Elämäプロジェクト

文:石原侑美

新緑が日に日に濃くなる5月のはじめ、岐阜県飛騨高山で、オンラインコミュニティ「エラマの森」のオフ会を開催しました。
東京、神奈川、大阪、兵庫から、住民さんとそのご家族、総勢12名が集まった3日間。1日目と2日目は雨、3日目は嘘のような晴天という、対照的な空模様のなかで過ごした時間は、私たちが大切にしてきた「コンヴィヴィアル(自律共生)」という言葉の意味を、改めて教えてくれるものになりました。

半年に一度、飛騨高山の「太陽の家」で

エラマの森のオフ会は、半年に一度のペースで開催しており、今回で5〜6回目になります。(年に1回は飛騨高山、年に1回は東京や大阪などの主要都市で)
これまで、東京、神奈川、大阪、兵庫、京都など、本当に全国各地から、住民のみなさんが飛騨高山まで足を運んでくださっています。
年齢層も、下は2歳のお子さんから上は60代の方まで。ご家族連れの方もいれば、お一人で来られる方もいて、毎回ほんとうに多様な顔ぶれが集まります。

舞台となるのは「太陽の家」と呼ばれる、工務店さんが手がけたクリエイティブで美しいウッドハウス。
扉を開けた瞬間に木の香りに包まれて、窓の外には飛騨の山々が広がる、大きな一軒家です。
サウナがあり、焚き火ができて、ブランコやハンモックもある。料理を一緒に作って、お酒を飲んで、本を読んで、おしゃべりをして、編み物をして。それぞれが心地よい場所で、心地よい人と過ごす自由な場所です。

雨の日の、思い思いの時間

今回は、1日目と2日目があいにくの雨。当初予定していた自然散策はかないませんでしたが、それでも誰も残念がるでもなく、雨音を聞きながら、それぞれが家のなかでゆっくりと過ごしていました。

初日の夜は、オフ会の定番になりつつある「ゆみ特製・和フィン折衷サーモンスープ」。フィンランドの家庭料理として親しまれているサーモンスープに、味噌を加えて私流にアレンジしたものです。毎回これを楽しみにしてくださっている方も多くて、今回もありがたいことに好評で、翌朝には鍋がすっかり空になっていました。

「さあ自己紹介してください!」というようなかしこまった時間はあえて作らず、初めて参加された方は私から少しだけご紹介して、あとはそれぞれ、やりたいことをやる。宴会のようにワッと盛り上がるのではなく、ゆったりと、でも全員が話したいことを話せる、落ち着いた夜になりました。

2日目は、雨が止んだ午前中の隙を見つけて、少しだけ焚き火を楽しみました。フィンランド式BBQの定番「マッカラ(ソーセージ)」も焚き火で焼いて、オフ会らしいアクティビティができたのは嬉しい誤算でした。

午後は、飛騨高山在住の住民・内方さんによる、奥飛騨の山歩きツアー。これから山歩きのガイドツアーをスタートされる内方さんが、エラマの森の私たちのためだけに、特別に案内してくださいました。雨と寒さで予定していたコースはすべて回れませんでしたが、地元の方だからこそ知っているスポットや、GWなのに不思議と空いている素敵な日帰り温泉まで連れて行っていただき、住民のみなさんも大満足。

夜は太陽の家に戻って、住民のみなさんが手作りしてくださったお料理で、ゆっくりとディナー。子どもたちはブランコに乗ったり、お絵かきをしたり、家じゅうを冒険したり。大人たちは、ゆっくりお酒を飲みながら、隣の人とぽつりぽつり話したり、編み物をしたり、本を読んだり。誰かが何かを始めると、自然と人が集まって、また散らばっていく。そんな、思い思いの時間が、ゆるやかに流れていました。

3日目、立夏の田園を歩いて気づいたこと

そして3日目。前日までの雨模様が嘘のような、まぶしいくらいの晴天になりました。空気が洗われたあとの、飛騨の立夏の田園風景は、本当に美しくて。みなさんと一緒に、新緑と青空の下を歩いた時間は、このオフ会の締めくくりに、これ以上ないくらいの贈り物でした。

3日間を通して、何度も心の中でつぶやいた言葉があります。「この空間こそが、エラマの森の理想だな」と。

それぞれが思い思いに過ごしている、でも、人の気配がちゃんとある。木の香りに包まれていて、窓を開ければ圧倒的な山々が広がり、焚き火の暖かさがあって、十分な食べ物と飲み物がある。周りにいる人たちは穏やかで、それぞれが自律していて、それぞれが自分の心地よさを知っている。

