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Elämäプロジェクト

邪気払いとデトックスは似ている!?

こんにちは。エラマプロジェクトの和文化担当、橘茉里です。

2023年がスタートしました。新しい年の始まりって、なんだか清々しい気持ちがしますね。

では、どうして新年は清々しい感じがするのでしょう?

きっと様々な理由があると思いますが、日本文化の観点から見ると、世の中に溜まった穢れや邪気が祓い清められ、浄化されたからと言えます。

昔の人たちは、月日が経つことで世の中に穢れや邪気が蓄積していくと考えていました。そこで季節の変わり目には、邪気払いの行事を行っていました。節分や節句なども、元々は邪気払いの意味合いが強い行事です。

さて、1年の終わりである大晦日にも邪気は溜まっているわけです。そこで朝廷では、疫病や災害の原因となる悪鬼を追い払うために「追儺(ついな)」という儀式を行ったり、浄化を祈願するために「大祓(おおはらえ)」という神事を行ったりしてきました。

鬼を追い払う「追儺」は、後に民間に広まり、節分の豆まきへと繋がっていきます。そして「大祓」は、現在でも宮中祭祀として受け継がれている他、全国の神社で神事として執り行われています。

こうやって旧年の穢れや邪気を祓い清めるからこそ、新しい年は清浄な気配に包まれているわけです。

邪気払いって、なんだかデトックスみたいですね。

世の中に溜まった邪気を祓い清めることと、体内に溜まった毒素や老廃物を排出するデトックス。似ていませんか?

ところでデトックスと言えば、身体的なデトックスだけでなく、心のデトックスも大切だなぁと感じます。

日々のモヤモヤやイライラ、傷ついたこと、悲しかったこと。心の底に重く冷たく蓄積していくそれらを放置していると、そのうち心は疲弊してしまいます。

この世にはびこる穢れや邪気がやがて疫病や災害をもたらすように、心に溜まった毒素は、いずれ私たちの心身を蝕みます。

そうなる前に、心のデトックスが必要です。

季節の変わり目に邪気払いをするように、心に溜まったよどみは定期的に綺麗にしてあげなくては!

ということで、今回は私の体験と古典作品を元に、心のデトックスについて考えていきます。

感動の涙は抜群のデトックス効果あり!

元来、私はネガティブ思考が強く、鬱々を溜め込みやすいので、心を軽くするために色んなことを試してきました。

ゆっくりお風呂に入る、心地よい音楽や香りを感じる、美味しいものを食べる、緑の多い公園を散歩をする、などなど。

その中で、私にとって効果的なのは「泣くこと」でした。

涙を流すことで、心の中のドロドロが洗い流され、とてもすっきりした気持ちになるのです。

ここで言う「泣くこと」とは、何かつらいこと、悲しいことがあったから泣いてしまったという涙ではなく、感動の涙や心を浄化させるような温かな涙のことです。

私は涙もろい人間で、些細なことでも涙が出てきます。

最近は、勤務先の高校で生徒たちの合唱を聞き、目頭が熱くなりましたし(仕事中なのでこらえましたが)、YouTubeで保護犬猫の動画を見てぽろぽろ涙が出ました。

本を読んだり、映画を見たりしてもよく泣きます。

私は国語教師なので、つい物語を考察しながら鑑賞してしまうのですが、「この後の展開はきっとこうでしょ」「これは観客を泣かせる流れでしょ」と分かっていて、頭の中で冷静に物語を批評している自分がいるのにも関わらず、感動してまんまと泣いてしまいます。

こういう時、頭と心は別物だなぁと実感します。そして、いくら頭が冷静に努めようとも、心の動きは止まらないんだなぁと思います。

そうやって心の赴くままに涙を流すと、気持ちが軽くなっていることに気づきます。

さて、あなたは泣くことについてどう思いますか?

