こんにちは。エラマライターのmajakka(マヤッカ:灯台)です。
みなさんは毎日どんなことを考えて過ごしていますか?
仕事のこと、家族のこと、友達や好きな人のこと、人間関係、健康、勉強やお金のこと、これからの未来についてなどなど、人によって色々だと思います。
楽しいことだったら自然と笑顔になっているかもしれないし、難しいこと、悩んでいることだったら肩に力が入っていたり眉間にシワをよせているかもしれません。
今回は何気なく考えていることが「自分や周りの人にとっての豊かさ」につながるかもしれない、ということついて一緒に考えられたらと思います!

自分で想像している以上に不安なことばかりを考えていた
きっかけは6年越しになる自分の腰痛が少しでもよくなるようにと最近新たに通い始めた「痛みセンター」での診察でした。
この「痛みセンター」ではいわゆる整形外科でのMRIやレントゲンから判断してリハビリをし、治っていなくても診療期間が終了するというようなものではなく、様々な問診を経て骨や筋肉といった身体的な部位の改善(ストレッチや筋トレなど)と、心理面でのアプローチがあります。
この心理面でのアプローチのなかで、痛みを感じているのは「脳」であり、脳が日々の色々な感情から痛みを発出させることがあるのだと教えていただきました。
特にわたしの場合はMRIやレントゲンでも異常がなく、腰痛の原因がヘルニアからきているものだと思っていたのですがヘルニアは治っているのにひどい腰痛が続いているのでより「脳」へのアプローチが大切だと教えていただきました。
腰痛については自分なりに色々調べてはいたので、心理的な影響もあるということはなんとなくわかっていました。
でもあらためて診察していただいて、自分の場合は心理的な要素も大きいかもと理解したんです。
それからストレッチや筋トレもアドバイスいただくと同時に、自身の心理状態についても話を聴いてくださいました。
腰痛改善していくために大切なことは
「身体に本来の自然な動きを思い出させてあげること」
「リラックスすること」「脳を休ませてあげること」「自分に自信を持つこと」でした。
どれもわたしが、エラマプロジェクトと一緒に探求している「豊かで自分らしい生き方」につながっていると感じました。
この中でも「脳を休ませてあげること」が自分にとって新しい気づでした!
長くなってしまいましたが、このようないきさつで「脳を使って考えること」について皆さんと掘り下げてみたいと思ったんです。
理学療法士さんに、脳を休めるために、わたしの場合はぼーっとすることを意識する。そのためにまず腰のことや仕事のことを考えていることに気づくことから始めてみましょう!とアドバイスをもらったのでした。

何気なく自分が考えていることに気づく練習
診察していただいてから意識してみると、あらゆる瞬間に「腰のこと」「仕事での悩みやしなければならいこと」を考えていることに気づきました。
考えてはいるだろうなぁ、と思ってはいたのですが、意識してみると、ふと気づけば肩に力が入り、考えていることがわかりました。
そのときは、脳が熱くなっていてパンパンになっているような感覚でした。
確かにこれでは脳が疲れて、それを腰に伝達させているかもしれないと感じたのです。
わたしは腰痛からこのような気づきに至ったのですが、みなさんにもどこかに不調がありませんか?
少し思考に意識を向けてみると自分の体調について何か気づきがあるかもしれないと思います。

次にやってみたのは、自分が無意識に考えていることに気づいたらわくわくすることや楽しみなことを考えてみるということ。すると脳がリラックスして休まるそうです。
これは皆さんご存知ですよね!
でも、脳を使い過ぎていたり、考えこんでいるときは当たり前のことに気づかないみたいです。
わたしは「あ、今頭を使いすぎている。ぐるぐる悩んでいるな!」と気づけることが多くなったので、その都度最近楽しみにしていることやこれからの未来にチャレンジしたいことを考えるようにしています。(未来にチャレンジしたいことはまたいつかお話しさせてください!)
そうすると脳の込もっているような感覚が少し軽くなります。
あとは、ウォーキング中です。これまでは色んなことを考えていたのですが、何も考えないように意識しています。何も考えないようにすることを考えているようにも思えますか?
自分はそんな風に思うときもあります!
でも、できるだけ「深く考えすぎない」ことが大事ですね。
自分のいいところに気づけるようになった
しかしながら、脳を休ませることを意識して毎日を過ごしているにも関わらず、ここ最近は毎日悩ましい出来事が起こっています。
仕事では毎日自信を失ってしまうことが起こり、家族もそれぞれ悩みを抱えていてコミュニケーションがうまく噛み合わず、寂しいと感じたり……。
脳を休ませてあげたいのに、なんでこんなに悩みが溢れてくるんだろうと悲しくなります。
でも!脳を休めることを意識しているからか、すぐに「まぁ、いっかぁ」と気持ちが切り替えられています。
もちろんまた「どうしようかなぁ。仕事行くのしんどいなぁ」と考えることもありますが、その度に、「いやいや!自分は自分に恥ずかしいことはしていないし、できることは精一杯努力しているんだ」と思い直せるようになってきています。
わたしは、できないことに意識を向けて自分で自分を責めていたことに気づきました。
脳を休めることを意識し始めて、自分の今までの経験や自分の良いところに気づけている気がしています。
これは、本当に自分が数年前から探求している「ウェルビーイング」に通じているなと実感しました。
「心身共に健康で豊かな状態を知って、一歩ずつ歩んでいる状態」
また、この状態に少し近づけている!
この事実は、自分に自信がなかったわたしに元気をくれました。
脳ってすごいですね!
人生で起こる様々な出来事は全て、自分の力になっている。
自分が今まで生きてきたなかで得たこと、そこから作られている考え方、嬉しいこと、苦しいことからの学び。
これらが、今日の自分の強みになっているんですね。
人生の豊かさを感じられるよう、「脳」を大切にしていきたいと思います。
Text by majakka(マヤッカ灯台)(ウェルビーイング探求人)
こんにちは!Kangasこと、ライフコーチの和田直子です。
私は、最近「こうあるべき」を手放す勇気と覚悟を持てたことで、本来のありたい自分に戻れたと感じたので、今日はそれについて書いてみようと思います。
今月、私は16歳の娘と一緒にフィンランドへ行ってきました。目的は、正規留学を目指している娘の希望する高校を見学し、校長先生と直接お話しするためです。
2年前に娘はフィンランド留学を決意し、フィンランド語の勉強を続けてきました。16歳になった今年の8月入学を目標にしていましたが、言語の習得が間に合わず、来年の1月入学に目標を定め直して準備してきました。
そして、ようやくご縁からある高校を見つけ、娘のフィンランド留学をしたいという気持ちに誠実に向きあってくださる校長先生に出会えました。
メールでのやり取りやオンラインでの面談を重ね、現地を実際に訪れてみることになりました。
フィンランドに降り立ってすぐ、娘は「フィンランド語、何も聞き取れない…」と少し落ち込んだ様子。ベーシックな文法の理解に自信を持ち始めていたけれど、普段のレッスンより聞こえてくるフィンランド語のスピードが格段に速く、耳が追いつかないようでした。
校長先生との面談中には、娘は自分の考えを聞かれた瞬間、緊張で言葉が出なくなってしまうこともありました。そして、そんな自分の状況に涙が溢れ、止まらなくなってしまいました。
娘に抱いていた私の「こうあるべき」

娘はこの旅で、この先どのように学びを進めたいか、フィンランドでの留学生活をどのように始めたいかを決めなくてはいけませんでした。
私としては、最短で可能なタイミング(来年1月)に現地の高校に入ったほうが、多少言語力が追いついてなくても、日本で勉強を続けるより習得が速いのではないかと思っていました。それに心のどこかでは、中学を卒業してなかなか進路が決まらないことへの焦りも私は感じていました。今思うと、私自身の中の「こうあるべき」だったんだと思います。
娘はそんな私の考えに従い、一度はそのように校長先生に伝えました。
でも、すでに日本の真冬のように寒く、曇り空と雨ばかりの10月のフィンランドを体験した娘。留学がスタートするかもしれない1月の暗さをリアルに想像することができたのか、ある晩、滞在先のアパートで「言葉が不安だし、寒いし暗いし怖い!」と大泣きしてしまいました。
その姿を見ていると、16歳でこれ程にも遠く日本語が伝わらない場所に、娘を一人で送り出そうとしていることが間違っているのではないかと、この2年間で初めて私が不安に陥ってしまったのです。
それからもう一度ゆっくり考え直しました。
そして彼女は、自分が安心して進める留学のプランを話し始めました。
その内容を聞けば、日本の一般的な社会のレールを歩いてきた私からすると「本当にそのペースで大丈夫?」と思ってしまうものです。中学を卒業して、同い年の子たちはいま高校1年生の2学期を過ごしているわけですが、まだ入学する高校が決まらない娘は、すでにだいぶ遅れをとっています(フィンランドの高校に入ると決めた時点で、だいぶレールから外れているとは思いますが!)。
でも娘がこの旅で出した答えは、「自分は大丈夫!と思ったタイミングで高校に入学する」ということ。そのプランで行くときっと高校卒業は20歳近くになっているでしょう。もしかすると、卒業のための単位を取得できた頃には20歳を超えているかもしれません!
それでも娘は「年齢なんて何も気にしない」と。
緊張と不安で泣いていた時は、きっと「うまくやらなきゃ」「お母さんは早く入学できたほうが良いと思っているだろう…」など、余計な思考が娘を追い詰めていたのかもしれません。
娘はずっと答えを持っていたのに、私がそれを抑え込んでコントロールしようとしていたのだと思います。そのことに何となくずっと気づいていたけれど、娘の留学に対して「こうあるべき」という私の思考を手放したくなかった気もします。手放すのが怖いというか、執着してたというか…。
でも私も現地に行ったことで、まだ16歳の娘がここで暮らすのかと想像でき、「こうあるべき」を手放す覚悟を持たなければいけないと感じました。そして、その覚悟を持つことは勇気のいることでもありました。
「彼女にとってそれがベストなら、それでいい」そう自分に言い聞かせながらも心の中のざわつきは、しばらく残っていたと思います。
結局私の中のざわつきが消えたのは、娘が安心し、自分の選択を受け止めてワクワクしている姿を見れたときでした。
私自身もその選択ができたことに安心していると気づきましたし、娘の明るくなった表情を見ると嬉しくなり、応援したい気持ちがさらに大きくなりました。
このエピソードを思い出している時に浮かんだのが、エラマプロジェクトの代表、石原侑美さんとお話をしている時に聞いた「0(ゼロ)」の概念です。
「ゼロ」の概念

