養えることができるのが日記が持つ力だと思います。

「いてよし!」

彩りはたくさんあっていいんだと思える日記生活をこれからも続けていこうと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

Text by どさんこRUNA

初めまして!majakka(マヤッカ)です。

この度、エラマライターとしてデビューしました!

これからみなさんと一緒に「わたし」の豊かで幸せな生き方について考え、毎日がちょっと幸せになったら嬉しいです。

どうぞよろしくお願いします。

今日は初めましてなのでわたしについて、そしてわたしが今一番考えている「自分らしい豊かな生き方」をお話しさせてください。

「このままでいいのだろうか」がはじまりだった

わたしは現在、26才のときにアルバイトから始めたカフェチェーンで働いています。

アルバイトを5年経験したのち、社員登用制度で社員となり、現在は店長として働いています。

アルバイト時代を含めると23年目になります。

23年勤務しているわたしですが、このカフェで働くまではケーキ屋、本屋、歯科助手などのアルバイトやデータ入力の派遣など、定職につかず仕事をコロコロと変えていました。

わたしはコツコツとなにかを長く続けることが苦手、責任を持つことから逃げていると感じながら、自分に自信を持てない時期が長くありました。

そんなわたしが今、同じ会社に23年も勤めていることにびっくりしています!

アルバイトを始めたのは新規オープンの店舗で、一緒に入社した同僚たちと励ましあい、助け合ってお客様へ気持ちの良い空間やサービスを提供することに、とてもやりがいを感じていました。「こんなに楽しいアルバイト初めてだ!お給料をもらっていいのかな!?」と思うくらい毎日働くことがとても楽しかったのを覚えています。

それに加えて、都度ステップアップできる環境がありました。ただ働くだけではなく、仲間と切磋琢磨しながらともに成長していくことができました。

と、カッコよく書きましたが、わたしは同僚のなかでは年上の存在ながら大学生の同僚に先を越されることも多々あり、成長の遅い自分を恥ずかしく思うこともありました。

「やっぱり、わたしは責任のある仕事に携わることは難しいんだ。そろそろ辞めようかな…」と逃げだしたくなることもたくさんありました。

でも、そう思う度に、同僚や先輩が話を聴いてくれて思いとどまることができ、今の自分があります。

この職場で、はじめて仕事のやりがいと仲間との温かい絆を感じることができました。

そう感じられたから今までがんばってこれたのだと思います。

そして今も変わらない想いを持って働いている反面、40才になった頃から心身に変化が起きはじめました。

ヘルニアを発症してしまったり、更年期障害の症状が出始めたりと、30代までのように「なんとかなる精神」でがむしゃらに働くことができなくなってきました。

それでも自分の変化に意識を向けることなくどうにか働いていましたが、以前から体調に不安があった母親も歳を重ね、母親のことも気になりはじめました。

今振り返ると、自分のことを過信していたり、先のことを考えることから逃げていたのだと思います。

「わたしはこのままでいいのだろうか?」と不安な気持ちが続き、「豊かな日々」「幸せな生き方」「Wellbeing」などと検索するように。フィンランドが以前から好きだったので「フィンランド」でも何気なくネットで検索していたときにこのメディアの運営母体であるエラマプロジェクトのサイトを見つけました。

エラマプロジェクトが大切にしている「わたし」の幸せで豊かな生き方や、歳を重ねて体調に変化があっても幸せに過ごす方法を知りたいと思ったのです。

そして2年前にエラマの学校のイベントに、昨年はフィンランドツアーに参加しました。

わたしの知りたかった「幸せで豊かに生きる」ヒントをたくさんもらいました。

(※今年もフィンランドツアーが開催されます!詳しくはこちら

ツアー参加者の職業や年齢、今まで生きてきた過程などはさまざま。お一人お一人、悩みやモヤモヤがあったり、何か行動を起こしたいという想いを持っていらっしゃるように感じ、自分だけじゃないんだと安心しました。同時に、「今までわたしは小さな世界で過ごしていたんだ。世界は広い、もっと自由に過ごし、行動を起こして、ワクワクしていきたい!」という気持ちがムクムクと湧き出てきました。

そして、ツアーにはこの「よむエラマ」の編集長さんも参加しており、そこでの出会いをきっかけに「ライター養成講座」に参加して今に至るのです。

わたしは小さいころから日記を書くことが好きだったので、ライターという仕事に憧れを持っていましたが、「わたしなんかがライターになれるはずない」とチャレンジする前から諦めていたことを思い出します。

このような経緯で、今日初めてライターとして原稿に向かっています。

以前の、身体と心の変化に不安を抱えていたわたしのままだったら「ライターmajakka」にチャレンジできていなかったと思います。

「幸せで豊かな生き方」を少しづつ学び、自分から行動できたことは「心」の豊かさにつながったと感じるのです(まだまだ身体の不調は続いていますが…)。

私が思う「自分らしく」「ありのまま」で心地よく生きていくヒント

年を重ね心身の変化が起きてから、「自分らしく幸せで豊かに生きる」ことを自分なりに考え、行動してきました。

そのヒントは、以下のようなものです。

①自分のことを良く知ること

自分のことを振り返ることはとても勇気がいることだと思います。わたしもそうです。今でも向き合えていないこともあります。

自分のことはわかっているつもりでも、あらためてゆっくり思い巡らせてみると、自分がどんなことでウキウキワクワクするのかと新しい発見ができます。

すると、もやもやするときに自分の「ワクワク」を思いだし、少し前向きになれたりします。

そして、少しずつ前向きになって元気なときに、思い出したくないことには向き合うようにする。そうやって少しずつ向き合えたら、辛い経験も自分にしか体験できなかったことと気づけて、貴重な強みになるかもしれないですよね。

②やらなければいけない!という思いを減らしながら行動する

自分らしく過ごすために意識していることのはずが、やると決めたら毎日!などと「to do」に追われてしまうようになることがあります。

そんなときは「今日はいいんじゃない?」「今は色々考えたい気持ちだ!」と自分と向き合いながら、行動することを意識しています。

自分のペースで「あ、今少し向き合えるかも?」と思う瞬間に少しづつ、ノートや、パソコン、スマホでも、または頭のなかでも考えていこうと自分に言い聞かせています。

とはいえ、ここ何年も、体調のことを考えておかし(ポテトチップスとアイスクリームが大好きです)を食べすぎないようにと毎日心に決めるのですが、ついつい食べ過ぎてしまいます…。どうしたらいいのでしょうか…。