「いい大人が泣くなんてみっともない」

「そう簡単に涙を見せるもんじゃない」

「あの子ってすぐ泣いてずるいわよね」

泣くこと、涙を見せることに関しては、このような否定的な意見もあるでしょう。

涙をぐっと堪えて耐え忍ぶことこそ美しいという考えもあります。

それはそれで素晴らしい価値観です。

ただ、そういう耐え忍ぶ美徳だけが日本文化ではありません。古典作品を紐解くと、実は日本人ってけっこう情動的に泣いていたりするんです。

古典では帝もイケメンも、武士だって泣く

古典の中には、数多くの涙の表現が登場します。

例えば『源氏物語』。

『源氏物語』は現代の漫画家によって漫画化していますが、主人公があまりにもよく涙をこぼすので、現代人の感覚になじむように漫画では笑ったり、違う感情表現に変えたりしているそうです。(榎本正純『涙の美学―日本の古典と文化への架橋―』より)

また、古典では涙で衣の袖が濡れることを意味する「袖の涙」という表現がよく出てきますが、日本文学研究者のツベタナ・クリステワ氏によると、自身が『とはずがたり』という作品をブルガリア語訳した際、「袖の涙」に関して読者からこんな質問が頻出したそうです。

「昔の日本人は、女も男も、どうして絶え間なく涙を流していたのだろうか。お化粧をしていたらしいのに。それに、いくら濡れても濡れきらないあの袖は、タオルのような生地でできていたのだろうか」(ツベタナ・クリステワ『涙の詩学』より)

袖の素材は絹で、もちろんタオル生地ではありません(笑)

ただ、外国の読者がそんな風に思うほど、日本の古典作品には涙の表現が多いのですね。

そして現代では、女性よりも男性の方が泣かないイメージがありますが、古典では男性もよく泣いているので、いくつかの例をご紹介しましょう。

◆『源氏物語』「紅葉賀」より

光源氏が18歳くらいの頃。源氏は、宮中で青海波という舞を舞いました。そのあまりの見事さに、ご覧になっていた帝は涙を拭い、他の上級貴族や皇族たちもお泣きになりました。

原文では、「おもしろくあはれなる」様子に涙したと書かれています。つまり悲しいからではなく、感動したから泣いています。

「あはれ」という単語は、古典の授業で習った方も多いと思いますが、喜怒哀楽から生じる深い感動を表わす語です。源氏の舞によって、天皇までもが感動の涙を流しているのです。

◆『伊勢物語』「東下り」より

教科書にも載っている場面なので、ご存知の方も多いでしょう。

主人公の男(平安時代きっての色男、在原業平がモデルとされる)は、自分なんて役に立たない人間だと思い悩み、友を連れ、京を離れて東国に向かいます。その道中、男が都にいる妻を想う和歌を詠むと、一緒にいた人たちはみな涙を流すのです。

しかもちょうどご飯時。乾飯(かれいい)というご飯を乾燥させた携帯食を食べていた際にみんな泣き出してしまったものだから、涙で乾飯がふやけてしまうというオチがついています。

この2つの例では、舞や和歌に深く感じ入ったために泣いています。

彼らは繊細な感受性を持っていて、感情のままに涙することを恥じていませんし、周りの人たちも変だと思っていません。

フィクションだからでしょ?と思われるかもしれませんが、こんな風に泣くことを良しとする文化があったからこそ、このような描写が生まれるわけです。

では武士はどうだったのでしょうか?

さすがに武士は芸術では泣かないかと思いきや、『平家物語』には、祇王という白拍子(女芸者のこと)の歌を聞いて、その場にたくさん並んでいた平家一門の男たちが感動の涙を流すという場面があるんです。

また、『平家物語』に登場する武将は、戦の場面でさえ敵を思って涙を流します。

◆『平家物語』「敦盛最期」より

源氏の熊谷直実は、自分の子ほどの年齢の、見目麗しい平家の若武者である平敦盛と一騎打ちになります。なんとか命を助けてあげたいと思った熊谷ですが、状況がそれを許さず、熊谷は泣く泣く敦盛の首を討ち取ります。戦いの最中から涙を抑えて戦っていた熊谷ですが、討ち取った後、敦盛のことを思い、袖に顔を押し当ててさめざめと泣くのです。