侑美さんから聞いたのは、エラマプロジェクトの哲学バーでの対話から『物や予定を減らし余白を設けることが、豊かさにつながる』という気づきが生まれ、それを「ゼロ」という概念として捉えるという話でした。
余白から生まれる豊かさとは、まさにシンプルさを大切にするフィンランドの人々の「vähemmän on enemmän (少ないことは多いこと)」という価値観そのものでもあり、それは東洋にある仏教の世界の「空」という思想にも通じるものでもあります。
「空」とは、単に「何もない」状態ということではなく、執着から離れ無限の可能性に満ちた状態を言うそうです。
「ゼロ」という言葉を聞くと、何もない状態を想像する人もいるかもしれません。でも、そのようなフィンランド人や仏教の価値観・思想を「ゼロ」と表現するならば、それは「余計なものや思考が何もない」状態を意味するのではないでしょうか。
私が娘に対して抱いていた「こうあるべき」を手放せた瞬間、私は「ゼロ」になれたのかもしれません。
侑美さんが仰るには、この「ゼロ」の考え方は、 フィンランド・ヘルシンキにあるレストラン「Nolla」からインスピレーションを受けたのだそうです。
このレストランの名前Nollaはフィンランド語で「ゼロ」を意味します。仕入れから調理、提供まで、ゴミを出さず、CO2を削減する運営をされています。私も以前訪れたことがあるのですが、お料理も本当に素晴らしいですし、スタッフの皆さんの誇りをダイレクトに感じることのできるお店です。
Nollaには「必要なものだけを残す」という哲学のようなものがあるのだと思います。
娘が「自分のタイミングで行きたい」と言ったとき、私は正直妥協してそれを受け入れた感覚でした。「予定通り行った方がいいのではないか」という思いが頭を巡っていたし、私の娘に対する「こうあるべき」を完全に手放すのが惜しい気さえしました。
でも、迷いがすっかり晴れたような娘の表情を見ると、「私がコントロールしても無駄だよな」と、自分の中にあった執着がふーっと消えていくのを感じたのです。
その後、私は心から娘の選択を尊重できましたし、これまでと同じように彼女の未来にワクワクできました。それこそ、私にとって必要な感情が残ったとも言え、私自身の本来のありたい姿でもありました。
人生のエネルギーを高める「ゼロ」

皆さんも、日々の小さな選択や人生の大きな決断に、誰かの声が気になることはありませんか?世の中の「こうあるべき」「今すべき」という思考が渦巻いてしまうことが。それを自分に対してだけでなく、今回の私のように家族や身近な人に押し付けてしまっていることだってあるのかもしれません。
できるだけ世の中の流れに似た選択をしていくほうが楽なのかもしれないけれど、それが自分にとって必要なかったとしたらどうでしょうか?
逆に誰の声も気にせず自分の意思を貫くには、それなりの勇気と覚悟がいります。それまでの「こうあるべき」という執着を手放すのが惜しかったり、誰かの声を無視することで相手に申し訳ないと思ってしまうからです。
でも、その勇気と覚悟の先に「自分はこうありたかったんだ」と思える安心感があることを、今回の娘との旅で知りました。純粋な自分に戻れた感覚、それも「ゼロ」の概念に入るのではと思います。
「必要なものや思考だけを残す」
「純粋な自分に戻る」
この2つができたら人生って最強なんじゃないかなって思うんです。スピリチュアルに聞こえるかもしれないけれど、「ゼロ」には純度の高い自分のエネルギーが充満しているような気がします。
「ゼロ」なのに充満しているって、何だか不思議ですね!でもそれが「ゼロ」の持つ力なのかもしれません。
そう言えば、赤ちゃんを見てもそうですよね。誰の声を気にすることもなく、成長していく力を持っています。0才が人生の始まりであるように、「ゼロ」の自分に戻ることは生きたい人生の始まりでもありますね。
皆さんも、この記事を読んで何か心が反応した気がするなら、自分の「ゼロ」をぜひ見つけて感じてみてください。きっと、自分に戻れた安心とワクワクに包まれるのではないかなと思います。その瞬間から、皆さん自身の人生をゆったりと歩んでいってくださいね。
Text by Kangas(和田直子/しなやかで強く優しい社会を織りなすライフコーチ)
こんにちは。エラマプロジェクトの和文化担当、橘茉里です。
夏の暑さもようやく静まり、ここからは秋を経て冬へと向かっていきますね。
秋は山々の紅葉が美しい季節ですが、冬の自然といったら、どんな風景があるでしょう?
雪景色?
でも、日本人みんなが、雪景色を身近に感じているわけではないですよね。
エラマプロジェクトの代表、石原侑美さんが暮らす飛騨高山は降雪地帯のため、春先までは雪景色が続くそうです。
一方、私が住んでいる埼玉の西部は、年に数回、雪が降るかどうかといったところで、雪が積もることは滅多にありませんし、積もったとしても数日中には溶けてしまいます。
私のように、雪のない冬を過ごす人も結構多いと思います。
そして、そんな人たちにとっての冬の景色は、枯草や葉の落ちた木の幹などから成る、茶色の風景なのではないでしょうか。
枯草の風景なんてつまらない?
いえいえ!
実は冬の枯れた野原の風景には、日本らしい魅力が詰まっているんですよ。
今日は、枯野の魅力とともに、日本人の感性に迫っていきますね。
日本には「枯野」を楽しむ文化があった

日本には、春になったら「花見」をし、秋になったら「月見」をし、といった具合に、季節の風物を愛でる「〇〇見」という文化があります。
そして、冬には「雪見」がありますが、それ以外に「枯野見」があることをご存じですか?
「枯野見」とは、冬の暖かい日に、郊外の枯れた野原を見にいく行楽のことです。今では枯野見を好んで行う人はあまり見かけませんが、昔の人は枯野見を楽しんだようです。
冬枯れの野原には、鮮やかな彩りや華やかさはありません。
それなのに、そんな枯れた景色をわざわざ見に出かけるのは何故なのでしょう。
枯野には華美なものはないけれど、その「ない」景色の中に、静かな美しさや豊かさを見出そうとする、繊細な感性の働きを感じます。
枯野見については、例えば鎌倉時代初期の『松浦宮物語』には、
宮も御前の枯野ご覧ずとて、端近うおはしますほどなりけり。
(訳:皇后宮も御前の枯野をご覧になるというので、御殿の外部近くに出ていらっしゃる時であった。)
このような記述がありますし、同じく鎌倉時代の『平家物語』にも、以下のような描写があります。
枯野のけしき、誠に面白かりければ、若き侍ども三十騎ばかり召し具して、蓮台野や紫野、右近馬場にうち出でて
(訳:枯野の景色がまことに趣深かったので、若侍どもを三十騎ほど連れて、蓮台野や紫野、右近馬場に出かけ…)
これらの古典から、皇后や武士も枯野見を楽しんでいたことが分かります。身分に関係なく、枯野というのは我々の心を捉えるものだったようです。
また、江戸時代には、江戸の向島(墨田区の地域)の長命寺から白髭神社あたりの風景が、枯野見の名所となっていたそうです。ただし、向島の近くに吉原(遊郭)があったため、吉原に行く口実に枯野見を使うこともあったとか。
現代では、枯野見という楽しみは廃れてしまいました。
でも、自分の人生を思い返してみると、枯野の景色は、案外私の記憶に焼き付いていることに気づきます。
子どもの頃、実家の前には空き地が広がっていました。
私が生まれ育った群馬は、山間部は雪が降りますが、私の地元は北風が強いばかりで、雪はあまり降らない地域でした。
だから、子どもの私にとっての冬の景色は、雪ではなく枯野だったのです。
その空き地には今ではマンションが建ってしまいましたが、子ども時代の私は、家の前に広がる枯野を見て育ちました。
ススキなどの枯れた草が織りなす景色。
その様子は、夏の青々とした原っぱよりも、なぜか深く記憶に残っています。
そういえば、日本の原風景には、この枯れた色合いが多いように思います。
枯野だけでなく、稲刈りを終えた田んぼや茅葺き屋根の色も、枯野色です。
枯野色は、私たち日本人にとって、心の故郷を形作る色になっているのではないでしょうか。
「無い」を味わう日本人

見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦のとまやの 秋の夕暮れ
平安時代末期~鎌倉時代初期の歌人、藤原定家が詠んだこの和歌は、美しい桜も紅葉もない、海辺にポツンと建つ粗末な小屋があるだけの、静かな秋の夕暮れを描いています。
華やかなものは何もない、粗末な小屋があるだけの風景。
それなのに、この和歌を読むと、言い知れない余韻が残ります。
この和歌が長く愛されてきたのは、我々日本人が、「無い」ということの中に、豊かさや美しさを感じる感性を持っていたからではないでしょうか。
藤原定家が詠んだこの和歌は、日本の美意識、特に侘び・寂びを語る際に引用されることがあります。
侘びは、飾り気のないものや質素なものに対して、しみじみとした趣を感じることです。「足りないことの中にこそ、心の満ち足りた状態がある」という価値観を含んでおり、このことは「知足の美徳」とも表現されます。
知足とは、「足るを知る」ということで、自分の分をわきまえ、現状に満足し、多くを求めないことを意味します。こういった心持ちが、侘びの根底にあります。
一方、寂びは古びたものや色あせたものの中に、時間を経たものだけが持つ味わいや深みを見出す感性です。
枯れた木、ひびの入った器など、古びたものの中に現れてくる、かすかで奥深いものこそ、寂びが感じさせてくれる世界です。
この侘びと寂びは、どちらも目に見える派手さや華やかさとは対極にありますが、侘び・寂びは、心の豊かさの在り方の一つです。
定家の和歌のように、花も紅葉もない情景を味わう態度は、まさに侘び・寂びの感性そのものですし、枯れた野原を見つめる心も、やはり侘び・寂びにつながっていくように感じます。
枯野見であなたの日々に豊かな瞬間を