本当に自分は意志が弱いなぁと悲しくなりますが、少しづつ自分と向き合って頑張っていきたいと思っている最中です…。

わたしはなぜmajakkaになったのか

majakkaとはフィンランド語で「灯台」という意味です。最後に、なぜこのライターネームにしたのかをお話させてください。

エラマプロジェクトの「ライター養成講座」では、自分の人生を振り返るワークがありました。

そこで私は楽しかったことも、辛く悲しい思い出とも向き合いました。自分で振り返るだけではなく、ペアになってお互いの人生を語り合い、共有します。わたしは今までの人生に自信を持っていなかったので恥ずかしかったのですが、お相手はじっくり聴いてくださり、こんな言葉をくれました。

「歩むスピードはゆっくりでも、店長として働いている話しをしている表情は、生き生きとしている」

「責任をもって人生を歩んでいくことが大切な価値観だと感じるよ」

びっくりしました!

ただなんとなく「楽しく過ごしたい」だけでなく、わたしは「責任」を持って生きていくことに「豊かな幸せ」を感じるんだと、新しい発見ができたのです。

そして、相手の方はこうも言ってくださいました。

「あなたの人生の話を聴いて浮かんだイメージは、波止場や灯台。カモメのように羽ばたいていくというより、様々な人たちが安心できるようにどしっと腰を据えて見守るような」と。

この「灯台」というイメージがわたしのなかでもとてもフィットし、「一人の人間として、また、店長としてもそのような存在でありたい。お客様にも一緒に働く仲間にとっても安心してくつろげて、少しワクワクしていただきたい」と実感できました。

これが、ライターmajakkaの由来です。

日々うまくいったりいかなかったりの繰り返しですが、自分と対話しながら、焦らずに「自分らしく、心地よく」そして「チャレンジ」して過ごしていきたいと思います。

そして、一緒に過ごしてくれる家族や友人、仲間に感謝しながら。

みなさんはどのように、「わたし」の豊かで幸せな生き方を探していますか?

みなさんと一緒にこれから探していきたいです。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

これから、どうぞよろしくお願いします!
Text by majakka(マヤッカ Wellbeing探求人)

こんにちは!エラマライターのひらみんです。

私にとって4月は、自分の人生で絶対に忘れられない大切な人との別れの月です。その別れは、生き方について改めて考えさせてくれるものです。

長くなりますが、どうぞお付き合いください。

母の姉

4月に思い出すのは、母の姉のことです。

私が子どもの頃は家が近くて、いとことも年齢が近かったこともあって、お盆やお正月に限らず、祖母の家に集まったり、一緒にご飯を食べに行ったり、幼稚園の運動会に来てくれたりするような濃い親戚付き合いをしていました。

伯母はいつも明るくパワフルで、地域の人とバレーボールやボーリングを楽しみ、気が強くてめっちゃ怖いけど、でも同じぐらい優しくて、多くの人から慕われて、PTAとか頼まれちゃう典型的な姉御肌タイプの人でした。

対照的に、私の母はヒステリックでネガティブ思考で、子どもの頃はそんな母が嫌で、「なんで私は伯母の子どもじゃないんだろう」といつも思ってました。

彼女は旦那さんの転勤で広島へ行ってしまいましたが、その後も手紙のやりとりをしていて、それも秘密の関係みたいで楽しかったのを覚えています。そうやって二十歳ぐらいまでの私を支えてくれた人でした。

そんな彼女は20年ほど前に亡くなりました。すい臓がんで手術ができず、余命3年ぐらいと言われている、というショッキングな報告でした。

その後、彼女はできる限り仕事を続け、ボーリングを楽しみ、新婚の頃に住んでいた街を訪ね、お世話になった人たちに会いに行き、祖母やうちの家族にも会いに来て、3年ぐらいは本当に病気なのかと疑うぐらいの元気さを見せていました。

しかし3年を過ぎたころ、やはり病気が進行して入退院を繰り返すようになりました。モルヒネの量が増えた頃には、ひどい言葉を言うこともあると、伯父さんが話していました。

2003年4月、私たち家族が会いに行った時、私は伯母と病室で2人きりになった時がありました。そのとき、彼女が私の方へ手を伸ばしてきたような気がしたのですが、私は怖くて彼女の手を掴むことができませんでした。

どうするのがいいのかパニックになり、掴むべきだとわかっていながらも、細い手を掴んでしまったら自分が泣いてしまうことも想像がついたからです。

その2日後、彼女はあちらの世界へ飛び立っていきました。

彼女の訃報を聞いた時、「私はなぜ彼女の手を取らなかったのか」と考えずにはいられませんでした。

人生最大の後悔から20年

私はあの時、本当に怖かったんだと思います。

「いつ亡くなってもおかしくない、彼女はとてもがんばっている」と伝えられた状態で、私はもちろん、私の母も父も、伯父さんも、そしておそらく本人も、ぎりぎりの状態で気持ちを保っている所に、自分が泣くことで、みんなの気持ちの均衡を崩してしまうことがなによりも怖かった。

もちろん、自分が彼女の命が短いことを肌で感じるのも怖かった。そんなこともあって、手を伸ばせなかったのだと思います。

伯母が亡くなって20年経ちますが、私は今でも、彼女の手を取らなかったことを後悔しています。「手を取らなかったことを、彼女は許してくれているのだろうか」と、ことあるごとに悩みました。

毎年4月に振り返ること

伯母が亡くなったあと、彼女の骨を拾う時に、不謹慎ながらも思ったんです。

「こうやって骨になっちゃう前に、やりたいことやって、行きたい所に行って、食べたいもの食べて、おもしろおかしく生きる!」と。

私の人生には彼女にしてもらったことがたくさんありました。

私を支えてくれた本当に大切な存在だったのに、ありがとうも伝えられなかった。「また会いたい」という気持ちを、都合よく希望にすり替えて、「また会える」と思ってしまった。彼女の命が長くないことをわかっていたのに先延ばしにしてしまった。

「ありがとう」と言ってしまったら、最後の別れになってしまいそうで怖かったのは正直ありました。でも、そんなに切羽詰まる前に伝えておくべきだったんです。

だから私は、伯母が亡くなって以来いつも4月に、自分があのとき骨を拾いながら決意したように生きられているかを確認しています。

そして、病室での後悔も一緒に思い出して、どんなに怖くても、伸ばされた手を掴むべき時に掴む勇気や覚悟があるかどうか、それから、大切な人たちに感謝を出し惜しみしていないか、振り返っています。

後悔するのは、伯母の時だけでもう充分。「あの時、ああしていれば」と後悔したくないんです。

私は、この後悔を克服したり乗り越えたりしたいとは思っていません。それよりも「前向きな後悔」にして、一生抱えて生きたいと思っています。

人生最大の後悔を、前向きに生きるきっかけやモチベーションにすることが、なによりも伯母への供養になると思うから。

みなさんも「前向きな後悔」に捉え直すことができる後悔はありませんか?