立派な武将ですら、こんな風に泣いています。

日本の古典では、現代人よりもずっと素直に、泣きたい時は心のままに泣いているんです。(もちろん、涙をぐっと堪えている場合もありますが)。

心が動いたら、思うままに泣いてみよう

私は拍手を聞くと、涙が出ます。

何かの舞台を観に行ったとして、観客たちが拍手を送っているのを見ると、泣きたくなるのです。観客たちの感動が、拍手を通して伝わってくるからです。

他には、電車内で若者がお年寄りに親切にしている姿を見ても、なんだか泣きたくなります。

このように、私は感動泣きが得意です。そんなところは平安貴族と似ているかもしれません。

泣くことは心のデトックスになると前述しましたが、感動泣きをすると心が満たされた気分になるので、デトックス以上の効果がある気がします。

だから、現代人はもっと感動泣きをやったらいいんじゃないかなと思います。

平安貴族が歌舞に感動して涙を流していたように、私たちも美しいものや素晴らしいものに触れて心が動いたならば、そのまま泣いてみてはどうでしょうか?

現代人は、さすがに和歌を聞いて泣くのは無理だと思うので、本や映画、音楽など、自分の心に引っかかるものを探すと良いですね。私も「泣ける本」「泣ける映画」をネット検索することがあります。

泣くことに慣れていない方は、そうやって心が動きそうなものを少しずつ試してみてはいかがでしょうか?

涙の後には、きっと心の豊かさが感じられるはずです。

Text by 橘茉里(和えらま共同代表/和の文化を五感で楽しむ講座主宰/国語教師/香司)

みなさま、あけましておめでとうございます!

2023年の幕開けです。

いろんなことがあったここ数年。「なんだか疲れちゃったよ…」な人や「今年こそ!」と息巻いている人もいるかもしれません。

とはいえ、いろんなことがない年なんて果たしてあっただろうかと思う自分もいます。だからこそ、毎年毎年わたしたちは「今年の目標」的なものを立てちゃったりするのです。

というわけで、新年1本目のよむエラマは、ライターズのみなさんの今年の決意表明を聞いてみたいと思います!

「そんなこと言って、3日経ったら忘れてるんじゃないの?」とお思いでしょうか。

ええ、そうかもしれません。

だからこそわたしたちはここに書き留めておくのですっ!

それではいってみましょう!

いけかよは2023年を「スクスク期」にしたい!

2022年は、いけかよにとってはなんだかいろんなことが動き出してたくさんの変革があった年。後から考えると「あのときが転機だったかも」と思うかもしれない1年でした。

新しい仕事、新しい仲間、そして新しい自分、新しい生活サイクルなどなど、いろんな新しいものに出会ったのですが、それらを今年はもうちょっと成長させていけたらと思っているのです。

たとえば、お仕事だと、今までとはぜんぜん違うものに出会いました。その1つはなんの因果か「漫画の編集者」というもの。キャラクター、あらすじ、見せ所とオチを考え、読み手に「読んでよかった」と思ってもらわなければいけない。

自分自身が物書きの端くれとして活動を始めて数年、しかしフィクションを描いたことはなかったうえに、すっかり漫画や小説から離れてしまって久しい。

とはいえ、実は学生時代は漫画家志望だったんです。その夢が25年の時を経て叶うとは、人生ってわからんもんやな…なんてしみじみしている余裕なんてないくらい引き出しがなくって焦っています(汗)

ほんっっとうに、物語を作るって奥が深くて難しすぎる…!!

今や、タダで読めるほど世に溢れる膨大な種類の漫画。その1つ1つが、作家や漫画家や編集者の魂の結晶だと思うと、その尊さに目眩がしそうです。

でも、そんな世界に少しだけ足を踏み込んだわたし。ほんとに予測なんてしてなかったことですが、ここはひとつ頑張ってその世界にハマってみたいと思います!

pieniの2023年は「目標に向かって進む心づくり」をしたい!