昔の人たちは、枯野を見ながら、どんなことを感じていたのでしょう。
もしかしたら、枯野を見つめながら、自分の内面と対話をしていたのかもしれません。枯れた風景の中に、時間の流れや移ろうことの美しさ、さらに生と死の循環のようなものを感じ取っていたのかもしれません。
きっと枯野見は、各人にとって、自分の人生の豊かさと向き合う時間になっていたことと思います。
我々エラマプロジェクトは、主にフィンランドの文化・習慣から豊かで幸せな生き方の探究を行っていますが、枯野見の習慣は、日本らしい豊かさを教えてくれるような気がします。
現代の私たちの暮らしには、かつてのような広々とした枯野が多くは残ってはいない地域も多いかもしれません。
けれど、路地や公園、川べりなどに目を向けてみれば、枯野の片鱗は見つかるはずです。そこではスマホをしまい、ただ自然の音に耳を澄ませ、小さな枯野を眺めてみる。
そんな時間を持ってみてはいかがでしょうか?
枯野見にはきっと、あなたにとっての「豊かさ」のヒントが隠れているはずです。
Text by 橘茉里(和えらま共同代表/和の文化を五感で楽しむ講座主宰/国語教師/香司)
こんにちは!エラマライターのひらみんです。
最近よく聞く、「レジリエンス(resilience)」。まず思い浮かべるのは、「逆境に打ち勝つ強さ」や「困難な出来事から立ち直る力」ではないでしょうか。ネガティブなことから、回復する力として認識されているように思います。
さらに最近の日本のビジネス分野では、「ストレスやプレッシャーに直面しても負けない力」として、「レジリエンスを鍛える・高める」みたいなことも言われていると思います。
でも、本当にレジリエンスって「元に戻る力」のことなんでしょうか? 最近の心理学では、ちょっと違う方向性で捉えなおされているんです。
レジリエンスとは「元の状態に戻る力」だけではない

レジリエンスを調べていたら、「心理的柔軟性」という新しい言葉が出てきました。
心理的柔軟性は、変化する状況や困難に直面した際にも、自分の価値観に沿って柔軟に行動を変化させられる力を指します。
さらに、心理的柔軟性の第一人者、スティーブンヘイズ教授による定義をわかりやすく伝えると、「今の状態に注意を向けて、心をオープンにして考えて、自分にとって大切なこと・価値あることを実行する力」です。
ヘイズ教授が提唱するACT(アクセプタンス・コミットメント・セラピー)にもつながっており、ACTは以下の2つのプロセスを軸とした心理療法です。
アクセプタンス=自分には変えられないこと(状況や感情)を受け入れる
コミットメント=自分がコントロールできることを自分で決めて実践する
感情を変えるのではなくて、理解することを学びます。ACTには6つのプロセスがあるのですが、それを説明すると長くなってしまうので、いったんここまでとしますが、「受容(アクセプタンス)」から「自分で決めた行動(コミットメント)」までがワンセットになっています。
レジリエンスを考えなおすにあたって、とても大きなきっかけになった気がしました。
想定外のロストバゲージ

この夏、ベトナムのフーコック島に行ってきました。帰りは、国内線でハノイまで飛んで、そこから国際線に乗り換える予定でした。フーコックの空港で航空券を発券した時に「ハノイで荷物を受け取ってね」と言われたので、当然そう思っていたのですが、いくら待っても荷物が出てきません。
一人で移動していたこともあり、初めてのロストバゲージ疑惑に戸惑いしかありません。職員に尋ねると「国際線ターミナルに行って」と言われ、20分ほど並んでカウンターにたどり着くと、カウンターの職員から「荷物はそのまま日本まで行く」との説明。ようやく胸をなでおろしました。(言われたことと違うやんか……)
私がパニックにならずに済んだのは、同じ状況の人が他にもいたこともありました。
そして「最悪ロストバゲージしても、そのうち出てくるだろう」と思っていたんです。これまで自分が荷物の紛失にあったことはないけれど、経験者から2〜3日かかっても手元に戻ってくる話を聞いていたので、「日本に帰れば自宅に服や化粧品はあるし、帰国さえできれば、あとはなんとかなるだろう」と、なぜだか楽観的に考えることができました。
お気に入りのスカートやお土産への未練もあったので、完全に冷静だったとは全然言えないですが、不安を大きくしすぎず、今の状況を理解して受け止めていたんじゃないかと思います。
想定外のことに柔軟に対応する

この経験をヘイズ教授のACT(アクセプタンス・コミットメント・セラピー)流に考えると、アクセプタンスに当たる「荷物が出てこない今の状況に集中して判断して、受け入れ」て、コミットメントに当たる「今できることにフォーカスして、自分が重要だと考える次の行動に移る」が実践できていたんじゃないかなと思います。
つまり、私は周りにも荷物が出てきていない人がいることに気づいていたし、どうするべきか職員に尋ねて答えをもらい、言われた通りに粛々と行動を取ることができていたということなんです。
不安をゼロにしようとしたり、状況を変えようとしたりするのではなくて、不安を抱えたままでもいいから、柔軟に対応することがレジリエンスなのではないか?と思い始めました。
そう考えると、これって「回復する力」とか「立ち直る力」とは違うような気がするんです。目の前に大きな石があったとき、それを登って向こう側に行くんじゃなくて、横を回って行くイメージです。
思い通りにいかないことや想定外の出来事があっても、前進するために何ができるか考えて、実践する。
レジリエンスとは、「不安を抱えたままでも一歩前に進む力」なのかもしれません。
あなたにもできる小さなレジリエンス

旅行で荷物の紛失にあう、なんてことは普段の生活ではあまり起きないかもしれませんが、人生の中では、予定通りにいかないことや困難なことが起きますよね。
その度に、状況に怒ったり、その状況を乗り越えよう・克服しようとするのは疲れてしまうと思います。
でも、今の状況と自分の感情を受け入れて、自分が何をしたいのか考えて実践することはできそうな気がするんです。
例えば、バスや電車が遅れていたら、その間に友達に連絡するとか、予定がキャンセルになったら自分のために時間を使うとか。
そういう小さいことを積み重ねていくことで、想定外なことが起きることを恐れるのではなくて、そこから何が生まれるか、楽しめるような気がしてきませんか。
みなさんは、予定通りにいかないとき、なにがしたいですか?
もし「レジリエンス」に興味がわいた方は、スティーブンヘイズ教授のTEDxTalkもぜひ見てみてください。
心理的柔軟性: 愛がどうやって痛みを目的に変えるか | スティーブン ヘイズ | TEDxUniversityofNevada
Text by ひらみん(ふつうの会社員)
こんにちは。エラマプロジェクト代表、フィンランド生涯教育研究家の石原侑美です。
先日、知人の話をきっかけに自分の変化について気づく瞬間がありました。今回はその気づきから考えたことをお話していきます。
わたしの“悪癖”が改善されたきっかけ
「ライフワーク」や「ライスワーク」という言葉がありますが、みなさんはそれぞれどのくらいの割合で日々生活されていますか?
「ライフワーク」は人生の目的や情熱を感じられる仕事や活動、「ライスワーク」は生活費を稼ぐためにおこなう仕事と定義されているかと思います。
わたしは就職をせず起業し、数年後にエラマプロジェクトを立ち上げました。現在も続けている、わたしにとってのライフワークです。
でもエラマプロジェクトがスタートするまでは、実は何をするにしてもしんどさがありました。10分くらい遅刻してしまうとか、断ることができないとか、約束の時間を変更してもらいたいとか思うことがよくありました。
ただ、エラマプロジェクトを運営していくうちにそういった自分の“悪癖”だと思っていたものがなくなっていたと、知人の話を聞いたとき気づきました。
なぜそうできたのか?
振り返ってみると、まずエラマプロジェクトで伝えている「余白を作ること」や休み方について、自分自身も実践できているということがあります。
そして、エラマプロジェクトを広めたい気持ちからくるモチベーションと、背負う責任の大きさもかなり大事な点だったのかもしれません。
もちろんその前から起業はしていましたが、やっていたことは自分がオーナーのビジネスではなく、クライアントをサポートする形の仕事でした。なので今考えると本当の意味で責任を持てている状態ではなかった気がします。
請負の仕事が合う方もいらっしゃると思うんですが、わたしは自分が思っている以上に合わないことが多かったんです。
エラマプロジェクトを立ち上げてからは、発信やその他諸々を自分ですべて責任を持つのが自分に合っていると感じるようになりました。それによって他人との約束をちゃんと守れるようになったり、遅刻するとかがなくなっていったんです。
例えば、遅刻は不可抗力のときがもちろんあると思います。でも、10分くらいのちょっとした遅刻を繰り返してしまう原因は、自分の「やる気のなさ」みたいなものが少なからず影響しているような気がします。
自分に合った働き方ができていると、自分の悪癖とされるものが改善されやすいのではないかと思ったんです。
「自分のペース」を意識する

最近フィンランドで、「自由と責任」の話をよくします。わたし自身もかなり強く意識しているところです。
自由度ももちろんそうですし、それに伴う責任の量や幅といったものが多ければ多いほど、わたしはちょうどいいんだなって思います。
働き方を考えるひとつの物差しとして、責任の大きさについて自分はどのくらいがちょうどいいのかを考えてみるのもいいかもしれません。
全部の責任が自分にあるほうがわたしは気が楽なようです。
働き方で言えば、わたしは「雇われて働く」ことに本当に向いてないと今になってよく思っています。そのひとつが、仕事をするペースを一定にしなければいけないという点です。
わたしの場合はすべての予定が自由なので、お昼ご飯を食べたあと30分ぐらいいつも昼寝をしています。
また、会社での仕事であれば、例えば17時半までに作業を終えなければいけないという「就業時間」がありますよね。でもわたしは夕方はまったく仕事をしません。20時からオンライン講座を開催することが多いので、19時以降の時間帯に頭がよく働きます。そのため、講座前の時間を使って経理作業などをして、だんだん仕事脳に切り替えていき、20時からの仕事に勢いをつけるように調整しているんです。
人間誰しもそんな「自分のペース」があると思います。だから、決められた枠の中でやるのが楽という方もいると思います。
でもわたしの場合は自分のペースを守れないと能力が出ない、パフォーマンスできないといった感じですね。
もうひとつ、ビジネスの大きさも大事かもしれません。起業して数年はがんばってビジネスを大きくしようといった野心に燃えた時代がありましたが、今は自分の目が届く範囲の小ささがいいという結論になっています。
ただ、ときどき自分が思っているよりビジネスの規模が大きくなりそうな場合も出てきます。どうするかの判断をするために、やはりその都度自分の理想の働き方や生き方に向き合うことになります。
そして人に会う量の調節がとても大事なのも分かりました。それもペースのひとつですよね。
フィンランド滞在中のある週に、プンカハリュという自然豊かな湖水地方で過ごしたのですが、そこでは普段飛騨高山で暮らしているのと変わらない生活スタイルでした。
仕事内容はオンラインミーティングや作業が多かったのですが、同時にプンカハリュの方々にお願いされて、打ち合わせなどにちょこちょこ行っていたんです。これが、最初の予定と比べると結果的にハードなスケジュールになり、一週間であまりにもいろんな人に会いすぎてちょっとしんどくなってしまったのが正直なところだったんです。
せっかくフィンランドの湖水地方という良い環境で過ごせているのだから、人に会う量も仕事の中で調節し、人と会わない時間を作る。そうやってペースを守って過ごすことの大切さも実感したんです。
満たされる瞬間が多くなると執着から解放される

