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Elämäプロジェクト

こんにちは、momoです。

年賀状の時期は終わり立春も過ぎましたが、この前の年末年始、みなさんの年賀状事情はいかがでしたでしょうか。

わたしは今回年賀状に関して決断したことがあり、それについてこれまでの年賀状事情を振り返りながら書いてみることにしました。

年賀はがきの発行枚数はどのくらい減少している?

あなたはいつから年賀状の準備をはじめますか?

以前に比べると出す枚数は減ったものの、わたしにとっても年賀状準備は毎年の慣習です。

日本郵便による年賀はがきの総発行枚数は年々減っているそうで、2022年発行(2023年用)枚数は16億7,690万 8,000枚、前年の2021年発行(2022年用)枚数の19億860万 500枚から約12.1%のマイナスになっています。

ピークは2003年(2004年用)で発行枚数は計44億4,780万枚と発表されていました。約20年前の当時と比べると大幅に減少しています。

発行枚数を調べているうちに、そういえばはがきの価格もいつからか変わったんだと思い出し、気になったので値上がりした時期をついでに調べてみました。

2023年1月現在のはがきの価格は63円。1990年代からの価格推移を見てみましょう。

1994年は50円。2014年から52円に変更。2017年には62円に(年賀はがきの価格は期間限定で変更なし)。そして2019年から現在の63円に値上がりしています。

数字を見て、はがきや切手の価格変更について「また!?」と思った記憶がよみがえってきました。

2014年から3年後に10円上がったばかりなのに2年後には1円とはいえまた値上がりしたのです。2019年10月1日から消費税及び地方消費税の税率が8%から10%へ引き上げられたことによるものです。

ちなみに2014年の価格改定も4月に消費税率が5%から8%に上がったためです。

50円から52円に値上がりするのに20年の期間があったのに、その後の価格改定のスパンの短さ、社会状況に衝撃を受けてしまいました。

年賀はがきを出す人が減っているのはメールやSNSの普及が理由なのはもちろんなのでしょうが、値上がりの影響も少なからずあったのではと想像してしまいますね。

値上がりについては郵便料金や日本郵便だけの問題ではないのは当然のことですが。

年賀状を出すのは決してイヤではなかった

令和になるまでは長らく12月23日が祝日だったので、その日がわたしの年賀状作業dayでした。

たった1週間であっても12月23日より前は年賀状に込める気持ちが年始モードにならないし、かといって年末ギリギリに書くと1/1に届かなくても困るので12月23日というのがわたしにとってベストタイミングだったのです。

祝日が変更になってからは、なんだかんだバタバタしてしまい、元日に届けるために12月25日には出したいと頭の片隅にはあるのですがちょっと間に合っていないですよね。

さて、わたしの年賀状はここ何年もの間、年賀はがきを使用していません。以前にも今回はこれを使いたいとポストカードを年賀状にしたことはあったのですが、ここしばらくはかなり意図的にポストカードで年賀状を出すようにしていました。今年はこれだ!というポストカードに出合ったら必要枚数を買い、切手も状況に合わせ考えた上で年ごとに選んでいました。

ある年の年賀状に利用したポストカードです。伊敷トゥート(2022年6月より伊敷トゥートリサ)さんの作品

わたしは何百枚も出すわけではないのと、絵も描けない、シャレたことも言えないタイプの人間なので通常の年賀はがきで送る場合でも以前から気持ちを込めようと宛名はすべて手書きしていました。

だから正直、年賀状を書くのが作業として大変に感じることはありましたが、年賀状を出すこと自体は決してイヤだとは思っていなかったです。

「年賀状じまい」という言葉が気になる

そんな中、2022年12月に目にした「年賀状じまい」という言葉。

60代くらいになったらやってもいいのかな? さすがに自分がやるのは早すぎるかな!?と思ったのですが、いつかやるなら今でもいいのではと思い、今回の年賀状(2023年分)を最後にしようという気持ちになりました。