新年おめでとうございます。

エラマライターpieniです、今年もよろしくお願いいたします。

さて、皆様は2023年どんな気持ちでスタートされたでしょうか。

わたくしピエニは今年2回目の成人式(40歳)を迎えます。

そこで人生の新たなスタートを切る気持ちで、分厚い皮をむいたらつるっと白いライチのように心をリニューアルさせたいなと思っています。

具体的には何をするの?かといいますと

「3回目の成人式60歳へ向かっての目標を立てること」

「その目標に向かって諦めずに進む心づくり」

この2点を大切にしたいと思っています。

というのも私はやってみたい!と思うことがわんさか浮かぶタイプなのですが、いざスタートしてみるものの途中で苦手なことや問題に出会うと「もうだめだ〜嫌だ〜出来ない〜」と逃げたくなる心だったり、諦めの声を出してしまう癖があります…。

これが自分でも嫌だった。

常に100%前向きで毎日明るい!というのは聖人君子でもないし、時には泣き言も言いたくなるのが人間だと思います。

けれど自分でやると決めて始めたことに対して、壁にぶつかった時、よいしょと乗りこえる方法も探さず、嫌になってただただ自らケチをつけてしまう。そんなことをした時に自己嫌悪に陥ったり、自信を無くしたりと、なんだか負の一人劇場を繰り広げていたことに気が付きました…。さらに人との信頼関係を自ら切っていたんだなという恐ろしいことにも…。

とはいえ、長年培ってしまった心の癖なので「諦め」が出てきたときは、2023年一番初めのこの記事を読み返し「そうそう!今年は目標に向かって進む心を作るんだよね、なんでやろうと思ったんだっけ?どうやったらできるんだろう?どうやったら楽しく進めるかな?」と初心を思い出すようにして邁進いたします。

2023年の目標は、よむエラマの本体、Elämä(エラマ)プロジェクトのコンセプト「わたし」の「豊かで幸せな生き方」をデザインすることにも繋がっていくことだなと感じているpieniでした!

橘茉里は「ある」を感じる2023年にしたい!

私が「高校教師」×「香司(お香の調合師)」×「和文化伝道師」というパラレルな働き方を始めて3年。2023年は4年目に突入します。

私生活では2021年、2022年に1匹ずつ猫をお迎えして、最愛のお猫様2匹と暮らしています。

私の日常はたくさんの幸せから成っています。

しかし、気を抜くとつい、自分が持っていないものに目が行ってしまうのです。それは能力、経験、持ち物、人間関係など多岐にわたり、持っていない自分を劣っているように感じ、自己肯定感をズドンと下げてしまいます。

持っていないという意識があるからこそ、なんとか得ようと頑張れるという面は確かにあります。でもそのやり方ってしんどい。努力してひとつの「ない」を「ある」に変えても、すぐに次の「ない」が浮かんでくるんです。

それはそうですよね。全ての「ない」が解消されるなんて不可能。

そして問題なのは、「ない」に意識を向けている間、私がすでに持っているものは、私自身からすっかりないがしろにされているということ。自分が持っているものに目を向けず、ないものねだりばかりしていたら、苦しいのは当たり前です。

ここまで分かっていても、油断すると「ない」に目が行ってしまうのだから本当に厄介。だから2023年は、ないものを追い求めるのではなく、すでにある自分の幸せや価値を大切にできるように、「ある」を感じる年にしていきたいものです。

希望あふれる日々になりますよう

いかがでしたか?

新年の目標なんて、立ててから一瞬後の仕事初めくらいにはすでに意識からこぼれおちているいけかよですが、しかしそんな自分をも受け止めて、日々を愛して行けたらいいなと思っています。

そのためにも、エラマプロジェクトやよむエラマを通じてみなさんや自分自身も応援できたらいいなと思うのです。

2023年も、エラマプロジェクトをどうぞよろしくお願いいたします!