今回、プンカハリュのある方から、その方が経営する宿のテストカスタマーサービスをお願いされ、友人夫婦とわたしと夫とで参加してきました。
体験の中には、レストランや島でセカンドハウスを持って暮らしているおじいさんの家を訪ねるという日もありました。その日の一人ひとりの感想をガイドをしてくれた宿のオーナーさんに伝えたところ、「僕も今日はすごく働いているっていう感じじゃなかったよ!」とおっしゃっていたんです。一緒に楽しんでいるような感覚で、もちろん仕事なんだけれど仕事と感じないくらいすごく心から楽しいって思える時間だったと話されていました。
今後の宿の運営に関わるテスト体験なので、当然価格などのビジネスの話もあった中で、仕事を超えた楽しい時間、自分が満たされる時間が生まれたというのはそれがこの方にとってのライフワークと呼ばれるものになったのかもしれません。
自分にとって心地いいものが分かると、その先にライフワークになるものとの出合いがあるのではと感じました。
こんなふうに、ある程度満たされた瞬間が多くなってくると、「これをしなければいけない」という執着がどんどんなくなってくるような気がします。
人にも執着しなくなり、お金にも執着しすぎなくなり、「わたしはこうでなければ」みたいな執着もなくなってくるんです。
わたしの一番わかりやすい例は、きちんと料理することへの執着がなくなったこと。
研究のためにここ数年はフィンランドに毎年滞在していますが、最初の2年くらいはちゃんと料理をしていたんです。ただ、今はもう夫と二人のときは冷凍のカレリアパイを買ってレンジで温めてバターを塗って食べる、くらいになりました。そんな日もあっていいんだと、手を抜けるところは抜けるようになったんです。
フィンランドにいるときだけでなく、夫の両親と4人で暮らしている飛騨高山の家でも食事を作ることがあるのですが、だいぶ手を抜けるようになりました。相手をきちんと信じられているからこそだと思うのですが、それでもみんな喜んでくれます。時間をかけてちょっとずつ、ここまで辿り着きました。
毎日のことへの執着が抜けてくると、余白が出てきてプライベートも仕事に関することも心の負担が少なくなるという好循環が生まれます。
そういった余裕が、遅刻や約束のキャンセルをしないという良い状態を維持できるポイントにもなる気がしています。
自分にとってのベストバランスは?
完璧なライフワークとライスワークは簡単には手に入らないかもしれません。でも、そのヒントは自分にとっての最適なバランスを見つけることだと思うんです。
わたしがフィンランド研究家を続けられている理由は、「フィンランドが好き!」という憧れが全然なかったからだと思っています。フィンランドでも嫌な現実を見ることはありますし、先日もフィンランド人同士何してんの!?という場面を見ました。
好きなものを貫くにもやはり何かしら大変なことはあります。それも含めて、わたしは現在の仕事を続けています。
ライフワークの割合が理想的だと悪癖も出にくく、良い状態で仕事をすることができます。だからそれを維持できるように日々努めています。
バランスの良い働き方ができたり、自分の心地いい環境で過ごせたりすると、生き方はスムーズになると実感しています。
もしみなさんが良くないと感じている習慣があるとしたら、それはライフワークとライスワークのバランスに原因があるかもしれません。
あなたにとっての最適なバランスはどんなものでしょう?
ぜひ考えてみてください。
By 石原侑美(エラマプロジェクト代表)
Interview & Text by nakagawa momo(フリーライター)
こんにちは、エラマライターのひらふくです。
毎年暑さがパワーアップしてなかなか外に出られない日々ですね。
出不精の私ですが、最近は「フィンランド×働き方」をテーマにセミナーを開く活動をしています。今の働き方を変えようとする方々と出会い、いつも気づきをいただいています。
そんな中、参加者さんは違っても、毎回必ず出てくるフレーズがありました。
「仕事をがんばるほど私ばっかり仕事が増えるんです。もう疲れてしまいました」
私はみなさんのこの言葉が気になってしかたありません。言い方は怒っていたり自嘲したりとさまざまですが、その奥には悲しみや諦めさえ感じるのです。
こんなに辛いお顔をしてほしくない。どうしてこんなことになっているのでしょうか。
仕事をがんばる私たちは、何が辛くてどうしたら変えられるのか?フィンランドの働き方をヒントに考えてみることにしました。
「私ばっかり」と「人に迷惑をかけない」の罠
社会人生活が長くなると頼られることも増えますよね。誰かの役に立てたり、感謝されることが仕事のやりがいという方もいると思います。
私自身、初めて部下ができた時は気合が入りました。まだ社会人3年目の部下で、私が教えるべきことは多く、上司からも責任や裁量を任された時期でした。周りから感謝され、それに対して「私こそありがとうございます!」と返せていました。
それがいつから「私ばっかり」に変わってしまったのでしょう。
仕事が終わらない時は一人で終電まで残業をして、自分の仕事が早く終わっても他の人のフォローを依頼されてまた終電。がんばって早く仕事を終える人ほど損をするような気分になりました。
でも、大変さを察してくれない周りを責めながらも、依頼を断ったり助けを求められない自分が悪いんだ、という自責もあって。二つの気持ちがいつもせめぎ合っていました。
なぜ断れないのか、助けてと言えないのか。
ふと「人に迷惑をかけない」という言葉が浮かびました。相手の迷惑だろうと思うと、助けを求める手を伸ばせなくなってしまうのです。
ですが、今回あらためて「迷惑」という言葉を調べてみると、その意味は私のイメージと違っていました。
迷惑はもともと仏教用語で、平安時代には「心が惑って迷う」という意味で自分の内面にむけて使う言葉だったそう。
それが時代を経て、1900年代になると公共の場で公衆マナーを乱さないための表現になりました。社会が大きく変わる中で、国が人々の行動を統制しようとして「人をわずらわせない」という文脈で「迷惑」を引用したとのこと。
※参照元
東大新聞オンライン「身近な言葉の歴史を考える 「迷惑」と「文化」に潜む政治性」
「人に迷惑をかけない」と我慢していたのに、ほんの100年前に生まれたばかりの言葉だったのです。
私はこの考え方を美徳として信じ続けていいのでしょうか?
フィンランドの働き方「Trust」とは
私はフィンランド人のライフスタイル研究家、モニカ・ルーッコネンさんと講座を開発しています。日本語の著作も多く日本人の働き方に理解のあるモニカさん。お互いの国を対比して新たな気づきを見つけています。
そんな中、フィンランドの働き方でよく出てくるキーワードが「Trust(信頼)」です。
Trustの内容は例えば以下の通りです。
・お互いに仕事の責任範囲をはっきりさせている
・お互いに仕事の納期を守り責任を全うしてくれると信頼している
・お互いに立場に関係なく信頼している(同僚同士、上司と部下など)
そして、特に私が印象的だったのは次のような信頼の形でした。
「本人がちゃんとSOSを言ってくれると信頼している。言ってくれたら全力で助けますが、それまではそっと見守っています」
周りに迷惑をかけたくないと黙るのではなく、困ったら自ら助けを求めるということ。
日本では弱さや恥だと思われがちですが、フィンランドではまず仕事の責任を果たすことが重要です。そのために助けを求めることは、個人の責任でありむしろ自律している証拠だとされるのです。
もちろん無条件で信頼するわけではなく、期限を守れなかったら信頼を失うこともあります。「信頼しない」とNOを突きつける選択肢もちゃんと持っている。だからこそ、信頼する/されることのありがたみもわかるのかもしれません。
一方で、日本の職場では「信頼」という言葉はあまり聞かない気がします。
私の周りでは、上司が「信頼してるよ!」と声をかけることは珍しく、まして部下から上司に「信頼してます」と言う場面は見たことがありません。
内心思っていても口に出さないだけかもしれませんね。ですが、その無言からは信頼というよりも、「がんばって当たり前」というプレッシャーを感じる時があります。
助け合うのは当たり前。
仕事が早く終われば周りを手伝うのは当たり前。
だから増えた仕事をがんばっても何も報われなくて当たり前。
これは果たして「信頼」なのでしょうか。
職場の苦しさは心のボーダーラインにある
周りをフォローするほどに仕事が増えて、でも迷惑をかけたくなくて「私ばっかり」と消耗していく。
私はそんな必死ながんばりが報われてほしくてたまりません。
かといって、いきなりフィンランドのTrustな人間関係を築くことは難しいとも思います。フィンランドでも、幼少期から互いの違いを認めたり個人が自律する方法を学んでいるからこそ成り立つ関係性だからです。
じゃあ日本の職場で働く私たちはどこからはじめたらいいのでしょう?
その答えは、人と傷つけあった私の出来事にありました。
最近、身近な人と深刻な衝突をしました。どうでもいい相手なら流せるけれど、その人が大事だからこそ流せなくて傷ついてしまうようなことでした。家族や友達、それ以外の大切な人。みなさんにもそういう相手がいるかもしれませんね。
そんな時、ある人に「自分と他人の間に心のボーダーラインを引く」という話を教えてもらったのです。
心のボーダーラインを引くとは、自分と相手は違うという認識をもって、お互いの責任範囲をちゃんと決めて、踏みこんでほしくないことにはNOと言うことです。一見すると分断に見えますが、共依存や自己犠牲をふせいでお互いに心地いい関係性を作るためのラインです。
そのボーダーラインの在り方はフィンランドのTrustに似ていて、「NOと言っても関係性は揺らがない」とお互いを信頼しているように思えました。
ふりかえると、衝突した相手と私の間には、上手くボーダーラインが引けていなかったように思います。
最初はお互いの真ん中でラインを引いていたのに、「嫌われたくないから我慢しよう」「周囲に迷惑だから」と、私がだんだんラインを後退させて自分を追い詰めていたのです。
これは職場での「私ばっかり」と同じでした。
「助け合うのは当たり前」という考え方は美徳だと私は思います。ただ、今の職場ではそれがいきすぎて、お互いのボーダーラインがあいまいになり、あなたの心が追い詰められてはいないでしょうか。
苦しさから抜け出すための3つの階段
「私ばっかり」と思いながら過ごしたくはないのです。誰かを責めるのはしんどいし、愚痴をこぼしても終わりはありません。でも、不機嫌な上司をいやだなと思う一方で、自分も眉間にシワをよせていたりします。