でも、決して個人主義でも、利己的でもないのです。何か一緒にやりたいときは自然と人が集まってきて、大きな声を出さなくても助けを求められる。そんな、静かに協力的な空気が、ずっと流れている。

私たちが大切にしてきた「コンヴィヴィアル(自律共生)」という言葉 ― 思想家イヴァン・イリイチが提唱した、「自立した個人同士が、創造的に共に生きるあり方」を意味するこの言葉が、頭で理解するものではなく、ただそこに在るものとして、体に染みわたっていく3日間でした。

エラマの森というコミュニティについて

オフ会のあと、ひとりになって余韻に浸りながら、「コミュニティってなんだろう」と、ふと考えていました。

コミュニティ研究はさまざまな学問や実践のなかで深められていますが、その性質は、目的によって本当に大きく異なります。ジャーナリングのスキルを学ぶコミュニティや、教育の探究学習に取り組む教育関係者向けのコミュニティのように、「何を達成するか」がはっきり見えるコミュニティもあれば、田舎の町内会のように、地域の具体的な課題を一緒に解決していくコミュニティもあります。

エラマの森には、ゆるやかな共通のミッションのようなもの ―「自分の豊かで幸せな生き方を描く場」― はありますが、「達成しなければならない共通のゴール」は、実はありません。心地よさを、自分で追求して、自分で作っていく。エラマの森は、そういう空間です。

これは、本質的で普遍的なテーマであるがゆえに、わかりにくく、目標達成が見えにくいものでもあります。コミュニティ運営をする立場からすれば、それが正直、最も厄介なポイントでもあり、同時に、最もやりがいを感じるポイントでもあります。

だからこそ、中長期的な目線で、成果が見えにくくても「やり続ける」ことが必要で。やり続けたからこそ、今回のオフ会で感じたあの「自律共生的な心地よさ」が、ようやく姿を見せてくれているのだと、私は思っています。

来年1月、エラマプロジェクトは10年目を迎えます

来年1月で、エラマプロジェクトは10年を迎えます。

10年。書いてみると、自分でも少し驚きます。

これからの中長期、エラマがどこへ向かっていきたいのか。いま住民として一緒に歩いてくださっているみなさんと対話を重ねながら、時代の流れを読みながら、ゆっくり考えていきたいと思っています。

エラマの森のことを、もう少し

エラマの森は、フィンランド流の豊かな生き方と、日本の文化の知恵をヒントにしながら、「わたし」の心と体を整え、日々の暮らしを少しずつ豊かにしていく、会員制のオンラインコミュニティです。

毎月の北欧講座、住民さん同士の対話会、月に一度の「サウナダイアローグ」と呼ばれる1ヶ月の振り返りの時間、住民さん発信のコラム、そして年に数回、今回のように飛騨高山で開かれるリアルなオフ会など、オンラインとオフラインを行き来しながら、ゆるやかに森を育てています。

「気になっているけれど、自分に合うかな」「コミュニティって、ちょっと気後れする」 ― そんな方のために、30日間の無料お試し期間をご用意しています。入会後すぐに退会することもできますので、まずはそっと、森のなかを覗いてみるところから始めていただけたらと思います。

エラマの森の詳細は、以下のページからご覧いただけます。
👉 エラマの森について

次回のオフ会は、半年後の冬、そして来年のGWに、また飛騨高山で予定しています。初めての方も、もちろん大歓迎です。

あなたと出会える日を、飛騨の山の麓で、楽しみにしています。

本日、PR TIMESにてプレスリリースを配信いたしました。
2026年9月19日出発「フィンランドに学ぶ サステイナブルな生き方を描くプログラム」の参加者募集についてお知らせしています。


このプログラムを7年続けてきて、参加者の方の人生が静かに変わっていく瞬間を何度も見てきました。会社を辞めた方、独立した方、「日々の優先順位がふっと変わった」という方。そのご縁をもっと多くの方に広げたいという思いから、今回初めてプレスリリースという形で発信することにしました。


「観光しない旅とはどういうことか」「なぜフィンランド研究家がこのプログラムを設計するのか」——そのあたりも丁寧に書いています。ぜひご一読ください。


▶ プレスリリース全文を読む https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000007.000103516.html

なお、プログラムへのお申し込みは6月12日(金)まで受け付けています。
▶ プログラム詳細・お申し込み https://elama.be/finlandprogram20260901/

エラマ合同会社 石原侑美

こんにちは。エラマプロジェクト事務局です。
雪解けの季節を待つような、静かなワクワク感とともに 本日、皆さまに大切なお知らせをお届けします。
エラマプロジェクトの新しい挑戦。 ホームページ制作サービス「Web Elämä(ウェブ・エラマ)」を 本日、正式にリリースいたしました。