Text by ひらみん(普通の会社員)

こんにちは。エラマプロジェクト代表、フィンランド生涯教育研究家・石原侑美です。2024年の年明け早々に「フィンランドの教育を全部学ぶコース」を開催しました。7年間の研究内容を参加者のみなさんに共有し、講座を終えたわたしが感じたことをあらためて振り返ってみようと思います。

このコースのゴールとは

講座は1月の毎週日曜日の午前中に計4回に渡りオンラインで開催しました。このコースの最大の特徴は、最終的に課題としてフィンランドの先生やコーディネーターのように参加者自身が授業、カリキュラムやプログラムを作って提出するというものでした。

第1回目ではフィンランドの教育について基本的な内容をお伝えし、日本とは違うフィンランドにおける「教育」の定義を体感していただくワークもおこないました。

第2回目は「教育メソッド」、第3回目は「キャリア教育と生涯教育」、第4回目は「教育・教員の学びと評価方法」をテーマにお話しました。

今回の分野は日本語に訳されているものがあまりありません。あったとしても、現場で実践できるレベルのものになると学術的すぎて日本語で学ぶのは困難でした。そこで、例えば第3回目ではPhenomen Based Learning(教科横断型の事象ベース学習のこと。以下、PhBL)の授業をしっかり体験していただきました。

参加者にとってはそれがどんなものかはっきり分からないと思ったので、子どもたちが受ける授業を実際に受けてもらったんですね。

体感してもらったことで腑に落ちる感覚があったかと思います。

参加者は、学校の先生、フリースクールを運営されている方、子どもたち向けの自然体験プログラムを作っている方といった教育的サービスに関わっている人や、習い事のお教室を運営されている方、講座を作るお仕事に携わっている方など、各地からお申し込みをいただきました。

このコースで絶対にお伝えしたかった内容が、3本軸となるPedagogy(ペダゴジー)、PhBL、アントレプレナーシップ教育についてです。

昨年開催した単発の対面講座でもPedagogyについて触れる機会はありましたが、そのときよりもさらに具体的にお伝えしました。また、学術的な内容をわたしなりに編集して授業を作るためのチェックリストを作成し、みなさんに共有しました。

このコースの内容は難易度が高かったと思うのですが、誰もドロップアウトせずに学んでいただけて、学ぶ体力がある人がすごく多かったのが印象的でした。

授業を作るために必要な考え方、基本的なことはお渡しできたかなと思います。

Pedagogy、PhBL、アントレプレナーシップ教育についてご興味が湧いた方は、今後も教育をテーマに単発の入門講座を開催予定ですのでよろしければご参加ください。

※東京:https://elama.be/workshop-event/tokyo202404_education/

※大阪:https://elama.be/workshop-event/osaka202404_education/

フィンランドの教育を日本に導入するのは難しい?

参加者の多くは、現状の日本の教育に対してかなり疑問を持っていらっしゃいました。教育サービスなどのお仕事に直接従事されていない方も問題意識を持っていて、「こういう授業なら受けたかった」といった感想もありました。

現状の教育について疑問を持っているからこそ「こういった内容や方法がいいのでは」とそれぞれお考えになっていたようです。そして今回フィンランドで実践されていることを知り、体験したことで、「答え合わせができた」「励ましをもらった」と話されている方が多かったです。

ご自身が考えていたものとまったく違うという印象は持たれなかったのです。

最後の課題提出については、みなさん現場が違うため内容はもちろん異なるものになりましたが、第1回目に共有したチェックリストに沿ってしっかり授業プランを考えていただきました。またすでに実践されている内容をリストを元にブラッシュアップされている方もいました。

フィンランドの教育が良いと言われるのは、自分で考える力を育む、周りと協力しながらやっていける力を育んでいくといったことを、先駆者的にやっていたからだと思うんです。フィンランドではすごく特別な教育をしているわけではないというのが大事な点なんですよね。

おそらく日本の教育現場でも、これがPedagogyだとかこれがアントレプレナーシップ教育であるとか意識はされていないけれど実際やっていた、みたいなことが実は多かったりするのではないかと思います。

フィンランドの教育を特別視するのではなく、みなさんが望む理想の教育や試行錯誤しながら実践されているものについて答え合わせをするような感覚でフィンランドの教育と向き合っていただくのがよいのではと考えています。

福祉制度が違うから、国が違うからを理由にできないものではなく、やろうと思えばできるんですよね。もちろん制度のせいでやりにくさ、やり易さが出てくるのは間違いないのですが、根本的なところはそんなに変わらないと思うのです。

学ぶ習慣が大切

教育現場におけるより良い実践のために国の制度を変えていくことは必要ですし、そのための働きかけも大事だと思うのですが、わたしたち自身、大人がまず、学びって楽しいなと体感しないと何も変わらない気がします。同時に、学ぶ習慣をつけることがすごく大切だと感じています。

学びというのは図書館に行くことだけではないですし、資格勉強をすることだけでもありません。単純に、今日1日を振り返って感じたことや気づいたことを日記に書くのも十分学びですし、それはPedagogyの定義の中にもあります。「振り返り」も学びのひとつなのです。

もっと軽やかに学びを楽しむのが習慣になるといいなと思います。そして、エラマプロジェクトをやっている理由、フィンランドの教育についてお話をしている理由もそれなのです。

教育の内容はアメリカの分野もありますしヨーロッパの分野もあるのですが、それらは意外と日本語に訳されているものは多くありません。

特にフィンランドのものに関しては本格的な内容のもので日本語版はそんなに多くないんです。

フィンランド教育を研究していく中で、わたしが通訳者となり、今後はさらに言語面だけでなく日本の現場に当てはめるとどうなるかというアイデアを出しやすいような形でお伝えしていくことをやっていきたいと考えています。