しかし、何日か経った頃やっぱり早いかも……と思い直すことに。

タイミングが早すぎるかもと気になってしまったのと、友人たちが届けてくれる子どもたちの写真の年賀状や家族写真の年賀状がわたしはうれしい派なので、それらが見られなくなるのはさみしいという気持ちがありました。

また、かなり前になりますが、ある友人がわたしの年賀状を毎年楽しみにしていると不意に話してくれたことがありました。

その友人Aは学生時代、年賀状は出さない、友だちからもらっても後から出すこともしないというスタンスを徹底していました。

わたしは気にしていなかったので毎年出していましたが、仲が良かったグループのBは出しても出しても相手から年賀状が届かないことに見切りをつけたのか、ついにBからも年賀状が届かなくなった(笑)とAが話していたのを覚えています。

そんな友人Aがある時「momoちゃんからどんな年賀状が届くんだろうと毎回楽しみなんだよね」と言ったのを聞き、わたしはうれしさよりも驚きが先にきたのです。

年賀状に対して距離を置いていると思っていた友人からの言葉だったのと、クリエイティブとは程遠いタイプとしか思えない自分からの年賀状を喜んでくれている人がいるなんて考えもしなかったからです。

びっくりしたけれど、ありがたくもあり、その言葉はわたしの中であたたかいモノとして残っていました。

しかし気持ちの葛藤はあったものの、最終的にわたしは年賀状じまいを決断しました。

バタバタしているうちに気がつくと年賀状を書けずに自分で決めていたリミットも過ぎ、ものすごく焦りましたが、何とか今年を最後に年賀状での挨拶を控えさせてもらうこと、相手にも今後はお気遣いなくても大丈夫ですよといったことなどを書き投函しました。

今年は年賀状を出す相手それぞれにメッセージを考えて書くことがちょっとしんどくなっているのをより強く感じた瞬間もありました。

決断の背中を押してくれたのも年賀状だったのです。2022年に届いた年賀状を見返したときに、忙しい中やっとの思いで年賀状を準備しているんだろうなとか義務感で出しているんだろうなと感じたものがあったのです。

過去のわたしの年賀状でもそういったものがあっただろうなと思い返したりもしました。

そして、年賀状じまいのお知らせを読んで嫌な気持ちになる人の方が少ないような気がしたのです。

むしろホッとする人のほうが多いんじゃないかと。

そう思うと、やっぱり今回やろうと強く思えたのです。

またおもしろいもので、ずっと年賀状をやりとりしていたけれど「来年からはこなさそう」という雰囲気が、内容や届いたであろう日から感じ取れたりもします。

2022年にそう感じた3名からは2023年の年賀状は予想通り送られてきませんでした(笑)!

また、同じグループの友だちの間で一人にだけ出し続けてあとの人たちはやめるというのも微妙かなという気持ちもあり、全員に対して年賀状じまいをしました。

そこはまだまだわたしの気持ちの弱いところだなとあらためて認識することにもなりましたが(笑)。

いきなり全員に年賀状じまいを宣言することは難しくても、出しても相手からはこないとか、出してきたり出してこなかったりとか、実は年賀状を出すのをやめたいと思っているとかであれば、そういった人たちに向けて一旦年賀状じまいを実践してみるのもありだと思います。

12月までにまだ10ヶ月ほどあるので、、自分の心や体の反応はどうなのかを観察してみるのもおもしろいのではないでしょうか。

即判断する必要はなくて、時間を置いて最終的に出た答えを尊重すれば自分自身は納得できるはずです。

迷って答えを出せなかったとしても来年、再来年、それ以降とタイミングはいつでもあるので悩みすぎなくていいのも気持ちがラクですよね。

年賀状は「やめなければいけないもの」でも「出し続けなければいけないもの」でもありません。

あなたの年賀状事情が楽しいものであること、そしてつながっていたい人たちと末永く良いご縁が続くことを心から祈っています。

Text by nakagawa momo(フリーライター)

邪気払いとデトックスは似ている!?