「豊かで幸せな生き方」を届けるあなたへ。

「エラマ(Elämä)」とは、フィンランド語で「人生・生活」を意味します。

私たちはこれまで、対話や北欧の知恵を通じて 「自分らしい生き方」を見つめる場を育んできました。

その中で出会ったのは、 自らの活動を通じて「誰かの豊かで幸せな生き方」を支え、 情熱を持って届けている、たくさんの魅力的な方々です。

しかし、その素晴らしい想いや本質が、 Webサイトという場所でうまく形にできていない…… そんなもどかしさを感じることもありました。

「Web Elämä」は、そんなあなたのための「器」を作るサービスです。

具体的に、Web Elämäでできること

単に綺麗なデザインを作るだけではありません。エラマならではの視点と技術で、あなたの活動を支える確かな拠点を作ります。

「ふわっとした想い」を具体化するヒアリング
専任のディレクターが伴走し、まだ言葉になっていないビジョンを整理。今のあなたの歩幅に合わせた最適な構成案とお見積りをご提示します。

ブログ感覚で、自由自在に更新できる独自システム
Web Elämäオリジナルのホームページ作成システムを採用。文言や写真の差し替えはもちろん、カラムの入れ替えや構成の変更も、パズルのように直感的に行えます。

活動の規模に合わせた3つのプラン
個人の活動紹介やLPに最適な「ライト」、企業や店舗の公式サイト向けの「スタンダード」、独自機能の実装やブランディングを深める「カスタマイズ」まで、幅広く対応します。

安心の「伴走型」保守・運営サポート
独自の専用サーバーで安定運用。公開後の操作レクチャーはもちろん、日々のちょっとした相談や改善アドバイスも含まれる「育てていくためのサポート」をご用意しています。

感覚的に使えるWebエラマ独自の管理画面
感覚的に使えるWebエラマ独自の管理画面

理想の景色を、一緒に作りませんか?

ホームページは、あなたの活動の「拠点」であり、大切な方と出会う「入り口」です。
もし今、あなたの「想い」を形にしたいとお考えなら、 まずは私たちと対話することから始めませんか?
本日より、無料の事前相談・ヒアリングの受付を開始しました。

▼ Web Elämä 公式サイトはこちら
https://web.elama.be/

あなたの歩みが、Webという場所でも心地よいリズムで刻まれますように。
画面越しに、皆さまの想いをお聞きできる日を チーム一同、心より楽しみにお待ちしております。

こんにちは、エラマプロジェクトです。

昨日、2026年1月から1ヶ月にわたって開催されたオンラインコース『8年連続世界一!フィンランドは本当に幸せな国なのか?を探究するコース』が、全4回の全日程を終えて無事に終了いたしました。

最終回の余韻が残る中、本日はこのコースで私たちがどのような時間を過ごしたのか、その開催レポートをお届けします。

コース概要

本コースは、北欧フィンランドの「光と影」の両面を知ることで、自分自身の生き方や社会のあり方を問い直す全4回の探究プログラムです。

開催日程:2026年1月21日、1月28日、2月4日、2月11日(毎週水曜日)
開催時間:20:00〜22:00
場所:オンライン(Zoom)
講師:石原 侑美(フィンランド生涯教育研究家 / エラマプロジェクト代表)

夜の静かな時間に、全国各地、そして時には海外からも受講生の皆さまが集まり、フィンランドを鏡にして「自分にとっての豊かさ」を探求する時間を共有しました!

「理想」ではなく「リアル」を学ぶ意味

メディアで語られる「理想郷」としてのフィンランド。しかし、そこには現地の課題や、歴史的な背景に基づく人々の葛藤も存在します。講師の石原侑美からは、現地調査に基づいた生きた情報が共有されました。

特に第1回の「教育」のテーマでは、単に質が高いということだけでなく、一人ひとりの「公正(Equity)」を重んじる姿勢や、失敗さえも「学びの一部」として慈しむ教育現場の信頼関係について深掘りしました。

そんな感想をいただきながら、私たちはフィンランドという国を「鏡」にして、自分たちの日常や日本の価値観を映し出していきました。

最終回:自分の人生を建設的に振り返る

全4回の旅の締めくくりとなる最終回では、これまでの学びを自分自身に引き寄せ、自分の人生を振り返る時間を持ちました。

フィンランドの人々が大切にする「納得感(SISU)」や、フラットな幸福感。 それらを学んだからこそ、今の自分の状況を、他人との比較や「こうあるべき」という理想に当てはめるのではなく、驚くほど「建設的」に見つめることができたのです。

「フィンランドがこうなら、私はどう生きていこう?」

現状を否定するのではなく、「これからどうしていこうか」と前向きに人生をデザインする。 「幸せ」の定義を自らの手に取り戻すような、深く建設的な学びを共有しました!