それは先生だけではなくて親御さんが立ち上げるサークルでもいいですし、リタイアされた方たちが始めるフリースクール的なものでも、シニア向けのコミュニティでも当てはまります。そういう学びの場やコミュニティをどう運営していくのかにも関係があると思っています。

学びそのものは、学校の中だけで完結しなくなってきていますよね。学校外の人や企業と連携するとか、地元の人に関わってもらうなど、そのコーディネート力もこれからすごく大事になってきます。ですので、みなさんがご自身の活動に落とし込めるように事例や文脈を紹介していきたいです。

今回のコースを終えてみて「学び」の可能性をますます感じました。学びに対するポテンシャルやモチベーションが高い人が多かったというのもあるかもしれませんが、豊かに自分の人生を変えられるのは学びがきっかけになることが多く、自分の人生を描くには学びがベースになるのです。

学んでいるとき、学びを作っているときが大好きだなとあらためて感じました。

このコースを開催した理由も、「仲間が欲しい」というのがどこかにあったんですよね。「学びの場を作っていきたいと思っている、学びの内容もフィンランドの教育で実践されていることをやりたいと思っている人たちと仲間になりたい」。そういう思いがあったんです。

それは直接エラマプロジェクトに関わるのではなくても、つながりを持つという意味でも「仲間」が欲しかったんです。これからもそういう仲間とつながるために、コースをブラッシュアップさせながら続けたいなと思っています。

フィンランドで学びと対話を深める

最後に、参加者の感想も一部ですがご紹介しておきます。

満足度が高かった理由として、

“現時点で他の講座や文献では知り得ないフィンランド教育の手法や考え方を学ぶことができたため。また講座の内容がとてもわかりやすく興味深いものだった”

“私が「教育」に対して思っていた偏見が、意見の一つに変わり、私の中でもっと柔軟に考えていいものという選択肢が生まれたため”

といった感想を記してくださった方もいました。

また、フィンランドの教育では自己評価も採用しており、一方的な評価に偏らないシステムを特に印象に残った点として挙げられている方もいらっしゃいました。フィンランドでも評価方法に関する議論は止んでおらず、参加者のみなさんにも対話していただきました。た。

今回開催したコースは「エラマの学校」のプログラムのひとつです。いつでも自由に気になる学びに参加していただけますので、その他の情報につきましてはこちらからご確認ください。

今年は、フィンランドツアーを3本予定しており、今月末から説明会を実施します。

実際に現地に足を運んでみたいと考えたことがある方は、2024年フィンランド現地スタディプログラムの詳細をぜひご覧ください!

By 石原侑美(エラマプロジェクト代表)
Interview & Text by nakagawa momo(フリーライター)

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こんにちは、どさんこ大学生RUNAです!

あくまで個人的な意見ですが、映画は家より映画館で見る方が何倍も楽しく見ることができると思っています。

「個人的な意見ですが」

「個人的に」

私は、集団の中で発言する際に、よく使っていますが、みなさんは、このような言葉をつけて話し始めることはありますか?

さまざまな言葉がある中でも、よく使われるこの前置きフレーズが対話を難しくさせるものになっているかもしれない。

今回は、「個人的な意見ですが」について考えていきたいと思います。

「個人的な意見ですが」は使い勝手が良い?

よく「個人的な意見ですが…」を使う場面を見るのは、組織・団体・役割がある人や、社会的な影響力を持った公人と呼ばれる人が話すときだと思います。

私も、普段は学校という集団に属していますが、影響力もないのに、なぜか「私の意見は」ではなく「個人的な意見ですが」と前置きしていることが多い気がします。

なぜ私たちはこんなに「個人的な意見ですが…」を使ってしまうのでしょう?

その理由を3つ考えてみました。

1つ目は、謙虚な姿勢を示せるからです。

「私は〇〇」の方は”自分自身”を強く主張しているように感じます。

一方で「個人的には〇〇」は自分の考えや立場を集団の中の一部の意見として扱うことで、控えめにしているように思います。

2つ目は、一種の接続詞みたいになっており、使いやすいからです。

「しかしながら」や「ところで」の代わりに「個人的な意見ですが…」は使えます。

個人の視点を前の会話とどのようにつなげるかという接続詞的な役割として重宝されているように思います。

3つ目は、”人それぞれ”であり、「あなたを否定するつもりはない」とういうことを強調できるからです。

このパターンで使われることが、多いのではないでしょうか?

「親的に」、「会社的に」、「男性として」、「女性ならば」など何らかのカテゴリーや規範を持ち出すと、相手を傷つける恐れがあったり、また相手に何かを押し付けたりする可能性も出てきます。しかし、「個人的に」を使うことで、相手を否定するような表現を避けることができ、さまざまな人の考え方や主義・信条を尊重していると伝えることができます。

攻撃されないように、決めつけではないと知ってもらうために、周りにも同じ考えを強いているわけではないとわかってもらうために、この前置きを使っていると感じます。

「ワタシ(私)的には…」が2000年の流行語大賞のトップテンとしてノミネートされました。今と同様に当時も、断定をさけるあいまいな表現として、その時代の若者が使う「ぼかし言葉」が多用されていました。

このように、さまざまな意味を含められる「個人的な意見ですが…」からみえてくるのは、”使いやすい”面だけでなく、逆の”使わざるをえない”状況です。

間違うことを恐れる私たち

「それは違う」と間違いを指摘され、ミスを叩かれる。

私たちの世界は、”間違い”や”ルールと違うこと”にとても厳しい。

ちょうど2年前、私は「正しさ」に基づいた「攻撃」や議論について考えていました。

なぜなら、コロナ以降、自分にとって悪い影響がなくても、マナー違反行為を激しく非難するなど、”正しさ”に過剰反応している風潮がよく見られたからです。

中学生の時、なぜか極寒の北海道でタイツをはくのは禁止という変な決まりがありました。

猛吹雪の中でもスカートに靴下で行かなければならない。

冷えによる体調不良になった私は、そのルールの意味が分からず、隠れてタイツをはいて登校して、先生に見つかりました。

先生は「個人的には寒いのは分かっているんだけど、学校の決まり、伝統だからね」と言って、タイツをはくことを許可してくれませんでした。

私は、この対応がとても印象的な記憶として残っています。

先生は「個人的には」という言葉を使って、組織のなかにいながらも私に対して中立的立場を表していました。でも、タイツがダメな理由はただ「学校という世の中のルールに反しているから」という納得できないものだったのです。