こんにちは。エラマプロジェクトの和文化担当、橘茉里です。

2023年がスタートしました。新しい年の始まりって、なんだか清々しい気持ちがしますね。

では、どうして新年は清々しい感じがするのでしょう?

きっと様々な理由があると思いますが、日本文化の観点から見ると、世の中に溜まった穢れや邪気が祓い清められ、浄化されたからと言えます。

昔の人たちは、月日が経つことで世の中に穢れや邪気が蓄積していくと考えていました。そこで季節の変わり目には、邪気払いの行事を行っていました。節分や節句なども、元々は邪気払いの意味合いが強い行事です。

さて、1年の終わりである大晦日にも邪気は溜まっているわけです。そこで朝廷では、疫病や災害の原因となる悪鬼を追い払うために「追儺(ついな)」という儀式を行ったり、浄化を祈願するために「大祓(おおはらえ)」という神事を行ったりしてきました。

鬼を追い払う「追儺」は、後に民間に広まり、節分の豆まきへと繋がっていきます。そして「大祓」は、現在でも宮中祭祀として受け継がれている他、全国の神社で神事として執り行われています。

こうやって旧年の穢れや邪気を祓い清めるからこそ、新しい年は清浄な気配に包まれているわけです。

邪気払いって、なんだかデトックスみたいですね。

世の中に溜まった邪気を祓い清めることと、体内に溜まった毒素や老廃物を排出するデトックス。似ていませんか?

ところでデトックスと言えば、身体的なデトックスだけでなく、心のデトックスも大切だなぁと感じます。

日々のモヤモヤやイライラ、傷ついたこと、悲しかったこと。心の底に重く冷たく蓄積していくそれらを放置していると、そのうち心は疲弊してしまいます。

この世にはびこる穢れや邪気がやがて疫病や災害をもたらすように、心に溜まった毒素は、いずれ私たちの心身を蝕みます。

そうなる前に、心のデトックスが必要です。

季節の変わり目に邪気払いをするように、心に溜まったよどみは定期的に綺麗にしてあげなくては!

ということで、今回は私の体験と古典作品を元に、心のデトックスについて考えていきます。

感動の涙は抜群のデトックス効果あり!

元来、私はネガティブ思考が強く、鬱々を溜め込みやすいので、心を軽くするために色んなことを試してきました。

ゆっくりお風呂に入る、心地よい音楽や香りを感じる、美味しいものを食べる、緑の多い公園を散歩をする、などなど。

その中で、私にとって効果的なのは「泣くこと」でした。

涙を流すことで、心の中のドロドロが洗い流され、とてもすっきりした気持ちになるのです。

ここで言う「泣くこと」とは、何かつらいこと、悲しいことがあったから泣いてしまったという涙ではなく、感動の涙や心を浄化させるような温かな涙のことです。

私は涙もろい人間で、些細なことでも涙が出てきます。

最近は、勤務先の高校で生徒たちの合唱を聞き、目頭が熱くなりましたし(仕事中なのでこらえましたが)、YouTubeで保護犬猫の動画を見てぽろぽろ涙が出ました。

本を読んだり、映画を見たりしてもよく泣きます。

私は国語教師なので、つい物語を考察しながら鑑賞してしまうのですが、「この後の展開はきっとこうでしょ」「これは観客を泣かせる流れでしょ」と分かっていて、頭の中で冷静に物語を批評している自分がいるのにも関わらず、感動してまんまと泣いてしまいます。

こういう時、頭と心は別物だなぁと実感します。そして、いくら頭が冷静に努めようとも、心の動きは止まらないんだなぁと思います。

そうやって心の赴くままに涙を流すと、気持ちが軽くなっていることに気づきます。

さて、あなたは泣くことについてどう思いますか?