受講者の方から届いた声

コースを終え、受講生の皆さまからはこのような温かい声をいただいています。

「フィンランドのリアル(課題も含めて)を知ることで、かえって自分の暮らしを肯定できるようになりました」

「プロセスや『問い』の質を大切にする教育のあり方を知り、大人になった今からでも自分を育て直せる気がしています」

「自分にとっての『納得感』を軸に、これからの選択をしていきたいという静かな自信が湧きました」

受講生同士のダイアローグを通じ、自分自身を慈しみ、明日を照らすための深い対話を共有しました!

次なる旅は「余白(ゼロ)」へ

フィンランドという鏡を通して自分を知った後は、心に心地よい「余白」を作る練習を始めませんか。

2月26日(木)からは、新コース『ウェルビーイング「ゼロ」を学ぶコース 〜暮らしと人生デザインにおける「余白」の作り方〜』がスタートします。

講師には、石原侑美に加え、和文化、マインドフルネス、ライフコーチングの専門家を迎え、さらに多角的に「自分を整える方法」を学んでいきます。

重くなった荷物を一度おろし、自分を「ゼロ」に戻してみる時間を、ご一緒しましょう。 新しい旅の仲間をお待ちしています。

🌿 [「ゼロ」を学ぶコースの詳細・お申し込みはこちら]

こんにちは。
Elämäプロジェクト代表、
そして「エラマ哲学バー」オーナーの石原侑美です。

毎月、エラマの森の住民さん(コミュニティメンバー)や一般参加の方々と、お酒や珈琲を片手に答えのない問いを語り合う「哲学バー」。
昨夜2月9日(月)のテーマは、「やりたいことって必要?」でした。

「やりたいことをやれ」
「好きなことを仕事にしろ」
というメッセージが溢れる今の時代。
それに疲れを感じている人も多いのでは?

昨夜は20代から50代まで幅広い世代が集まり、
ハイボールやワイン片手に「やりたいこと教」の正体について深く、
そして大爆笑しながら語り合いました。

今回は、そんな熱狂の夜のレポートをお届けします。

1. 「夢は何?」という質問への違和感と、大人の本音

乾杯直後、真っ先に話題になったのは、
学校教育や社会で問われ続ける「将来の夢はあるか?」
というプレッシャーについてでした。

参加者の方々からは、こんな赤裸々な本音が飛び出しました。

「学生時代、『夢はあるか?』と聞かれるのが本当に嫌だった」
「まだ何も知らないのに決められないし、大人が喜ぶような職業名を言わなきゃいけない気がした」

ある参加者さんからは、ハッとするような例え話も。

「子供は『雪合戦やりたい』と宣言してからやるのではなく、雪を見たら体が勝手に動いているもの」

確かに……!
「やりたいこと」を無理に言語化させようとするのは、
実は教育や社会システム側が
「人を動かすため(勉強させるため、消費させるため)」
に必要としているからではないか?
そんな鋭い仮説に、参加者一同「なるほど!」と膝を打ちました。

2. 「恋バナより哲学したい!」飛び出した名言

「やりたいこと(Do)」がなくても幸せに生きられるのか?
議論が進むにつれ、多様な幸福論が展開されました。

「やりたいことはないけれど、遊ぶ時間を確保するために仕事を爆速で終わらせるスキルは身についた」という、たくましい生存戦略。

「やりたいこと(Want to do)」が見つからなくても、「どうありたいか(Want to be)」があれば十分ではないか? という視点。

「成功には『運』の要素も強い」という、努力至上主義への冷静な分析。

初参加の20代の方が、
この場の熱量を感じて「恋バナより、こういう話(哲学)をしたい!」と振り返ってくださったのが昨夜のハイライトでした(笑)。

答えのない問いを肴に飲むお酒が、いかに美味しいか。
世代を超えてフラットに意見を交わす面白さが、ここにあります。

3. 【オーナーの告白】20年越しに気づいた「すり替えられた夢」

皆さんの話を聞きながら、私自身もチャットで思考を整理していました。
英語で因数分解してみると、少し景色が変わって見えます。

やりたい = Want to do

ありたい = Want to be

欲しい = Want

これらがごちゃ混ぜになっているから、「やりたいこと」が見つからないと苦しくなるのかもしれません。
「Do(何をするか)」が見つからなくても、「Be(どうありたいか)」や、
もっと単純な「Want(これが欲しい、ここに行きたい)」という欲求は、
きっと誰にでもあるはずです。

そして私個人としては、昨夜は衝撃的な「自己発見」の夜でもありました。
高校時代、私は「アナウンサーになりたい」と言っていましたが、
昨日の対話の中で、
それは親や先生への「体裁のいい答え」であり、
本当は「声優」になりたかったんだということを
20年越しに思い出してしまったのです(笑)。

自分の人生観がガラガラと音を立てて崩れる音がしましたが、
それもまた哲学バーの醍醐味。
自分の奥底にある「本当の音」に気づけた夜でした。

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エラマの森で、答えのない問いを語り合いませんか?