去年、「バスの運転手がサービスエリアでカレーを食べている」というクレームがバス会社に入り、そのバス会社で働いている人がクレームの内容を投稿して注目を集めました。

「クレームをつける方がおかしい」、「バスの運転手の飲食が無礼な行為だ」という意見も見られ、論争が起こりました。

また、救急隊がコンビニなどで買い物をすることについて”いろいろな意見”があるとして理解を求めるお願いを文章で投稿したものもありました。

自分にとって迷惑ではなくても、「みなさんどう思いますか?」と、多くの人が規則を決めた側かのように、世の中的に失礼だと捉えられる人や、ルールを守っていない人など、見つけた「間違い」を議題に挙げようとします。

このように少しでも「間違い」を言ってしまったら、容赦ない追求にあうかもしれない。

そう思うと、攻撃されないための予防線として「個人的な意見ですが…」を使う必要が出てくるのです。

「私」=属性とセットで認識される存在

そして、「個人的な意見ですが…」をよく使うのは、「私の意見は…」を伝えても大丈夫だと感じられる場がないからかもしれません。

本来「私は〇〇だと思います」とはっきり言えることは素晴らしいことですよね。しかしそれができない。そもそも対話を試みている場がどのようなものか見たことがないので、どうやって対話を行うのか分からないと思っている人も少なくないと思います。

討論・会議・議論・話し合いは、どれも違いがあります。しかし、対話とそれらの大きな違いは、対等な立場で話ができるかどうかだと思います。

議論などでは、集団に属しているひとりとして発言する際の暗黙のルール、例えば、意見がまとまっていること、急いで進めること、正しく決めること、勝つこと、結論を出すこと、相手を傷つけたり怒らせたりしないことなど…”しないといけない”、”するべき”みたいなものがあると感じるのです。

私は、中学生から始まる部活など集団行動の中でパワーバランスの存在を見てから、規律や常識、上下関係を優先させた上で話すことが大切だと学びました。

その頃から、集団の中で若輩者が話せる雰囲気ではないと感じ始めたり、発言するのが怖くて言葉に詰まったり、わかっていないのに理解したふりをしたりするようになりました。

なので、私の意見を主張するよりも、「個人的には」を使って、その場では波風を立てないように進めるのを最優先するのです。

また、SNSのプロフィールや投稿で「発言は個人の見解に基づくものであり、所属組織を代表するものではありません」という一文を目にしたことがあります。

この言葉が必要になる理由は、あらゆる人がその人単体で認識されることはなくて、職場や立場などの属性とセットで認識され、自らもその所属組織の一部であると意識せざるを得ないからです。

自分を集団の中から独立した存在だと思えたら「私の意見は」と言えるのかもしれませんが、私たちは自分が周りとの関係で存在していると認識しているので、「個人的には」を使うべきだと考えてしまうのだと思います。

「私の言葉」を伝えても大丈夫だと思える場

自分の主張を控えめにして、人それぞれであることを強調する「個人的な意見ですが…」が、わかり合うための対話では、逆に使いづらい言葉になると思うのです。

なぜなら、謙虚な姿勢を見せることで逆にえらい人の意見じゃないから気にとめなくても良いという意味にも捉えることができたり、人それぞれと言うとそこで話が終わってしまったりするからです。

ただ自分の想いを話して、相手を見て、言葉を聞いて、本音を交換できる場所のある人が、今どれだけいるのでしょうか?

一時期、「それってあなたの感想ですよね」、「そういうデータあるんですか?」など、他者を言い負かす「論破」という言葉が注目を集めました。スピード勝負で主張し、相手の意見や主観を否定する姿勢をとり、根拠を提示して追い込む。

そんな会話や議論は、メディアで取り上げられ、言葉を交わし合うことがすべて勝ち負けとつながっているように感じさせる様子が、小学生から大人にまで流行しました。

大学生になって議論する時には、「〇〇の観点によると…」、「〇〇氏によれば…」など根拠になるものを示した上で、自分の考えを言うようになりました。

そしてミスが攻められる議論の時こそ、「個人的な意見ですが…」は、間違いかもという心配な部分に保険がかけられるので使いやすいのです。

「間違い」を恐れると、「わからない」を共有することはできません。なぜなら、「わからない」は「負け」すなわち”弱さ”の印の1つだと思われているからです。

勝ち負けという優劣の関係ではなくて、対等な立場で感情や考え、想いを対話して共有する。それは、自分のことや弱さをさらけ出すことなので、すごく怖くて難しいことだと思います。

完全にオリジナルではなくても、言葉が見つからなくても、分かり合えなくても、誰かと対話することで”私の言葉”がつくられるかもしれない。

私の話をしても大丈夫だと思える安心できる場を築けるかもしれない。

周りの誰かが本当の想いを話そうとしてくれた時は、ただ真剣に、共感できても、できなくても最後まで聞いていきたいと思うのです。

そして、たまには「個人的な意見ですが…」ではなくて、「私の意見は…」と、受け取ってくれる誰かがいるかもしれないと思いながら、”私の言葉”をつくっていきたいと思うのです。

なぜなら、”私の言葉”を言える・聞ける居場所があること自体が、私にとって幸せだと感じるからです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

こんにちは!いけかよです。

みなさん、日々ご機嫌に過ごしていますか?

かくいういけかよは、最近けっこうイラッとしています。やってらんねー、と思うことが増えています。

というのも、少し前に新しく受注したお仕事が(いけかよはフリーランスです)、思っていた以上に手がかかり、時間もかかり、結果的に相手とのコミュニケーションに違和感を抱き、やたらとエネルギーが奪われ、こんなフィーじゃやってらんねー(ゲボという状態に陥っているから。

いきなり暴言でごめんなさい!