「いい大人が泣くなんてみっともない」

「そう簡単に涙を見せるもんじゃない」

「あの子ってすぐ泣いてずるいわよね」

泣くこと、涙を見せることに関しては、このような否定的な意見もあるでしょう。

涙をぐっと堪えて耐え忍ぶことこそ美しいという考えもあります。

それはそれで素晴らしい価値観です。

ただ、そういう耐え忍ぶ美徳だけが日本文化ではありません。古典作品を紐解くと、実は日本人ってけっこう情動的に泣いていたりするんです。

古典では帝もイケメンも、武士だって泣く

古典の中には、数多くの涙の表現が登場します。

例えば『源氏物語』。

『源氏物語』は現代の漫画家によって漫画化していますが、主人公があまりにもよく涙をこぼすので、現代人の感覚になじむように漫画では笑ったり、違う感情表現に変えたりしているそうです。(榎本正純『涙の美学―日本の古典と文化への架橋―』より)

また、古典では涙で衣の袖が濡れることを意味する「袖の涙」という表現がよく出てきますが、日本文学研究者のツベタナ・クリステワ氏によると、自身が『とはずがたり』という作品をブルガリア語訳した際、「袖の涙」に関して読者からこんな質問が頻出したそうです。

「昔の日本人は、女も男も、どうして絶え間なく涙を流していたのだろうか。お化粧をしていたらしいのに。それに、いくら濡れても濡れきらないあの袖は、タオルのような生地でできていたのだろうか」(ツベタナ・クリステワ『涙の詩学』より)

袖の素材は絹で、もちろんタオル生地ではありません(笑)

ただ、外国の読者がそんな風に思うほど、日本の古典作品には涙の表現が多いのですね。

そして現代では、女性よりも男性の方が泣かないイメージがありますが、古典では男性もよく泣いているので、いくつかの例をご紹介しましょう。

◆『源氏物語』「紅葉賀」より

光源氏が18歳くらいの頃。源氏は、宮中で青海波という舞を舞いました。そのあまりの見事さに、ご覧になっていた帝は涙を拭い、他の上級貴族や皇族たちもお泣きになりました。

原文では、「おもしろくあはれなる」様子に涙したと書かれています。つまり悲しいからではなく、感動したから泣いています。

「あはれ」という単語は、古典の授業で習った方も多いと思いますが、喜怒哀楽から生じる深い感動を表わす語です。源氏の舞によって、天皇までもが感動の涙を流しているのです。

◆『伊勢物語』「東下り」より

教科書にも載っている場面なので、ご存知の方も多いでしょう。

主人公の男(平安時代きっての色男、在原業平がモデルとされる)は、自分なんて役に立たない人間だと思い悩み、友を連れ、京を離れて東国に向かいます。その道中、男が都にいる妻を想う和歌を詠むと、一緒にいた人たちはみな涙を流すのです。

しかもちょうどご飯時。乾飯(かれいい)というご飯を乾燥させた携帯食を食べていた際にみんな泣き出してしまったものだから、涙で乾飯がふやけてしまうというオチがついています。

この2つの例では、舞や和歌に深く感じ入ったために泣いています。

彼らは繊細な感受性を持っていて、感情のままに涙することを恥じていませんし、周りの人たちも変だと思っていません。

フィクションだからでしょ?と思われるかもしれませんが、こんな風に泣くことを良しとする文化があったからこそ、このような描写が生まれるわけです。

では武士はどうだったのでしょうか?

さすがに武士は芸術では泣かないかと思いきや、『平家物語』には、祇王という白拍子(女芸者のこと)の歌を聞いて、その場にたくさん並んでいた平家一門の男たちが感動の涙を流すという場面があるんです。

また、『平家物語』に登場する武将は、戦の場面でさえ敵を思って涙を流します。

◆『平家物語』「敦盛最期」より

源氏の熊谷直実は、自分の子ほどの年齢の、見目麗しい平家の若武者である平敦盛と一騎打ちになります。なんとか命を助けてあげたいと思った熊谷ですが、状況がそれを許さず、熊谷は泣く泣く敦盛の首を討ち取ります。戦いの最中から涙を抑えて戦っていた熊谷ですが、討ち取った後、敦盛のことを思い、袖に顔を押し当ててさめざめと泣くのです。