「やりたいこと」は見つけるものではなく、
ふとした瞬間に体が動いてしまうものなのかもしれません。
あるいは、誰かと話しているうちにポロリとこぼれ落ちるものかも。

エラマプロジェクトが運営するコミュニティ
「エラマの森」では、
こうした「哲学バー」をはじめ、
自分の生き方を見つめ直す対話の場や、
学びのコンテンツを多数ご用意しています。

「最近、本音で話せていないな」
「会社や家庭の役割を離れて、ただの『わたし』に戻る時間が欲しい」

もしそう感じたら、ぜひエラマの森へ遊びに来てください。
次回の哲学バーで、あなたと乾杯できるのを楽しみにしています!

(オーナー:石原侑美)

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▼エラマの森(会員制コミュニティ)の詳細はこちら
エラマの森

▼次回のイベント情報はこちら
エラマの学校

いつもElämä(エラマ)の活動を応援いただき、誠にありがとうございます。
この度、日本トップクラスの講師派遣・講演依頼サイトである「Speakers.jp(スピーカーズ)」にて、代表・石原侑美が登録講師として正式に選出・掲載されましたことをお知らせいたします。

■ 「専門性」と「対話力」を評価いただいての掲載

Speakers.jpは、企業の経営者や自治体の担当者が利用する、非常に審査基準の厳しいプラットフォームです。
今回、石原が長年探究してきた「フィンランドの生涯教育」や「ウェルビーイング」、そして「ブランディング」という独自の専門領域に加え、司会業で培ったファシリテーション能力をプロの視点から評価いただき、この度の掲載に至りました。
このように権威あるサイトでご紹介いただけることは、これまでの活動を支えてくださった皆さまのおかげであり、心より感謝申し上げます。

■ 石原侑美の公式プロフィール・講演詳細
Speakers.jpの掲載ページでは、石原のこれまでの歩みや、現在ご提供している最新の講演プログラムが非常に分かりやすく整理されています。
フィンランド流「ワーク・ウェルビーイング」の神髄
変化の時代に「答え」を自分で見つける教育のヒント
・人生100年時代、自分らしい「余白」の作り方
など、今お伝えしたいメッセージが凝縮された内容となっております。石原がどのような想いで登壇し、どのようなテーマをお届けしているのか、ぜひ一度ご覧いただけますと幸いです。


[Speakers.jp 石原 侑美 プロフィールページはこちら]

■ 今後の活動に向けて

今回の掲載をきっかけに、より多くの方々に「自分らしい人生を生きる」ための視点をお届けできる機会が増えることを楽しみにしております。
北欧の知見と日本の現場を繋ぐ架け橋として、これからも一層、質の高い学びと対話の場を作ってまいります。 今後とも、石原侑美およびElämäをよろしくお願い申し上げます。

こんにちは、エラマプロジェクトです。

なんだか気分が沈んで、理由ははっきりしないのに心が重い。もしくは、原因は分かっているけれど、そのことで心がつらい。
そんな風に「自分の中の暗い部分」が浮き彫りになる瞬間ってありますよね。

今回は、あえてそこに光を当ててみたいと思います。

日本とフィンランドは、「心の闇」をどんな風に見つめ、扱い、アウトプットし、そして整えてきたのか。

同じ心の闇でも、文化が違うと付き合い方がこんなに変わる。
その違いを知ることは、「自分の心を大切にする」ための新たな道筋を見つけることでもあります。

「心の闇」ってどんなもの?

今回の記事では、次の5つの状態をまとめて「心の闇」と呼ぶことにします。

ここで大事なのは、心の闇は誰の心にも宿る可能性があるということ。日本とフィンランドの人たちは、心の闇とどのように付き合ってきたのでしょう。

自分の心と向き合うのはどんな時?