本当は、職場でも心穏やかに朗らかに、周りとほどよい距離感で心地よくいたいです。
だから「私ばっかり」を抜け出す方法を必死に考えました。その3つのステップをご紹介します。
1段目は「自分のボーダーラインを知ること」。
今の心はラインを踏み越えられることに慣れて麻痺してしまっています。嫌なことがあっても諦めたり、怒りつつも結局引き受けていませんか?
このモヤモヤした気持ちを受け流してはいけません。私の場合は、その場では引き受けたとしても、違和感を感じたこととその時の気持ちを手元の付箋やノートに走り書きしています。
そして、落ち着ける空間やカフェであらためて眺めて、内容のその奥を問いかけてみます。私はこういう事柄にモヤモヤするんだ、本当はどうしてほしかったんだろう、何を尊重してほしかったんだろうと。モヤモヤは大事なアラートで、あなたが大事にしたいことを見つけるきっかけをくれます。
あなたのボーダーラインを知ることは、あなたが何を大事にしたいかを知ること。
心のボーダーラインは相手を拒絶するためではありません。ラインの内側の、あなたの大事なものを守るために引くのです。
自分なりのボーダーラインを見つけたら2段目の階段をのぼりましょう。次は「ボーダーラインを伝える勇気をもつこと」です。
仕事を適切に断ることは社会人の責任ですし生産性向上にも繋がります。
ただ、頭で分かっていても現実は難しくないでしょうか?評価のために上司の意見に同意したり、パワハラと言われたくなくて部下に強く言えなかったり、陰口がこわくて聞きたくない噂話に付き合ったり。
私は、企業で人事をしていた時にさまざまな立場の方と関わり、人々が矛盾を抱えながら口をつぐまざるを得ない様子にやるせなくなりました。
でも、それでも今を変えたいならNOを伝える勇気がいります。
私が働き方セミナーを開いた時のこと、「断った方がいいですよね。でも言えないんです…」という参加者さんがおられました。力強くプッシュすることは簡単ですが、言えない気持ちもわかります。
するとその方は、グループワーク中に同じ状況にいる参加者さんと出会い、堰を切ったように話しはじめられました。お互いに共感しつつも愚痴大会になるわけでもありません。
セミナーの最後に、「断るのは私のわがままだと思ってました。でも他の人も同じだと知って、言っていいのかなと勇気をもらいました」と残していかれました。
ボーダーラインを伝える勇気をひとりで出せる人もいれば、誰かからもらう人もいます。がんばっている人同士の出会いはあなたに勇気をくれるはず。
まずは、気になるコミュニティがあればちょっと参加してみませんか?
伝える勇気が出てきたら最後の3段目。「ボーダーラインの伝え方を考える」です。
嫌がられたらどうしよう…と悩むのに使っていたエネルギーを、今度は伝え方を考える方にふりわけてみましょう。
例えば仕事の断り方もいろいろです。できない理由を伝えたり、所要時間を算出して間に合わないと伝えたり、妥協案として次回手伝うことを約束する人もいます。
口頭でなく、みんなに見えるカレンダーの中で作業時間をブロックしておくとか、業務ひとつひとつを付箋に書いてデスク周りに貼って、業務量の多さを周りに見せている人もいました。人によって合う方法は違うため、いろいろ試してみてください。
ちなみに、私がやってみたおすすめは、「ご協力したいんですが…」と最初に一言つけ加えること。これは「あなたのことも尊重しているよ」という相手へのメッセージです。
私にボーダーラインがあるように、仕事を頼んできた相手にも心のボーダーラインがあります。依頼の裏にはせっぱつまった事情があるのかもしれず、むげに断ることで、逆に私が相手のボーダーを踏みこえて傷つけるかもしれません。
あなたのボーダーラインのありかはわからないけれど尊重する気持ちはあるよ。そう伝えるための一言です。
結局は断るので相手には一時的に不快そうな反応をされます。でも、自分のボーダーを越える依頼は断りつつも、そうでないものは引き受けることを繰り返すうちに、相手も慣れて「これは頼んでも大丈夫そう」と判別してくれます。
こうしてお互いのボーダーラインを大事にできる関係になっていけるのです。
日本人の私たちが笑っていられる働き方へ
日本には助け合いや調和が根づいています。今はそれがいきすぎて、お互いのボーダーラインに踏みこんで苦しくなっているかもしれません。
でも、困っていたら助けようと自然に思えることは、きっと私たち日本人が考える以上に貴重なこと。その良さを活かしながら、フィンランドの働き方やTrust、心のボーダーラインをヒントに、新しい働き方を探すタイミングがきているのです。
モヤモヤをふりかえり大事なものを探すこと。
ボーダーラインを伝える勇気を分け合うこと。
相手も尊重できる伝え方を試してみること。
少しずつはじめてみませんか。
あなたには人や自分を責める姿はきっと似合いません。人一倍がんばるあなたが報われますように。日々を穏やかに笑っていられますように。
ただただ、ここから願っています。
text by ひらふく(フィンランド的働きかた実践家)
こんにちは!いけかよです。
去る2025年7月18〜21日の4日間、飛騨高山で「対話的な場の作り方合宿」が行われました。
エラマプロジェクトでは初の試みとなる「対話」をテーマにしたプログラムです。
エラマプロジェクトにおいて「対話」というのは切っても切り離せない、とても重要なツールなのですが、それを扱うのにはそれなりの覚悟と勇気が必要でした。
そして実際に行われた合宿は、その覚悟と勇気が試され、結実した場でもありました。
今回はその合宿のレポートとともに、わたしが改めて「対話」について感じたことをお伝えしてみたいと思います。
プロフェッショナルたちによるさまざまなアプローチ
今回の対話合宿のコンテンツはざっくりとこんなかんじでした。
●フィンランド式対話についての理論
●「哲学バー」についての話し
●積極的傾聴
●コミュニケーションにおいて気をつけたいポイント(さまざまな心理学的アプローチからのナレッジ)
●対話の実践
●「聴く」とはどういうことか
●自己対話
●植物に触れ、対話する
●コンセプチュアルなディナー
フィンランドは「オープンダイアローグ」発祥の地です。
オープンダイアローグという言葉もそれなりに知られてきた感もありますが、そもそも何なのかというと、精神科医療における対話療法の一種。つまり、医療や治療のために用いられていたんですね。しかし、患者と主治医だけではなく、家族、医療スタッフなどが集まって対話することで問題解決を図るというアプローチです。「閉じた会話」ではなく文字通り「開かれた対話」ということですね。
このような手法が生まれるフィンランドという国は、対話において「先進国」と言えるかもしれません。
そのオープンダイアローグ手法の理論をベースにした侑美さんからの講義と、インタビューライターや哲学バーでの場作り経験をもとにしたわたしのナレッジとが、今回のプログラムの柱になっています。
参加してくださったのは、医療関係の方や企業での総務担当の方など、バックグラウンドはさまざまな4名の方でした。
侑美さんが参加者ひとりひとりにまっさらのノートを提供。みなさんは自由にメモをとりながらすべてのワークを味わっていきます。
「対話とはなんぞや?」を、侑美さんとわたしそれぞれの、さまざまな観点からの捉え方をしっかりと共有させていただきました。
対話は人間とだけするものではない
エラマプロジェクトだからこそできた今回のプログラムのスペシャル企画は、お店を持たないシェフ、Earth to tableの河野美沙さんによるスペシャルな毎日の朝食&ディナーと、植物のスペシャリスト、アルプガーデンの内方智香子さんによるお話と植物アレンジ体験。
この2人のプロフェッショナルについてもお伝えさせてください。
まずは一人目、美沙さん。
もちろん、3泊4日の合宿で、食事が楽しみなのは当然!
ですが、この食事からも、さまざまな「対話」を味わっていただきたいという意図がありました。
食事って、ただカロリーを摂取するだけのものではありませんよね。目で見て、匂いにそそられて、そして味わう。これこそ対話そのものだと思いませんか?
それを、想いとストーリーをもって提供してくれる美沙さんのお料理は、やっぱりスペシャルなんです。
このお料理と美沙さんの語るそれぞれの食材の物語が、どれだけわたしたちをほぐし、癒やし、満たしてくれたかは想像に難くないでしょう?
作ってくれるお料理の素材すべてがエネルギーに満ちているのです。まさに、愛をもってつくってくださっているからこその味わいでした。
そしてもうひとりのプロフェッショナル、智香子さん。
最初にご自身のこれまでの道のりを、じっくり語ってくださいました。
わたしはインタビューという仕事を経験していることから、つねづね「人の心を動かすのは人の生きざま」だと思っています。それをあざやかに示してくれた瞬間でした。
ここまで、ご自身の言葉で飾らずにみずからの人生を語れる人はそういません。
智香子さんのお話は決してジェットコースターのような展開ではありません。それでも、人生に真摯に向き合って来た人だからこその「本気」が、わたしたちの心を揺さぶるのです。
そしてその後は智香子さんのレクチャーのもと、植物アレンジ体験です。
こんなふうに「対話」というテーマを通じて、さまざまな「プロの仕事」にも触れた日々だったのです。
それはわたしたちの五感と心を揺らし、それによってさらに対話が深まる…。
手前味噌ながら、完璧な場をご提供できたと自負しています。
対話の場は「あり方」がつくる
今回わたしが意識したのは「実践」でした。
「対話」とはその人の「あり方」であり「行動」です。それは、知識のインプットだけで身につくわけでは当然ありませんし、一朝一夕で習得できるものでもありません。
実際対話をする場において「失敗」はつきもの。勝手な誤解やちょっとした態度で傷ついたり傷つけたり、わたしたちはなかなかにやっかいで、気忙しい。
その「失敗」が、その後の関係性に大きな傷を残すこともあるでしょう。
また、相手としっかり通じ合えたと感じたとしても、相手の心の中を正確に理解することはできません。
そんな危険性をはらんでいるのも「対話」。
だからこそ、「対話」を実践してその難しさを体感し、失敗してもらいたい。そんな気持ちもありました。
この対話合宿という場は、失敗が許される場だからです。
そうやってわたしもたくさん失敗をしてきたからです。
そしてナウ今も失敗し、自己嫌悪になったり人を恨んだりの繰り返しです。
そんな自分が情けなくて嫌で泣けてくることもあります。
それでも、対話をやめることができない。