2022年11月13日(日)に「エラマ文化祭〜フィンランドと和文化〜」を岐阜県高山市のウッドフォーラム飛騨にて開催いたしました。エラマ史上初の大規模イベントとなり、関東から関西までの幅広い地域から、オンラインコミュニティ「エラマの森」の会員さんや地元の方など、約160名の方にお越しいただきました。

初開催となるエラマ文化祭のテーマは「フィンランド × 和文化」です。どこか似ている、フィンランドと日本。フィンランドと日本とのつながりを感じてもらえるイベントとなりました。

当日のタイムテーブルはこちらです。

◆フィンランドを感じる

<フィンランドから来日するゲストと交流しよう!&北欧雑貨のエラマセレクトショップ>

フィンランド東部の湖水地方の地方都市「プンカハリュ」から、ナチュラルウェルビーイングの第一人者であるマリ・ペンナネンさんと、妹で写真家のマリアンネ・アホネンさんが来日し、エラマ文化祭に遊びにきてくれました。彼女たちが住む街の紹介や、フィンランドの職人さんたちが作った木工雑貨、マリアンネさんの写真作品のポストカードの販売をしていただきました。

販売ブースには、お客さんが入れ替わり立ち替わり訪れ、マリさんとマリアンネさんと楽しく会話されていました。中には英語で交流したり、日本語で身振り手振りで一生懸命会話したり、普段触れる機会がない生のフィンランドの人たちとの交流を楽しまれている様子でした。

「フィンランドの人たちとは、とても話やすく、日本人に似ている!」といった感想や、

「マリさんの話を聞いて、彼女の街”プンカハリュ”がとても魅力的に感じました。来年の春、彼女たちに会いにフィンランドを訪問することに決めました!」

と早速フィンランドに行くことを決意された方がいました。

マリさんとマリアンネさんの商品が人気で、「欲しいと思っていたポストカードが売り切れていた」と声を漏らす参加者もいらっしゃいました。

別のコーナーでは、エラマプロジェクトのメンバーが厳選した北欧雑貨を販売。日本初輸入のブランドや、フィンランドや北欧の職人さんの作品など、「豊かな気持ちになれる」をテーマに厳選したアイテムがありました。

そのほか会場では、地元高山のコーヒー屋さん「Falo Coffee Brewers」の出店と、エラマの人気オンラインコンテンツ「哲学バー」のリアル版「哲学カフェ」があり、北欧雑貨に触れながらも、コーヒーを飲みながらゆっくり対話ができる空間になっていました。

よくイベントにみられるバタバタした雰囲気ではなく、程よくお客さんはいつつ、会場内にはコーヒーの香りと対話できるゆったりした時間が流れ、お客さんの滞在時間が長いことも特徴でした。

<フィンランドと中継で繋ぐ!ライブ対談「豊かさとはなにか」>

「豊かさとは何か」というエラマプロジェクトのコンセプトをメインの問いにして、

 フィンランドのライフデザインコーチのミッラ・クンプライネン
 (フィンランドからオンライン出演)

  ×

 フィンランド生涯教育研究家の石原侑美
(会場で司会。エラマプロジェクト代表)

の公開対談を行いました。

ミッラさんの豊かな日本語表現で、参加者を巻き込んだ深い対話が始まりました。

会場入ってすぐのメインステージで行われた対談ではいくつかの観客席を用意し、それ以外の方は立見で参加されていました。

当初は石原とミッラの二者対談の予定でしたが、「フィンランドの幸福度の高さについて、フィンランドの人たちに直接聞きたい!」というモチベーションで長野県からお越しになった参加者のお一人に急遽出演していただくこととなりました。