今回の記事でグチり倒したいわけでは、もちろんありません。

この(ゲボ状態、いけかよは陥ってよかったと思っているんです。

今回は、そんな「お仕事における幸せ」をきっかけに、自分にとっての幸せの輪郭をまたひとつ発見した、というお話。

「嫌や」の気持ち、ありがとう

フリーランスにとって、いきなりお仕事がなくなることはよくあることです。でも、それがあるからこそ新しいことにチャレンジすることができるとも言えます。

しかし、働かなければ生活ができませんから、お仕事が減ったときには新たなお仕事をいろいろ掴みにいくわけですが、会社員のときも含め、20年も社会人をやっていますと「こういうのが自分の強み」「こういう仕事がやりたい」「こういうことはやりたくない」というある程度のものさしはできてくるわけです。

これまでなんどもなんども心身を病みながら仕事をしてきた賜物です。

よって、フリーランスになって「無理ですごめんなさい」と簡単には言いにくくなったことと、仕事内容も働き方も多様になったことで、より真剣に、細かく「自分が本当にやりたくて、かつ、無理しないで続けられる仕事ってどんなことだろう?」と、さまざまな条件からお仕事を吟味するようになりました。

そのへんの考察は、こちらの記事にまとめましたのでよろしければご一読ください。

水が合えば稼げる。働くためにわたしたちが投資する「資本」のマネジメント

そして、その結果ゲットしたこの新しい仕事、少し前に経済的にも心理的にも余裕がなくなってきた頃にやっと掴んだ案件でした。

もちろんほっとしましたし、最初はとても評価していただき、とてもありがたかったのですが、始めて2ヶ月も経った頃にはすでに冒頭のように「うざい、やめたい」となっていました(笑)。

なぜか?

「こういうのは嫌や」と思えたからです。

は?とお思いでしょうか。

もっと詳しく言うならば「『こういうのは嫌や』と思っている自分をはっきりと認めることができた」ということです。

自分のなかの「嫌だ」という感情をしっかりと感じ、認め、自覚したのです。

何言ってるかわからないとお思いでしょうか。

でも、いけかよにとってこれはけっこう大きな変化だなと感じています。

なぜなら、いけかよは元来わりと生真面目で我慢しがちで自己犠牲的な性格であったため、嫌だな、と感じることがあってもそれをねじ伏せて無理してがんばってしまう癖があったからなのです。

その仕事がしんどいとか、相手が苦手だなと思うこと、ネガティブ感情を認めてしまうことがいけかよはすごく怖かったんです。その「嫌だ」「うぜー」という気持ちがどんどん増幅していきそうで。

「『嫌だ』なんて思っちゃいけない」

「『こいつウゼー』なんて思っちゃいけない」

「『しんどい』なんて今だけ、気のせい」

こんな気持ちで心身に鞭打っていれば、そりゃ病むよね、というかんじでしょう?

なので、前述のように、なんどもなんども心身を病みながら仕事をすることになったわけです。

でも、わりとこんなふうに自分のなかのいわゆるネガティブ感情に蓋をする癖がついている人は多いんじゃないでしょうか。

こと、仕事やパートナーシップなど、自分の生活の根幹を成すものならなおさらです。

でも、実際は逆なんですね。

ちゃんとその感情をしっかり感じきってあげること、それこそが楽になることへの第一歩なのです。

ミケランジェロもロダンも言ってる

いけかよは、幸せって彫刻みたいなものかも知れない、と思うのです。

彫刻って、いきなり完成形がそこにあるのではなくて、1つの木片や石を削っていって、なんどもなんども削って、いろんな面から整形していく。そしてある時「やった!完成!」って思ってもそれは全体像の一部に過ぎず、また別の角度からみればまだまだ彫る余地はあって、そっちを彫ったら違う美しいラインが現れて…、という作業の繰り返しが、彫刻という芸術なのではと、想像します。

絵画と違うのは、彫刻はいらない部分を「削っていく」ものであること。絵画のように、絵の具を「塗り重ねる」ものではないのです。

これを人間に置き換えるなら、自分にとって不要なものを削っていくということですね。

そう、「嫌だな」という部分です。

人生において「嫌だな」と思うことを削っていくこと、これが幸せの第一歩なのだといけかよは思うのです。

そのためには、「嫌だな」という気持ちと事象をきっちり受け止めなければならない。彫刻家も、コンマ一秒の世界で不要だと判断した部分がわかったからこそ削っているはずなのですから。

かつてのいけかよは、これができなかったので、なかなか楽になれなかったんですね。

でも、いまは「嫌だ」を昔よりクリアにしっかり受け止めることができます。感じてはいけない感情なんてないのだと知ったからです。

そして、それをしっかり受け止めることで、「じゃあこいつを手放そう」と思うことができるようになったのです。

彫刻の巨匠たちは、異口同音に以下のような言葉を残しています。

どんな石の塊も内部に彫像を秘めている。それを発見するのが彫刻家の仕事だ。ミケランジェロ

芸術作品はすでに大理石の塊の中にある。
わたしはただ必要のないものを切り落とすだけなのです。
ロダン

これ、「石の塊」を「人間」に、「彫像」「芸術作品」を「幸せ」に言い換えてみるとどうでしょう?

そしてそれを完成させるのはほかでもない彫刻家=自分なんですよね。

生まれてきてからウン十年の間に、いろんなよけいなものを背負い込んでしまったわたしたちは、本来の美しい姿を石の塊のなかに埋め込まれてしまったとも言えるかもしれません。それは、欲とか不安とか世間体とか嫉妬とかの、「エゴ」と言われるもの。もし今、生きづらいとか幸せってなんなのかがわからなくなっている人はきっと、取り急ぎ「削る」作業が必要なのです。

そのためには、しっかりネガティブな気持ちを受けとめ、何が嫌なのかを見極めなければいけません。

削るべき箇所がわからなければ、どんな天才彫刻家も削ることができないからです。

「ウェルビーイング」は彫刻的幸せから考えるとしっくりくる

わたしたちは、いまの自分になにかをプラスすること=絵画的な、塗り重ねることでの幸せを求めがちだけど、それよりも先に必要なのって彫刻的な幸せ=いらないものを削ぎ落としたニュートラルな自分になること、だと思うのです。

絵画的な幸せは、資本主義と親和性が高いかもしれませんね。「もっとこれがあれば幸せになれるのに!」という欲望を刺激される渇望は、潤された瞬間に虚しいものになることが割とあるというのは、このコラムを読んでくださっているあなたであればすんなり腑に落ちてくださるはずです。

(絵画という芸術をディスって彫刻という芸術を賛美しているわけではないですよ、念のため!ここではあくまで比喩表現。いけかよはどっちも大好きです)