立派な武将ですら、こんな風に泣いています。

日本の古典では、現代人よりもずっと素直に、泣きたい時は心のままに泣いているんです。(もちろん、涙をぐっと堪えている場合もありますが)。

心が動いたら、思うままに泣いてみよう

私は拍手を聞くと、涙が出ます。

何かの舞台を観に行ったとして、観客たちが拍手を送っているのを見ると、泣きたくなるのです。観客たちの感動が、拍手を通して伝わってくるからです。

他には、電車内で若者がお年寄りに親切にしている姿を見ても、なんだか泣きたくなります。

このように、私は感動泣きが得意です。そんなところは平安貴族と似ているかもしれません。

泣くことは心のデトックスになると前述しましたが、感動泣きをすると心が満たされた気分になるので、デトックス以上の効果がある気がします。

だから、現代人はもっと感動泣きをやったらいいんじゃないかなと思います。

平安貴族が歌舞に感動して涙を流していたように、私たちも美しいものや素晴らしいものに触れて心が動いたならば、そのまま泣いてみてはどうでしょうか?

現代人は、さすがに和歌を聞いて泣くのは無理だと思うので、本や映画、音楽など、自分の心に引っかかるものを探すと良いですね。私も「泣ける本」「泣ける映画」をネット検索することがあります。

泣くことに慣れていない方は、そうやって心が動きそうなものを少しずつ試してみてはいかがでしょうか?

涙の後には、きっと心の豊かさが感じられるはずです。

Text by 橘茉里(和えらま共同代表/和の文化を五感で楽しむ講座主宰/国語教師/香司)

みなさま、あけましておめでとうございます!

2023年の幕開けです。

いろんなことがあったここ数年。「なんだか疲れちゃったよ…」な人や「今年こそ!」と息巻いている人もいるかもしれません。

とはいえ、いろんなことがない年なんて果たしてあっただろうかと思う自分もいます。だからこそ、毎年毎年わたしたちは「今年の目標」的なものを立てちゃったりするのです。

というわけで、新年1本目のよむエラマは、ライターズのみなさんの今年の決意表明を聞いてみたいと思います!

「そんなこと言って、3日経ったら忘れてるんじゃないの?」とお思いでしょうか。

ええ、そうかもしれません。

だからこそわたしたちはここに書き留めておくのですっ!

それではいってみましょう!

いけかよは2023年を「スクスク期」にしたい!

2022年は、いけかよにとってはなんだかいろんなことが動き出してたくさんの変革があった年。後から考えると「あのときが転機だったかも」と思うかもしれない1年でした。

新しい仕事、新しい仲間、そして新しい自分、新しい生活サイクルなどなど、いろんな新しいものに出会ったのですが、それらを今年はもうちょっと成長させていけたらと思っているのです。

たとえば、お仕事だと、今までとはぜんぜん違うものに出会いました。その1つはなんの因果か「漫画の編集者」というもの。キャラクター、あらすじ、見せ所とオチを考え、読み手に「読んでよかった」と思ってもらわなければいけない。

自分自身が物書きの端くれとして活動を始めて数年、しかしフィクションを描いたことはなかったうえに、すっかり漫画や小説から離れてしまって久しい。

とはいえ、実は学生時代は漫画家志望だったんです。その夢が25年の時を経て叶うとは、人生ってわからんもんやな…なんてしみじみしている余裕なんてないくらい引き出しがなくって焦っています(汗)

ほんっっとうに、物語を作るって奥が深くて難しすぎる…!!

今や、タダで読めるほど世に溢れる膨大な種類の漫画。その1つ1つが、作家や漫画家や編集者の魂の結晶だと思うと、その尊さに目眩がしそうです。

でも、そんな世界に少しだけ足を踏み込んだわたし。ほんとに予測なんてしてなかったことですが、ここはひとつ頑張ってその世界にハマってみたいと思います!

pieniの2023年は「目標に向かって進む心づくり」をしたい!