他者とも、そして何より自分とも。
わたしが、そしてもちろん侑美さんが今回意識したもうひとつの要素こそが「自分との対話」です。
これこそが、エラマプロジェクトが伝え続けていることの根幹にあるもの。
わたしたちは、自分としっかり対話をすることで世界に目を向けることができます。
自分が何を感じているか。
自分は何を求めているか。
自分は世界をどう見ているか。
これらをしっかりと捕まえることができたとき、自分の「あり方」が定まります。
その「あり方」が、対話の場をつくるんです。
なぜなら、自分との対話をすることで生まれてくるのが「自分の言葉」だからです。
対話は、言葉だけでなされるものではありません。会話のない対話も、対話のあり方です。
しかし、言葉は重要な道具のひとつであることは間違いありません。
あなたはだれかと話しをしていて「この人、自分の言葉で喋ってないな」とか「本音じゃないな」と感じたことはありませんか?
わたしはそういう違和感を覚える言葉を「借り物の言葉」と表現しますが、借り物の言葉だとどうしても対話にはつながりにくいように感じます。
もちろん、それがだめだというわけではありません。どんな言葉を選ぼうともそれは自由だし、自分の言葉を持てないときだってあるからです。
しかし、「あれはまさに対話だった」と感じられる瞬間は、借り物の言葉では生み出されない気がします。
双方の心のひだに触れ、生身の「その人味(み)」を感じられてこその対話であり、だからこそ「どう在るか」によって対話の場はつくられるんですね。
わたしたちは対話をせずにはいられない
結局対話とは何なのか?
今回の対話合宿を終えて感じたのは、根底からテーマを覆すようなこの大きな「?」でした。
なぜこうも「対話」することは難しいのか。
「対話」を扱うことは難しいのか。
わたしは、それは対話が「呼吸」と同じようなものだからなのではないか、と思うのです。
わたしたちは呼吸しなければ生きていけません。そういう機能の生き物ですね。
対話も、呼吸と同じレベルのものなのではないかと思うのです。
呼吸って、あたりまえすぎて、必須すぎて、「なぜわたしたちは呼吸するのか」なんて、問えないと思いませんか?
いけかよは、対話は呼吸と同レベルで、人間には生きていく上で必須のものだと思うのです。
ていうか、対話とは「あり方」だと先に言いました。
それはつまり、人間が存在しているだけで生まれてしまうのが対話だということを意味します。だとしたら人間が2人以上いるときに「話さない」「心を開かない」というのも、対話のあり方だと思うのです。
それがポジティブかネガティブかは関係ありません。
なぜなら、いけかよは対話とは「空気を共有すること」だと思うからです。
否が応でも、リアルでもオンラインだったとしても、お互いの持つ「空気」は触れ合ってしまいます。
そこで生まれる化学反応的なものは、意図して操れるものではありませんよね。
(それができる人が詐欺師とか教祖とかカリスマとか、そういう存在なのかも)
もちろん、前述したようにオープンダイアローグのような明確な意図のもと行われる場合には、ぞれぞれの合意の上で積極的かつ誠実な姿勢が求められるでしょう。
しかし、日常で繰り広げられているコミュニケーションのうち、何%がポジティブで意味のあるものか?
わたしたちは、まるで息をするように対話をしているのではないか。
そもそも、人間という生き物は、そういうものなのではないか。
呼吸だって、たまにしづらいときがあります。
何かに集中しているときは無意識に息が止まっていることもあります。
逆に、しっかり深い呼吸を意図してすることもできます。
これってまるで対話のようだと思いませんか?
たまにはとっつきにくい人がいる。
何かに集中したいときには外界をシャットアウトしたいこともある。
でも、しっかりリラックスして相手に心を開いて愛を持って接することもできる。
対話とは、わたしたちに標準装備であり、せずには生きられないからこそ、扱いが難しく、考えてもなかなか答えが出づらいものだと思ったのです。
「呼吸のプロ」なんてきいたことありません。
だからきっと「対話のプロ」なんていう人も、存在しないと思うのです。
なぜなら対話は人間が生きるために必要な「道具」「機能」のひとつだからです。
でも、しんどいときでも深い呼吸をして心を整えるというティップスがあるように、少しコツを知っていればよりよい対話を、他者とも、自分ともすることができるのではないか、と思うのです。
そのために、エラマプロジェクトではこのなかなかに捉えどころのない「対話」をこれからもしつこく追いかけていきたいと思っています。
それが、自分と、世界と、仲良くするための道具だと信じているからです。
このプログラムは、次の開催も予定しています。
気になる方はぜひ、エラマプロジェクトのホームページやFacebook、instagramをフォローしてお待ち下さいね。
では、また!
Text by いけかよ(よむエラマ編集長/エラマプロジェクトCPO)
こんにちは。エラマライターのmajakka(マヤッカ:灯台)です。
毎日とても暑い日が続いていますが、お元気ですか?この最近の気候は地球もがんばっているんだなぁと感じさせてくれると共に、私たちが生きる地球を大切にしていかなくてはと思わせられます。
そして、ここ数年ウェルビーイングについて考えるなかで「自分を大切にする」というメッセージをよく耳にし、自分も同僚とそんな話をする機会が増えました。
「自分を大切にする」って一見簡単そう!?と思うけど、わたしはなかなか難しいと感じています。
ふと、地球はどうやって自分を大切にしているんだろうと思いながら「自分を大切にする」ってどういった状態なのかをあなたと一緒に考えてみたいと思います。
あなたは「自分を大切に」していますか?
わたしはウェルビーイングとは心身共に健やかな、またはそれに向かっている状態だと理解しています。
あなたはウェルビーイングについて考えたことはありますか?
わたしは数年前からこれからの人生をより充実させられたらいいなと感じるようになったことがきっかけでこの言葉を知りました。
大切にすると良いとされることはたくさんありますが、今わたしのなかで難しいかも!と思うのが「自分を大切にする」ということです。
まず、「自分」について。
ウェルビーイングに触れるようになってから、心身共に健やかな状態や豊かな毎日を過ごすためには「自分」を理解することだと知りました。
あらためて振り返ってみると、自分は何が好きでワクワクするのか、何をしたいのか、長所、短所などなどあいまいなことがたくさんありました。
また、仕事も20年以上勤務するなかで、色々なことを学んでチャレンジして成長できた日々に充実していましたが、ここ数年は現状維持に甘んじているようで、これから自分は会社でどんなことをやっていきたいのかわからなくなっています。
最近は少し減ってきたものの、同僚との仕事の進め方や上司から褒めてもらえないことにイライラしたり、自分の想いが伝わらないことに落ち込んだりします。
昔は1日寝るとスッキリ前向きになれていたのですが、最近はうじうじ引きずってしまうことが多くなっています。
体調面では、わたしは今49歳ですが、歳を重ねるにつれて今までできていたことができなくなったりしています。
5年前にヘルニアを発症して以来腰痛に悩まされるように。
また、頭の回転についても、久々に会った人や芸能人の名前がすぐ出てこないなど、多少の衰えを感じるようになりました。
最近、テレビで「40代は第2の思春期を迎えることがある」という番組を観て、「今のわたしだー!」と思いました。
反抗している訳ではないけれど、なんだかモヤモヤしたり、プライベートでも周りのみんなの話を勝手にネガティブに捉えていたり、先の見えない人生に不安を抱いていたりしているのです。
あなたの最近の「自分」はどんな感じですか?
身近な存在が「自分を大切にする」を教えてくれた
こんな状態ですが、元気をくれるのはやっぱり「人」で、最近のわたしに一番元気をくれるのは妹です。
少し妹の話をさせてください。
妹はわたしより前から仕事での人間関係に悩んで、家にいても怒りっぽかったり、仕事の愚痴をよく話していました。彼女は真剣に今の仕事を辞めようと思っていたのですが、次になにをしたらいいかわからずモヤモヤしていました。
そんな時にわたしの元同僚で本メディアのライターでもあるライフコーチの和田直子さんを妹に紹介しました。そして妹は彼女のコーチングを約1年程受けたのです。
妹はコーチングを受け始めたころは、自分の考えや想いを言葉にすることができずとても悩んでいました。しかしコーチの温かい導きのおかげで、今の仕事での価値を見つけて働くことを自分で決めていきました。
仕事に対する目的ややりがいや楽しさを感じていることや仲間との関わり方がわかってきたので、妹は自然と愚痴も減りました。
妹自身が発する言葉も優しくなっています。人に話す言葉一言一言も自然に優しい言葉を受け取れています。
また、自己啓発本や小説など、本をよく読むようになりました。自分が欲していることを自然に取り入れている姿はまさに「自分を大切に」しているとはこういうことだ!と気づかせてくれました。
その過程を近くで見ていましたが、段々と普段の会話も前向きになり、愚痴を言うこともあるけれど表情がイキイキしています。
わたしも以前より建設的な会話ができて、妹からヒントをもらったり助けてもらえることが多くなりました。
妹も「自分」と向き合い自分のことを理解できたことで、同じ仕事でも楽しく成長できる方法を見つけられたんだと思います。
妹が自分について悩みながらも少しずつ変化していく姿を見ていて、「自分」のことってわかっていないことが多いのだと思いました。また、自信をもって自分の好きなことやこれからの夢を語ることができる人はまだまだ少ないのかなということも。
そして、それを見つけることはなかなかパワーが必要であることも実感しました。
でもそれを理解していければ「自分を大切に」できていく気がします。
わたしも「自分」を理解するのはとっても大変でした。「やりたいことの見つけ方」という本で自分について掘り下げて、自分の強みや好きなことをわかっていくのですが、なかなか時間がかかりました。一回だけでなく何回かやり直してみたりもしました。
繰り返すうちに、変わらないことやつながりがあると、それが「自分」なんだと理解でき、自信がつきました。
「自分」を理解することも「自分を大切にする」ことにつながっていそうですね。
あなたは「自分」のことをどのくらい知っていますか?
自分も周りも心地よくいられるための「アンテナ」
「自分」を理解して「自分を大切に」を意識してみると…「自分のことばかりでわがままなんじゃないか…」と思えてきませんか?