心を和歌で表現してきた日本人

日本文化における心の表現として、和歌があります。平安時代の『古今和歌集』の冒頭には、こんな言葉があります。

「やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。」

意味は、”日本の和歌は、人の心を根源として、それが無数の言葉として表現されたものである”という感じです。つまり、喜びだけでなく、悲しみや怒り、喪失のつらさなど様々な感情を、和歌として表現してきたのです。

また、華道、茶道、武道などの「道」は、単に技術を上達させるのではなく、自分を律して心を研ぎ澄まし、高みを目指していくことでもあります。

瞑想や座禅を習慣にする方もいらっしゃると思いますが、釈迦が悟りに至る過程で、悪魔の誘惑に打ち勝ったという逸話からは、自分の内面に湧く闇と向き合う比喩のようにも読めます。

フィンランドは日常に内省の場がある

フィンランドのヘルシンキ中央図書館oodi

一方フィンランドでは、自分と向き合う機会が、生活の中にさりげなく入り込んでいます。

読書は、心の中の言葉にならないものに、別の言葉を借りて触れる行為でもあります。

そして創作活動は、言語化できない感情に“形”を与える方法でもありますし、サウナは日常から一段離れて、静寂の中で「自分」に戻る場でもあります。

心の闇を描く芸術とは

日本文学には、心の奥の闇を描いてきた作品がたくさんあります。

例えば『源氏物語』に登場する六条御息所という女性は、愛や誇りの葛藤から、抑え込んだ想いがついには“生き霊”という形で外に出てしまいます。

近代文学でも、夏目漱石や太宰治をはじめ多くの作家が、罪悪感や恥、自己矛盾といった「内面」を描き出しました。

実は、怪談やジャパニーズホラーにも、心の闇を主題にした作品が多く見られます。

海外ホラーでは、ゾンビや吸血鬼など倒せる怪物キャラクターが目立つ一方で、日本のホラーでは幽霊が登場することが多く、情念や未練といった心の闇に焦点が当てられる作品が多い気がします。

フィンランドでは、アートやサウナといった、個人の内面を安全に吐き出せる『社会的な仕組み』が文化の中に溶け込んでいます。

たとえばムーミン。

ムーミンは可愛いだけの児童文学ではなく、孤独や不安、人生の陰影を自然に含みながら、登場人物たちがそれぞれの“しんどさ”と共存している物語です。

ムーミンが国民的に愛されていることは、闇を否定しない価値観を象徴的に示しているようにも感じられます。

さらに意外なのが「フィンランド・タンゴ」の存在です。

実はフィンランドでは、タンゴが国民的な人気を誇ります。

失恋や望郷の“哀愁”を、短調(マイナーコード)のメロディに乗せて分かち合うタンゴ。

悲しみは隠すものではなく、みんなで共鳴させ、人間の一部として肯定するもの──そんな意識がうかがえます。

心の闇を和らげる知恵とは


日本の「節分」「五節句」「大祓」など、季節の節目に行う行事には、溜まった穢れを祓い、清めるという意味合いがこもっています。

こういう季節の節目は、自分の心身に溜まったものを落とすタイミングでもあります。

また、涙も心の闇を浄化するひとつの手段でしょう。

古典文学を紐解くと、平安貴族はもちろんのこと、『平家物語』に登場するようなかつての武士たちも、実はよく泣いています。 泣くことは弱さではなく、深い慈しみや感情の現れであり、今よりもずっと社会的に許容されていたのかもしれません。


フィンランドは自然条件が厳しい国です。

フィンランドの冬は日照時間がとても短く、冬の暗さが気分にも影響しやすいため、だからこそ光が特別な意味を持ちます。日光浴や光を取り入れる習慣は、まさに「闇を照らす」知恵と言えます。

そして音楽。
フィンランドの人たちは、普段は内向的と言われる一方で、ヘヴィメタルのような激しい音で感情を外へ放つ文化もあるのが特徴です。心の叫びを音に乗せることも、心の闇を解消するひとつの方法となっています。


また、フィンランドではキャンドルや焚き火の灯りを好む文化があります。明かりによって闇を消すのではなく、「闇と一緒に生きるための明かり」なのです。暗さを否定せずに共存しているところが、フィンランドらしいなと思います。

エラマプロジェクト石原と橘おすすめの「心の闇」との付き合い方とは?

橘のおすすめは「抵抗しないこと」

気分が落ちている時に、気分を上げようとすればするほど、苦しくなることがあります。
流れに逆らって泳ぐのはとても大変なことです。

そんな時は、あえて悲しみに身を委ねて、波が過ぎるのを待ちます。

わざと泣ける映画を見て大泣きする、という方法もおすすめです。
泣くことは、心の中の“詰まり”を流す行為でもあると思います。

そもそも日本には、貴族も武士もよく泣く「涙の文化」がありますしね。

石原のおすすめは「素の自分に戻ること」

サウナや温泉のあと、外気に当たることをおすすめします。

裸という“役割を脱いだ状態”で風を受けると、心身がフラットに戻る感じがするのです。

これはフィンランド的な「自然の中で自分に戻る」という知恵につながります。

もしサウナが難しければ、夜に短い散歩でもいい。窓を開けて深呼吸でもいい。“自然の温度”を体に入れると、思考がいったん静かになります。

おわりに~闇は消すものじゃなく、扱い方を覚えるもの~

日本とフィンランドは、どちらも内省の時間を大切にしたり、芸術を通して感情を表現することによって、心の闇と向き合っていることが分かりました。

ここから見えてくるのは、心の闇との向き合い方は一つではないということ。
心の闇は、排除する“敵”ではなく、それぞれの文化の中で形作られてきた「付き合い方」があるのですね。