いっぽう、昨今叫ばれている「ウェルビーイング」は、彫刻的な幸せに近いと言えます。自分にとって大切なものはなにか?そしてそれのバランスは取れているか?ということがその理論の根幹だからです。

仕事、お金、パートナーシップ、健康、時間…。人間に必要なものはさまざまあれど、どれかが過剰に多くても少なくても人間は病みます。いみじくも、彫刻がきちんとバランスをとってつくられていなければ倒れてしまうことと同じですね。

でも、いまこの「ウェルビーイング」がなんだかよくわからないと思っている人が多い理由は、絵画的な幸せを求める価値観に染まりすぎているからなのかも、といけかよは思うのです。

それは、さまざまな人がいらっしゃることは大前提ですが、これだけ物質的に恵まれていて、今日明日に殺される恐怖もなく、かつ思い切り資本主義の日本では、「なにがあれば幸せになれるのか」という思考になるのも無理はありませんよね。

でも、そうじゃなくて、いまよけいなものを背負いすぎているわたしたちは、視点を変えて彫刻的な幸せを考えてもいいと思うのです。つまり「なにを捨てれば幸せになれるのか」です。

それは、イラッとする会社の上司との関係性かも知れないし、ファンデーションかもしれないし、まったくペイできてないサブスクかもしれないし、楽しくないのに断る言い訳が見つからなくて仕方なく参加する飲み会かもしれないし、義務感にかられてイヤイヤやっている家事かもしれない。

これらの「嫌だ」と思うことを削ることで、自分のより本質的な幸せを発見することができると思うのです。上塗りする絵画的な幸せはその後からでいい。

しかも、素敵なのはこの彫刻的な幸せも変わっていくこと。「見つけた!これが最高のフォルム!」と思っても、いつしかあれ?と違和感が芽生えて、またそこを削り直していくかも知れないのです。

人生において幸せというものが1つの側面だけではないのと同じで、彫刻もいろんな部位があってバランスを保たれて最高傑作になっていく。その途中は、腕はできた、でも足がまだ…、足できた!と思ったら、その足は頭とのバランスが違う気がする…、など、試行錯誤の繰り返し。

人間の幸せで例えたら、「完成!」っていうときはもしかしたらもうこの世にいないかもしれないのですが、どれだけバランスが悪かろうとも、完成から程遠くても、懸命に美しい形をつくろうと試行錯誤すること、それこそが「生きる」ということなんじゃないかと、いけかよは思うのです。

2024年は宿題をがんばる

というわけで、冒頭の話にもどると、いけかよは「うわー。嫌や」と思えたことで、削りたい部分がわかったんですよね。それがすなわち「自分の幸せの輪郭が少し見えた」ということなんです。

まだそのお仕事を完全に手放したわけではないのですが、「嫌や」という感情、そして何が嫌なのかを、しっかり自分と向き合って特定&言語化中です。

そういう意味でいうと、ネガティブな気持ちを与えてくれたこの案件には感謝です。それがわからなければ、自分にとっての幸せには近づけないのだから。

そして同時に、「嫌やな」と思う部分をどうすれば避けながらタスクをこなせるか、ということも考えていける。

つまり、日々、疲れはてていたりモヤモヤしたりイライラすることは実は幸せに近づくためのチャンスなのです。

しかしいかんせん、わたしたちはそういった感情を扱うことが苦手です。つい「臭いものに蓋」戦法や「あいつが悪い」戦法を使いがち。ときには「自分が悪い」戦法も…。

問題はさまざまなので、何が原因なのかはケースバイケース。でも、明らかなのはそのネガティブ感情があなたのなかから湧き出ているということ。

それに向き合うために、このメディアの運営母体であるエラマプロジェクトは日々お仕事をがんばっているあなたに、ご自身の感情と向き合うためのプログラムをご用意しています。

【2024年2月開講】フィンランド式ウェルビーイングコース〜働き方&休み方を描く〜

今年こそはもっと幸せに働きたい!と思われる方は、ぜひご参加くださいね。

お仕事だけでなく、家事や育児、その他のなんらかの「義務」を背負っている人にはヒントになるポイントがたくさんあるはずです。

2024年は、冒頭からおおきな宿題をわたしたち日本人は突きつけられたなぁと感じることがあります。

でも、これも彫刻的幸せ理論で考えることにしました。

「不幸は、自分ではどうしようもないことをどうにかしようとすることから始まる」という主旨のことを、なにかの本で読んだんですよね。ほんとうにその通りだと思うんです。

いろんな出来事に苦しくなったり怒ったり落ち込んだりしていませんか?

災害だけでなく、プライベートなことでも重みは同様です。

まずは、その感情をしっかり味わって受け止めましょう。

そしてその次に考えるべきは、その問題は、あなたがどうにかできることでしょうか?あなたがどうにかすべきでしょうか?

ここで「自分にはどうにもできない」と認めることは逃げではありません。

「自分にはどうにもできない」とわかったら、それは手放しましょう。

そのうえでしっかりと、何がつらいのか?何に怒っているのか?を見つめてください。そして、できればそれを自分から削ぎ落としていきましょう。

この「削ぎ落とす」ことは、わたしたちが自分自身でどうにかできることですよね。

それができてはじめて、あなたがほんとうにすべきこと=「自分の幸せ」を見つけることのスタート地点に立てるんです。

でも、できないなら無理にする必要もないと思うのです。完璧な美しさの彫刻を築き上げることではなく、それを目指すプロセスこそが美しいといけかよは思うから。

そして、ひとりひとりが余計なものを削ぎ落としながら自分の幸せを見つけていくこと、それこそが、わたしたちに課された「宿題」だと思うのです。

では、また!