わたしは最近まで家族の幸せがわたしの幸せだと思っていました。
今日は疲れたー!と思っても、母が元気になればと会いに行ったり電話をしたりして、それで母が嬉しそうにしていたらわたしも嬉しいと。
しかし、それについて当たり前のようにふるまわれると、「疲れているのに頑張ったのに…」と、勝手にイライラしている自分がいました。
会社でも忙しい時にわたしがやっておけばみんなが働きやすいだろうと勤務後も残って作業をしていました。
今ではそのせいで腰痛になってしまったのでは?と悲しく思っています。このような感情も、当時はよかれと思ってしたことが結局今になって自分勝手な想いで自分を苦しめているように思います。
自分の行動を振り返ると、周りの人の幸せが自分にとっての幸せと思いながらも、「自分を大切に」できていなかったんだと気づきました。
じゃあ、自分を第一に!と周りの皆のことを考えずに行動すると、今度は逆に「相手を嫌な気持ちにしているんじゃない?」などと不安になったり悲しい気持ちになったり、「自分を大切に」できなくなります。
あなたはどうですか?
そこでたどり着いた今のわたしの想いは、「いつもより無理しそうな状態であることのアンテナを持つ!」です!
本当は帰りたいけどこのお仕事をやっておいたら仲間は助かるかな?と思った時に、「本当に必要?」と自分に問うのです。結果的に、相手に聞いてみたら意外とやらなくてもいいことだったりします。
毎日の母への電話も「今日はゆっくりご飯食べたいなぁ」と思ったらメッセージを送るだけにする。そして自分が元気なときにたくさん話す。
こんなふうに考えると、少しのコミュニケーションで周りの人と一緒に心地よく、お互いに「自分を大切にする」生き方ができるかもと思いました。
自分の心の声も優しくなります。
そんな輪が広がっていって社会もウェルビーイングになっていったら嬉しいですよね。
最後まで読んでいただきありがとうございます。あなたにとっても「自分を大切に」して今までより心地よい毎日を過ごしていただくヒントになっていたら嬉しいです!
Text by majakka(ウェルビーイング探究人)
こんにちは。Kangasこと、ライフコーチの和田直子です。先月私は、夫と16歳の娘と、そして愛犬も連れて、自宅のある名古屋から新潟は妙高高原まで一泊の小旅行へ行ってきました。車で片道4時間、休憩しながらだと5,6時間はかかる、まあまあ体力勝負の道中でした。
目的は、今年の春から妙高高原にある専門学校で自然環境やアウトドアスポーツを学ぶ18歳の息子に会いに行くこと。
すると思いがけず、息子の生き生きとした姿を目の当たりにすることができまして!
とっても嬉しかったのと同時に、私自身の母として人としてのあり方と葛藤を思い出し、いろいろな思いが込み上げてきたので、今日はそんなことを綴ってみたいと思います。
好きな学びに出会えた息子
一人暮らしを始めた息子とはテレビ電話で会話をすることもしばしばあったので、彼の暮らしぶりを垣間見ることは出来ていましたが、現地を訪問するのは今回が初めて。
専門学校や寮周辺の様子を楽しみにしつつ、息子をピックアップしてお昼をとった後は、すぐに予約していたコテージへ向かう予定だったのですが…
昼食後、息子が急に「湖、見に行く?」と言い出し、まだ暮らし始めて2ヶ月ちょっとというのに行き慣れた遊び場のように紹介してくれた湖のほとりや、パドルスポーツの授業が行われている場所へ足を運びました。
「へ~、良い環境で暮らしてるのね」と嬉しい気持ちになっていると、「次はあそこと、あそこに行ってみる?」とさらに提案をしてくれる息子。
次に訪れたのは、地元の美しい尾根をバックにしたこれまた美しい池、そして山の奥にあるダイナミックな滝。
それぞれの場所で、その土地の歴史や地理を説明しながら、どのようにその地形が出来上がったのか、またその池や滝がどのように地元の人々に慕われてきたかなど、詳細に話し出してくれたのです。
それはとても興味深い”観光ガイドツアー”で、専門学校の授業で学んだであろうことをしっかりアウトプットしてくれている様子でした。
「関心のある学びは、こんなにも人を惹きつけるスキルとなるのか」と思うのと同時に、我が子が、この進路を選択したことを本当に良かったと心から思えてきたのです。
「あぁ。あの時、私がこの子にかけた言葉は間違っていなかった…!」
息子が学校へ行かない選択をしたきっかけは私の言葉だった
話はちょうど4年前の夏に戻ります。中学3年生だった息子が、受験生として塾の夏期講習に通っていた頃、何となく情緒不安定になっていることに気づきました。
話を聞くと、一学期の終わり頃に中学校の先生と言い争いになったとのこと。その際に先生から言われた言葉を時々思い出しては、悲しみと怒りが湧いてくるようでした。
幼い頃から、どこか正義感の強すぎる一面を持っている息子は、相手が大人であろうと自分の納得のいかないことに関しては正面からぶつかり、一切引き下がろうとしないところがありました。保育園でも小学校でも学童でも、トラブルになることがしばしばあったのです。
息子の真っ直ぐすぎる一面が出すぎて、きっとその時も悪態をついてしまったんだろうとは思うものの、それにしても、本当に先生がそんな言葉を発したのだとしたら、息子が傷ついてしまうのも当然だと思いました。
夫にも相談し、夏休みのある日、学校で話し合いの場を設けていただきました。事実としては、私の想像通り、息子の態度に指導をする意味で発せられた言葉だということでした。ただ、その言葉の根拠は全く理解し難いものでした。息子の気持ちに寄り添った言葉がけも感じられず、とてもモヤモヤとした気持ちを残し学校を出たことを覚えています。
これは、私が感情的になりすぎなのだろうか…。
先生も息子がちゃんとした人間になるためにと思って、あえて厳しい言葉をかけたのかもしれない…。
でも、ちゃんとした人間って何?
社会や学校の型にはまらない息子の何がいけないのだろうか?
私は、型にはまろうとしない息子は『いい感じ』だと思う!
そして私は息子に言いました。
「学校に行きたくないなら、行かなくてもいいよ」と。
二学期が始まり数日間学校へ通った息子は「もう、学校という場所が嫌だ」と言い、「校則や試験の点数に縛られる普通の高校にも行きたくない」とハッキリ言いました。
高校受験のモードが高まる中学3年の二学期から息子は学校を欠席し、塾もやめ、“学校に行かない選択”をしたのです。
新しい息子の居場所は私にも「自分らしい母親」でいさせてくれた
中3の二学期から卒業まで、ほぼ学校にいかない選択をした息子は(「ほぼ」と言った理由は、文化祭や体育祭、修学旅行、卒業アルバムの撮影など、行事にはしっかり参加していたから)、基本的に自宅で過ごす時間が多かったものの交友関係は変わることなく、放課後友達が帰宅すると遊びに出かけることもありました。
当時会社員だった私は、仲間たちと週一回朝7時半から集まり、ゴミ拾いとジョギングを合わせたプロギングというフィットネスをやっていたので、その活動に息子を誘い一緒に参加するようにもなりました。
平日の朝7時半に毎週中学生の男の子が参加しているなんて、誰でも「学校行ってないのかな?」と察したと思いますが、そのコミュニティーにいる大人たちは誰一人「学校は?」なんて聞いてくることをせず、息子を一参加者として自然に受け入れてくれていました。きっと気にはなっていたと思うのですが。
そのおかげで息子にとっても、そこは自分の居場所となっていきました。
あまりに何も聞かれたりしないので、私の方がソワソワして「実は、息子は今学校に行ってなくて…」とこっそり言ってしまうことも。
でも、そう言った私に、「そうなんだ。でも、こっちに来てるほうがずっと勉強になるよ」と、あっさり返す仲間たち。
私の気持ちはふっと軽くなり、大人たちに混じって会話を楽しみながらプロギングをする息子の表情を安心して見ることができました。まるで、「自分らしい母親」でいることを認めてもらえた気持ちでした。
「うん、これで良かったのかもしれない。これで良かったはず。」
そう自分に声をかけながら、私は息子をプロギングに誘い続けたり、好きなことをどんどんやるように言い続けました。
また、息子はボーイスカウトに入っていたので(現在も続いています)、その活動も彼にとってはリーダーシップを発揮して活躍出来る場の一つで、自分自身を成長させてくれた経験として捉えているようです。
彼が、現在専門学校で自然環境やアウトドアスポーツを学んでいるのも、ボーイスカウトでの活動が大きく影響しているはずです。
自分軸を持つことの不安と葛藤
そうは言っても、不安が押し寄せることもしょっちゅうでした。
「学校に行きたくないなら、行かなくてもいいよ」
本当にそう言って良かったのだろうか?
私は逆に息子の人生の選択肢を狭めていないだろうか?
朝、制服を着て登校していく中学生たちの中に息子の姿はない…。
本当にこれで良かったのかな…。
もしも学校という場所が、子どもたちにとって安心安全と感じられなくなった時、行く選択も行かない選択も、どちらでも彼らの意思を尊重したい。それは、この問題が起きる前から私が感じていたこと。
だけど、現実に我が子が学校へ行かなくなり、大多数の中学3年生とは全く違う日常を送っていることへの不安がないわけがありませんでした。
日中多くの時間を自宅で一人で過ごしていること、受験勉強そのものを辞めたこと、授業に参加せず定期テストも受けない結果オール1になった通知表…。
全部息子の選択の結果とは言え、その選択に責任さえ感じることがありました。
親として「社会に出たらもっと大変なことがあるんだから、頑張って学校には行ったほうがいいよ」という気持ちもありました。
それでも、私のあり方として、学校に行かないと決めた息子を尊重し、それでも息子は絶対に大丈夫だと信じる強さを持っていたい。
心の中では相反する気持ちの間で揺れ動いているのに、表向きはいつも「学校に行かない選択」をした息子を応援していた私。今思えば常に、心細さや孤独、不安、焦りを抱えていた気がします。
自分軸で生きることや自分軸で子育てをすることは、しなやかで強い生き方、そして自分自身や子どもたちを信頼すること、そして子どもたちにも自分軸で生きることを教えていくことだと思っていたのに…。
胸の内には、社会の正解を意識し続ける自分も存在していることに気づいてしまうのです。それが自分軸で生きることがしんどくて、挫けそうに感じてしまう理由でした。
自分軸で生きることは、社会の正解と対峙しているのではなく、社会の正解に戻りそうな自分と対峙している、そんな状態になっているような気がしました。
自分軸を持つことが生み出す社会とのつながり