心の闇と向き合う際、今までの自分のやり方がしっくりと来ていない方は、他の文化の習慣を取り入れてみるのも良いですね。それだけで心の闇は“扱えるもの”に変わっていくのかもしれません。

編集後記

私は、自分の思考の癖として、つい「自分は~せねばならない」「~すべきだ」という考え方に引っ張られてしまい、知らず知らずのうちに自分を苦しめてしまうことがあります。

それは「心の闇」というテーマに向き合う時も同じで、「心の闇と向き合わねば」「向き合うべきだ」と考えてしまったら、きっとそれだけで、かなりしんどくなってしまいそうです。

今回、心の闇の解消法にも触れましたが、「心の闇を解消しなきゃ」と力むよりも、まずは、あるがままに受け止めること。
それが何より大切なのだと、改めて感じました。

日本人は真面目な人が多い、とよく言われますが、少し肩の力を抜いて、ほどほどの距離感で付き合う。
そのくらいが、心の闇と向き合うには、ちょうどいいのかもしれませんね。

(執筆:橘茉里)

平素はエラマプロジェクトの活動にあたたかいご関心をお寄せいただき、誠にありがとうございます。

2025年も、皆様と共に「エラマ(人生・生)」について考え、対話を重ねる豊かな時間を過ごせましたことに、心より感謝申し上げます。

誠に勝手ながら、エラマプロジェクトでは下記の期間を年末年始休業とさせていただきます。

【休業期間】
2025年12月27日(土)〜 2026年1月4日(日)

※休業期間中にいただきましたお問い合わせにつきましては、2026年1月5日(月)以降、順次対応させていただきます。

皆様にはご不便をおかけいたしますが、何卒ご理解のほどお願い申し上げます。

来る2026年も、皆様の人生に彩りを添える活動ができるよう、メンバー一同尽力してまいります。
新しい年が、皆様にとって健やかで幸多き一年となりますように。

エラマプロジェクト事務局

こんにちは、エラマプロジェクト代表の石原侑美です。
先日、沖縄県で開催された教育と共創の祭典「LEAP DAY 2025」に登壇してきました。

本日はその登壇の様子と、イベントを通じて改めて感じた「エラマが社会に届けるべきメッセージ」についてレポートします。

熱気あふれる「LEAP DAY」の舞台

LEAP DAYは、沖縄発の人財育成プログラム「Ryukyu frogs」などが中心となって開催される、西日本最大級のソーシャルイベントです。

会場には、社会課題の解決に挑む学生たちのピッチや、企業・教育関係者の対話が溢れており、未来を拓こうとする熱気(エネルギー)に圧倒されました。

焚き火を囲んで語った「心理的安全性」

私が登壇したのは「経済格差や教育格差から社会分断を起こさないために――北欧から学ぶ未来教育」というセッションです。


ステージにはなんと「焚き火台」が用意され、炎の揺らぎ(の演出)を感じながら、リラックスした雰囲気で対話をすることができました。


このセッションで、私が特に伝えたかったフィンランドの価値観が2つあります。


1. 「失敗」は評価ではなく「情報」である
日本では「失敗=恥ずかしいこと、評価が下がるもの」と捉えられがちです。しかし、フィンランドの教育やスタートアップの現場では、失敗は単なる「ファクト(事実)」であり、「この方法ではうまくいかないという情報が得られた」とポジティブに変換されます。

次へ進むためのデータに過ぎないのだから、恐れずに挑戦しよう、というメッセージです。


2. 「悩めば森に行けばいい」
どれだけ高く飛躍(LEAP)しようとする人にも、羽を休める場所は必要です。

フィンランドには「悩んだら森へ行け」という言葉があります。社会の中に、誰もが素の自分に戻れる「森」のような心理的安全性があることが、挑戦を支える土台になるのです。