新年おめでとうございます。

エラマライターpieniです、今年もよろしくお願いいたします。

さて、皆様は2023年どんな気持ちでスタートされたでしょうか。

わたくしピエニは今年2回目の成人式(40歳)を迎えます。

そこで人生の新たなスタートを切る気持ちで、分厚い皮をむいたらつるっと白いライチのように心をリニューアルさせたいなと思っています。

具体的には何をするの?かといいますと

「3回目の成人式60歳へ向かっての目標を立てること」

「その目標に向かって諦めずに進む心づくり」

この2点を大切にしたいと思っています。

というのも私はやってみたい!と思うことがわんさか浮かぶタイプなのですが、いざスタートしてみるものの途中で苦手なことや問題に出会うと「もうだめだ〜嫌だ〜出来ない〜」と逃げたくなる心だったり、諦めの声を出してしまう癖があります…。

これが自分でも嫌だった。

常に100%前向きで毎日明るい!というのは聖人君子でもないし、時には泣き言も言いたくなるのが人間だと思います。

けれど自分でやると決めて始めたことに対して、壁にぶつかった時、よいしょと乗りこえる方法も探さず、嫌になってただただ自らケチをつけてしまう。そんなことをした時に自己嫌悪に陥ったり、自信を無くしたりと、なんだか負の一人劇場を繰り広げていたことに気が付きました…。さらに人との信頼関係を自ら切っていたんだなという恐ろしいことにも…。

とはいえ、長年培ってしまった心の癖なので「諦め」が出てきたときは、2023年一番初めのこの記事を読み返し「そうそう!今年は目標に向かって進む心を作るんだよね、なんでやろうと思ったんだっけ?どうやったらできるんだろう?どうやったら楽しく進めるかな?」と初心を思い出すようにして邁進いたします。

2023年の目標は、よむエラマの本体、Elämä(エラマ)プロジェクトのコンセプト「わたし」の「豊かで幸せな生き方」をデザインすることにも繋がっていくことだなと感じているpieniでした!

橘茉里は「ある」を感じる2023年にしたい!

私が「高校教師」×「香司(お香の調合師)」×「和文化伝道師」というパラレルな働き方を始めて3年。2023年は4年目に突入します。

私生活では2021年、2022年に1匹ずつ猫をお迎えして、最愛のお猫様2匹と暮らしています。

私の日常はたくさんの幸せから成っています。

しかし、気を抜くとつい、自分が持っていないものに目が行ってしまうのです。それは能力、経験、持ち物、人間関係など多岐にわたり、持っていない自分を劣っているように感じ、自己肯定感をズドンと下げてしまいます。

持っていないという意識があるからこそ、なんとか得ようと頑張れるという面は確かにあります。でもそのやり方ってしんどい。努力してひとつの「ない」を「ある」に変えても、すぐに次の「ない」が浮かんでくるんです。

それはそうですよね。全ての「ない」が解消されるなんて不可能。

そして問題なのは、「ない」に意識を向けている間、私がすでに持っているものは、私自身からすっかりないがしろにされているということ。自分が持っているものに目を向けず、ないものねだりばかりしていたら、苦しいのは当たり前です。

ここまで分かっていても、油断すると「ない」に目が行ってしまうのだから本当に厄介。だから2023年は、ないものを追い求めるのではなく、すでにある自分の幸せや価値を大切にできるように、「ある」を感じる年にしていきたいものです。

希望あふれる日々になりますよう

いかがでしたか?

新年の目標なんて、立ててから一瞬後の仕事初めくらいにはすでに意識からこぼれおちているいけかよですが、しかしそんな自分をも受け止めて、日々を愛して行けたらいいなと思っています。

そのためにも、エラマプロジェクトやよむエラマを通じてみなさんや自分自身も応援できたらいいなと思うのです。

2023年も、エラマプロジェクトをどうぞよろしくお願いいたします!