自分軸で生きることや自分軸で子育てをすることで、社会の正解に戻りそうになる自分と対峙すること以外にも感じるようになったことがあります。それは、社会の正解に「それだけが本当に正しいこと?」と問いを投げ続けるということ。
「行きたくないなら行かなくていいよ」
その言葉を本当に口にしてしまっていいのだろうか?声になるまで躊躇してしまった少しの時間、私は社会の正解に戻ろうとする自分と対峙していたのでしょう。
そしてついに声にして息子に伝えた瞬間、私は社会の正解に問いを投げかけたのだと思います。
「いわゆる普通の学校という場所に行きたくない」
そう言っていた息子は通信制高校を選び、自由な校風のもと友達にも恵まれ、また生徒主体で進めるあらゆるプロジェクトに参加することで持ち前のリーダーシップが発揮されていきました。中学生の頃まではトラブルの原因となっていた正義感は、プロジェクトの本質を貫く力としてポジティブに機能するようになりました。
そして今は大きな夢を抱いて、冒頭に紹介したとおり専門学校へ進学し、生き生きと好きなことを学び将来に繋げようとしています。
自分軸を持つということは、こうして社会とのつながりを育むものでもあると、息子の姿から感じたのです。
「あぁ。あの時、私がこの子にかけた言葉は間違っていなかった…!」
妙高高原の大自然を案内してくれる姿を見て、ようやく、心の底からそう思うことができるようになりました。
もしあの時「学校は頑張って行ったほうがいい」と言っていたら、あの美しい自然の中で生き生きとしている息子の表情を見ることは出来なかったのかもしれません。
自分軸で生きること、それは時にしんどくて、心細い。でも、そのしんどさや心細さを抱えながらも、自分軸で生きることそのものが、社会に問いを投げかけ、そして自分なりに社会との接点を創り出し、社会とのつながりを生み出していくのでしょう。
14歳だった息子が18歳になった今、私はあの時の自分に「その言葉をかけてあげて、正解だったよ」と言ってあげたい。大きな夢を抱く息子のこの先に、やはり不安を感じないわけではありません。でも、自分のやりたいことが明確になって夢中になって生きる彼の姿を、長く見ていたい気持ちの方が勝ります。彼のこれからの活動がきっかけとなり、人々にとって豊かな時間が生み出されることも楽しみでなりません。
もし今、自分の生き方や子育てのバランスが崩れそうになっているとしたら、自分を社会の正解に合わせようとし過ぎていないでしょうか?それに気づいたら、少し矢印を自分に向けて、自分の正解は?と聞いてみてください。
とても不安で心細くなる瞬間があるかもしれません。そうすると、未来のあなたが声をかけてくれるはずです。
「自分軸を、自分の正解を、大切にしてくれてありがとう」と。
Text by Kangas(和田直子/しなやかで強くやさしい社会を織りなすライフコーチ)
こんにちは。エラマプロジェクトの和文化担当、橘茉里です。
私の本業は高校教師ですが、生徒と向き合っていると、教師という仕事は「生徒を信じる」ことと深く結びついていると感じます。
そして最近、「自分を信じる」ことは、自分らしく豊かに生きるためにとても大切なことだと、改めて気づかされました。
今回は、私の経験から見えてきた「信じる」ことの力について綴ってみたいと思います。
あなたは最近、自分のことを信じられていますか?
生徒がどんどん成績優秀になっていく!?
私が勤めているのは私立高校で、授業内容をかなり自由に組み立てることができます。
そのため、私も教科書に頼らない教材開発を積極的に行っています。
独自のコンテンツで授業をつくるのは大変ですが、自分が本当に伝えたいと思うことを教えることができるし、生徒たちに合わせて柔軟な工夫ができるところも魅力です。
でもその代わり、定期試験も一人でゼロから作らねばならないので、それはなかなか骨が折れます。
先日も、ちょうど定期試験がありました。
ああでもない、こうでもないと頭をフル回転させて、なんとか作り上げた試験問題です。
しかしその試験、生徒の出来はとても良かったんです。
試験問題が簡単だったから?
いえ、そんなことはありません。
うちの学校は偏差値が高くて、学力が高い生徒が集まってきます。
授業内容をそのまま出題すると、みんなが高得点になってしまい実力を測れないので、問題をひねったり、思考力が必要な問いを用意したりと、簡単には正解に辿り着けないように工夫しているんです。
それでも多くの生徒が、解答欄をびっしりと埋め、私が想定している模範解答よりも素晴らしい解答を出してきたりするので、「どうしてみんな、こんなに出来るのだろう?」と不思議になります。
ちなみに、試験の出来が良かったのは今回だけではありません。
ここ数年ずっと、私の見立てを上回る結果が出ているのです。
だから私も、年々難易度を上げているつもりなのですが、それでも生徒たちは良い点数を取ってしまうんです。
うちの生徒、凄すぎじゃない!?
解答用紙からは、生徒が私の授業を深く理解して、さらに生徒自身で思考し、言語化している様子が伺えて、とても嬉しくなります。
それにしても、本当になんでこんなに出来ちゃうんだろう。
彼らの努力があってこそなのはもちろんですが、私が何か影響を与えていることはないでしょうか。
教員経験が長くなるにつれ、私の授業づくりや教え方のスキルが磨かれたから?
それもあるかもしれません。
でももうひとつ。気づいたことがあります。
それは、私が心から「生徒はできる」と信じて、期待しているということです。
「信じる力」に学術的な根拠はあるの?
「ピグマリオン効果」という心理学の用語をご存知でしょうか?
ピグマリオン効果とは、人間は他者から期待されると、学習や仕事のパフォーマンスが向上し、期待に沿った成果を出す傾向にあるという現象のことです。
アメリカの教育心理学者、ロバート・ローゼンタールによって提唱された考え方で、アメリカの小学校で行われた興味深い実験があります。
学期のはじめ、ローゼンタールらは小学生たちに「ハーバード式学力予測テスト」という名前のごく普通のテストを受けさせました。
このテストには何の特別な意味もありませんでしたが、そのクラスの教師には「テストの結果、これから学力が伸びる可能性があると分かった生徒はこの子たちです」と伝え、伸びるとされた生徒のリストを渡しました。
しかし、実際にはそのリストは無作為に選ばれたもの。
つまり、選ばれた子どもたちが本当に優秀だという根拠は何もありませんでした。
けれどもリストに名前が記された子どもたちの多くは、その後、本当に成績が伸びたのです。
この結果は、教師が「この子は伸びるはずだ」と無意識に期待することで、教師の行動が変化すること。そして、期待された生徒自身も、無意識のうちに教師の期待に応えようと頑張るようになることを示しているとされます。
私もまさに、自分の生徒たちにこのような「信じるまなざし」を注いでいるのでしょう。
私が「あなたたちならできる」と心から信じて接していると、生徒たちもそれに応えるように、ますます自分の力を発揮してくれている気がします。
それは相手を追い詰めるような「期待」ではなく、「今のままのあなたを信じるよ」という視点です。
私はこれからも、そんなまなざしで彼らを見つめていたいと思うのです。
あなたもぜひ、今まで以上に他者を信じることを取り入れてみてください。きっとより満たされた関係を築くことができるでしょう。
謙遜は自己否定につながることも
ピグマリオン効果が証明しているように、他者を信じることは大切です。
しかし私たちには、他者よりもまず、最も信じてあげなくてはいけない存在がいませんか?
そう、それは自分自身です。
次は「自分を信じる」ことについて考えてみましょう。
日本には謙遜を美徳とする文化があります。
人より出しゃばらず、控えめに振る舞うことを上品とするような価値観。和を重んじる社会においては、謙遜は確かに調和を生む重要な要素となるでしょう。
相手を立てたり、自分の力を誇示しないことによって、場を和ませ、心地よい空間を作れたりします。
でも、私にはこんな思い出があります。
大学院生の頃、指導教授が私を他人に紹介する際、「橘さんはまだまだで……」とおっしゃったことがありました。
今でもその時のことをしっかり覚えているということは、あれは私にとってずいぶんショックな出来事だったのでしょう。
教授が私を低く言ったのは、おそらく日本的な謙遜でした。自分のゼミの学生を褒める=自分の手腕を褒める、ということに繋がりますから、教授は自分のことを謙遜したかったのだと思います。
でも当時の私はモヤモヤして「そんな風に、おとしめて言わなくてもいいじゃない」と感じたのです。
誰だって、おとしめられるのは嫌なものです。
けれど、よくよく考えてみると、私自身も日常の中でこれと同じようなことをしていると気づきました。
誰かに褒めてもらった時、私は謙遜して、自分で自分のことを「いえいえ、私なんて全然まだまだです」と平気で口にしています。
教授から言われてショックだったことを、私は自分で自分に対して行っていたのです。
他でもない自分からそんなことを言われて、無意識の私はきっと傷ついていたはずです。
また、他人から「ありがとう」と言ってもらった時に、つい「いえいえ、とんでもないです」と謙遜して返答してしまう癖もありました。
これも一見すると丁寧な応対に見えますが、見方を変えると「私には『ありがとう』と言ってもらう価値はありません」と自分を否定してしまっているようなものです。
これはゆゆしき問題です。
そこで、今では「ありがとう」と言ってもらった時に、できるだけ「いえいえ」ではなく、「どういたしまして」と返すように心がけています。
咄嗟の会話では、いまだに「いえいえ」と言ってしまうこともありますが、少しずつ「ありがとう」をきちんと受け取れるようになりたいと思っています。
自分を信じて、自分を輝かせよう
謙遜は確かに美徳です。
日本で培われてきた謙遜という価値観は、とてもかけがえのないものだと思いますし、謙遜の精神は大切にした方がいいと感じます。
でも、その謙遜が「自分を下げること」になってしまったら……。
相手への気遣いとしての謙遜は美しいですが、自分を下げる謙遜は止めた方がいいでしょう。
今回紹介したピグマリオン効果を、自分自身に向けて使ってみませんか?
「私はできる」「私は素晴らしい」と、自分を信じ、期待してあげる。
それはあなたの毎日をもっと自由に、もっと豊かにする力となるはずです。
「あなたならできるよ」
私が生徒に伝えたい言葉を、私自身に、そしてあなた自身に贈ります。
Text by 橘茉里(和えらま共同代表/和の文化を五感で楽しむ講座主宰/国語教師/香司)