この言葉を紹介した際、会場の空気がふっと緩み、多くの方が頷いてくださったのが印象的でした。


【追記】私自身が「失敗」を実践しました(笑)
さて、当日の様子をジャーナリストの堀潤さんに取材していただき、動画が公開されたのですが……ここで一つ、私自身が「失敗は情報である」を体現する出来事がありました。
動画内で興奮のあまり、フィンランド語の単語の説明を混同してしまいました。

動画では「Sentakki(センタッキ)」を「そもそも」という意味で紹介していますが、正しくは以下の通りです。
誤: Sentakki = そもそも
正: Sen takia(センタキア) = だから/そのために
※「そもそも」と言いたかった場合は「Alun perin(アルン ペリン)」などが適切でした。
専門家としてお恥ずかしい限りですが、頭の中の「だからこそ、本質は…」という思考と言葉が混ざってしまったようです。

まさに「失敗は情報」。このミスも隠さずに、「人間だもの、間違えることもある」というエラマ流のスタンスで、訂正させていただきます。(動画はそのままの熱量を楽しんでいただければ幸いです!)

誰もが対等に話せる「場」をつくる

フィンランドでは「デモクラシー(民主主義)」という言葉が、政治だけでなく日常の中で「一人ひとりが対等に話せる空気感」として使われます。
沖縄の熱いエネルギーの中で、エラマが大切にしている「対話」や「余白」の価値をお伝えできたこと、そして私自身も多くの刺激をいただいたことに感謝しています。
これからもエラマプロジェクトは、日本社会の中に「森」のような場所を増やしていきたいと思います。


▼ 当日の取材記事はこちら(Yahoo!ニュース)
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/a95aad516b312b7acf9fb653233ca7670a814218?brid=Ko3y8-rxO13JM106o735ZA


▼ LEAP DAY 2025 公式サイト
https://2025.leapday.jp/

2025.12.18 / レポート

こんにちは、Elämä(エラマ)プロジェクト事務局です。

昨日、12月17日(水)。
12月の沖縄の風はまだ温かく、心地よい夜に『人生の質が変わる「フィンランドの働き方」講座 〜ウェルビーイングな働き方と教育/2025年現地レポート〜』を開催いたしました。

会場は、沖縄県市町村自治会館。
おかげさまで、今回は【満席御礼】での開催となりました。

師走のお忙しい中、会場に足を運んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
今回は、熱気あふれる当日の様子をレポートします。

沖縄の方々の「熱量」が半端じゃなかった

今回の講座で、私たち運営チームが一番驚き、そして感動したのは、参加者の皆様の「熱量」です。

講座が始まると同時に、会場の空気が一変しました。
講師である石原侑美が語る、2025年最新のフィンランド現地の様子、教育現場のリアル、そしてウェルビーイングな生き方のヒント。

それら一つひとつに対し、皆さんが深く頷き、メモを取り、食い入るような眼差しで聞いてくださる姿がありました。
ただの「情報収集」ではなく、「自分たちの暮らしや人生にどう活かせるか」を真剣に模索しているエネルギーが、ひしひしと伝わってきました。

「フィンランドの話」から「自分の人生の話」へ

講座終了後の光景も、とても印象的でした。
通常、講座が終わるとすぐに帰路につかれる方も多いものですが、今回は質疑応答やコメントを求める列が、しばらく途切れませんでした。

「どうしても一言、感想を伝えたい」
「今の自分の悩みと照らし合わせて質問したい」

そんな思いを持って並んでくださる方一人ひとりと、言葉を交わす時間。それはまさに、エラマが大切にしている「対話」の時間そのものでした。

参加者の皆様からは、運営冥利に尽きる嬉しいお声をたくさんいただきました。

この「フィンランドの話かと思ったら、自分の人生を見直すきっかけになった」というご感想は、私たちエラマプロジェクトが一番伝えたい本質を受け取っていただけたようで、胸が熱くなりました。

フィンランドはあくまでヒント。「主役」は、参加された皆様一人ひとりの「Elämä(人生)」だからです。

沖縄での継続開催を願って

また、会場では「ぜひ、また沖縄で継続的に開催してほしい」という、大変ありがたいご要望もいただきました。

ゆったりとした時間の流れ、豊かな自然、そして人々の温かさ。
沖縄という土地は、北欧フィンランドのライフスタイルや考え方と、とても親和性が高いと感じています。

今回の講座で生まれたつながりを大切に、エラマプロジェクトとして、また必ずこの場所に戻ってきたいと強く思いました。

沖縄の皆様、素晴らしい時間を本当にありがとうございました。
Kiitos!(キートス!)

Elämä(エラマ)プロジェクト
私たちは、フィンランドの文化をヒントに、「“わたしの人生”を生きる実感」を育むための学びと対話の場を届けています。

次回のイベント情報は、下記のエラマの学校ページからゲットしてください。

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