Text by いけかよ(よむエラマ編集長/エラマプロジェクトCPO)

こんにちは!エラマライターのひらみんです。

「ストーリーとか知らなくていいから、とにかく今週の話をTVerで見て!!!」

ドラマ「きのう何食べた? season2」第5話を見た後に、友達にLINEで送ってしまいました。

誰かに伝えたくなるほどに心が揺さぶられた神回をご紹介したいと思います。

※ネタバレを含みます。

ドラマの概要

よしながふみの同名漫画を原作にしたドラマで、弁護士の史朗と、恋人で美容師の賢二の同棲中カップルの日常生活が描かれています。史朗は西島秀俊が、賢二は内野聖陽が演じています。





日常生活だからこそ、同棲あるあるや、カップルあるある、仕事あるある、家族あるあるなど、自分の生活の中でも起きるような、ささやかな出来事ばかりです。だけど、「こんな風に言ってもらいたい!」などと、ドラマと自分の生活を重ねることができて、ドラマを身近に感じられるポイントが多いと思います。

毎回2人がテーブルを囲んで一緒に「いただきます」をするんですが、そこも、きちんと料理や相手に向き合っている感じがして、2人がこの同棲生活を大切にしていることが伝わってきます。それに、毎回、史朗さんが作る料理がすっごいおいしそうなんですよね。2人が「これ、おいしー!」「うん、うまいな!」って言いながらにこにこ食べているのも、ほっこりする理由なのかもしれません。

神回の第5話あらすじ

今回の第5話は、史朗の元カレである伸彦が初めて出てくるのですが、それは及川光博です。彼の冷たそうな見た目とモラハラ気質っぽい演技がドはまりして、ナイスな配役でした。

ある日、洗濯機の排水ホースの不具合で水が溢れて、その処理をしていた史朗は、元カレ伸彦と一緒に暮らしていた時にも、同じことが起きた時のことを賢二に話すハメに…。

排水口が詰まって洗濯機周辺が水浸しになったのに、伸彦は何の手伝いもせずに「昼メシまだ?」とか言うだけで、不機嫌そうに外出しちゃうんです。どんな時でもそんな感じで、モラハラに近い伸彦だけど、タイプすぎるビジュアルを理由に史朗は許しちゃっていた、とのこと。

別のある日、史朗が仕事から帰ったら、夕食に親子丼を作ろうと思っていたのに、玉ねぎがなかったんです。賢二がお昼ご飯で食べちゃってて。

玉ねぎがないなら、唐揚げにすることを史朗が提案すると、「仕事から帰ってきて、今から唐揚げなんて大変だよ。使っちゃって本当にごめん。スーパー近いし、今から買ってくる!」と、史朗が止める暇もなく、賢二はさっそうと買いに行っちゃいました。

ひとり取り残された史朗は、伸彦と暮らしてた時にも、似たようなことが起きた時のことを思い出すんです。

伸彦が、自分のお昼ごはんのために唐揚げかなにかを作って食べていて、史朗が帰ってきたらキッチンは後片付けされていなくて汚れたままだし、しかも、鶏肉は、史朗が夕食のために解凍していたもの。それを伝えると、伸彦から「俺も食費を出してる食材を使うのに、お前の許可を取らないといけないの?」みたいな返事が返ってくるんです。

過去と今を行き来して、「そうか、俺今幸せなんだ……」と賢二の優しさを噛みしめた史朗の目に涙。

ドラマの最後、後日談として、史朗は新しい洗濯機のホースがあることに気づきます。史朗は頼んでもいないし、賢二も買ったことをわざわざ報告するわけでもなく。

人を想い合うってこういうこと

今回のシーズン2全体では「人を大切に想う」がテーマであるように感じました。

第5話では、クリスマスということで、いつもより豪華なメニューを一緒に作っているんですが、健康のことを考えながらも賢二にとって思い出の大切なメニュー、明太子ディップを用意してます。

他の話でも買い物の時に「賢二が好きだからな!」という理由でちょっと高いけどナスを買ったり、史朗の遺産を賢二に残そうとしたり、史朗は、直接賢二に「好きだ」とか言わないんですけど、いろんな場面で賢二への愛がかいま見えます。

実は、玉ねぎのエピソードは、第8話にも再び登場します。賢二が史朗に「俺のこと思い出すとしたら、何を思い出す?」と聞くと、史朗は「玉ねぎ」って言うんです。賢二は、玉ねぎ?なんのこと?って感じなんですけど、史朗は心の中で「玉ねぎを買いに行ってくれたことだよ」と優しくつぶやくんです。

賢二を見つめながら、玉ねぎを買ってきてくれた日のことを思い出す史朗にまた泣けますよ。

それぐらい大切なエピソードが第5話です。

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やさしさを上手に送って、受け取りたい

お節介とやさしさの線引きは難しいです。

どちらも「相手のために」という気持ちからきているのですが、軸がどちらにあるのか、というのが線引きのポイントになるようです。

相手が求めてないことだったら、お節介や余計なお世話になるし、相手が本当に求めていることだったら、やさしさや思いやりになるんだそう。

玉ねぎのエピソードでは、史朗が期待していなかった「玉ねぎを買いに行く」という賢二の行動は、今の史朗と、過去の史朗の両方を救ったんだと思います。

洗濯機のホースも、次に起きた時に使えるように、という気持ちから賢二が自発的に買ったものです。

賢二のやさしさを、史朗がうまく受け取れたから、史朗は救われたようにも思えて、人から受けたやさしさや愛を受け取ることも大切だなと思います。

ここらへん、賢二はとても上手で、不器用な史朗の愛をきちんと受け取っています。見習いたい!

実は私は最近、父から「忙しいだろうからご飯を作りに来なくていいよ」と言われるんです。というのも、母が、筋肉が弱まっていく病気だということがわかって、元気なんですけど、家事ができなくなったので、今は父がフルタイムで働きながら家事をやっています。

そういうこともあって、1週間に1回、母の様子見を兼ねて、実家に行ってました。ご飯に一番困っていそうだったし、自分ひとりのためなら作らないようなおかずを作ったりするもの楽しんでいたんです。

煮込みハンバーグとか、母が作ってくれていた名前のない料理を母に味見してもらって、「砂糖が足りない」とか言われながら作ったりしてました。実家から電車と徒歩で40分ぐらいのところに住んでいるので、そんなに負担でもないですしね。

それでも、父に「来なくていい」と言われてしまいました。これは「娘に負担をかけたくない」という父なりのやさしさなのでしょうか。それとも余計なお世話なのでしょうか。

私は、「父の家事の負担を減らしたい」と思ってやっています。親と過ごせる時間も限られてきているので、そういう時間も楽しんでいたのですが、おしつけがましいと思われているんでしょうか。遠回しに「来ないで」と言われているのか、時々わからなくなります。

父のやさしさと思って、言葉通りに受け取っていいのか、悩ましいところです。でも少し回数を減らしました。

人生はドラマと違ってうまくいきませんね。

やさしさを送ったり、受け取ったり、深読みしちゃたり、悩みながら私の人生は続きます!

Text by ひらみん(ふつうの会社員)