「フィンランドの職場では、周りより早く退社しづらい雰囲気にはならないですか?」

「そもそもどうやって休んだらいいんだろう」

「私は休むと生活リズムが崩れてしまう。でも休むことが必要なのは感じる。生きるってなんだろうか」

働くこと、休むこと、生きることについてフィンランドと日本のクロス対話になり、石原によるフィンランドの文化的解説を挟み、他の参加者さんの意見を聞きながら大きな対話の輪ができました。

最後に、ミッラさんからのメッセージで締めくくられました。

「自分の人生をどう過ごしたいか、自分の命をどう使いたいか、自分に向き合って考えよう。自分に合ったやり方やペースで、具体的な活動に落とし込んでいけばいい」

まさに、豊かな生き方を考える場、エラマが実写化されたような場になり、最後はミッラさんから大きな宿題をもらったような気持ちになりました。

<モルック体験>

当日のお天気はあいにくの雨予報。しかしイベント開始直後はまだ、雨が降っておらず、「泣き出しそうな空」とも言えそうな、灰色の雲が空を覆っていました。お越しいただいた来場者から、「これをやってみたくて、今日は来たのよ〜!」と言わせたモルックを、雨が降る前にやってみましょう!

ボーリングみたいに、ポイントが書かれたピンを並べて2メートル離れたところから、棒を投げます。えいっ!

倒れたピンは倒れた場所にそのまま立て直します。

2本以上倒れた場合、倒れたピンの数がポイントとなります。1本だけ倒れた場合は、倒れたピンに書かれているポイントが入ります。11と書かれたピンを1本だけ倒すと、11ポイントです。50ポイントに到達した人が勝ちます。

他にも細かいルールはあるのですが、プレーする人は投げるだけなので、老若男女どんな人でも楽しめそうです。審判には、ポイントの計算で暗算能力が試されますので、今回は地元の中学生にお願いしました。

最初はあまり乗り気でなかったブルーのジャケットを着た彼は、1試合終わったあと、もう1回やる!って言ってました。

◆日本を感じる

<国語×吟剣詩舞>

20人ほどの参加者が和室で待っていたら、見城星梅月さんの舞が始まりました。優美で美しい所作ですが、どことなく物悲しい雰囲気が伝わります。彼女にはいったいどんな情景が見えているのでしょうか。

舞の後、踊り手である星梅月さんが、まずは「吟剣詩舞」について説明くださいました。「吟詠(ぎんえい)」と、吟詠に合わせて舞う「剣詩舞」の総称で、さらに、「剣舞」と「詩舞」があるのだそうです。今回は「詩舞」であり、女性でも男袴を着用して、詩に描かれた情景を踊ります、ということでした。

続いて、現役国語教師でもあり、エラマプロジェクトの和文化エバンジェリスト・橘茉里から、今回の舞のテーマが語られました。今回は、「かぐや姫」こと「竹取物語」の中から、かぐや姫から不死の薬を渡された帝が詠んだ和歌をモチーフとして選んだ、ということでした。

そして、ふたたび星梅月さんが、見どころを解説してくださいました。

白い衣をかぐや姫に見立てているので、星梅月さんが演じる帝の衣の扱いを見てほしいこと、かぐや姫と二度度会えなくなってしまった帝が幻想を見るほどに、彼女を想っている心情を想像してほしい、ということでした。

そして、同じ舞がふたたび踊られました。竹取物語の作品の解説と、見どころを聞いた後では、伝わってくるものが全然変わりました。参加者にも、帝の感情がより深く伝わっているようでした。

2回目の舞の後、自分が感じたことを周りの方と共有してください、というのがエラマ的でした。自分が見たこと、感じたことをアウトプットして、相手のアウトプットを聞いて、また新たに気づくことがあります。このように「学び」と「対話」の場を設けているのがエラマ文化祭の特徴です。

終了後、見城星梅月さんにお話を伺いました。

「今回のようなワークショップでは、1回目は事前情報なしで舞を見てもらい、2回目には、鑑賞ポイントを伝えてからもう一度見てもらっているんです。漢詩や和歌とコラボした舞をやりたかったところに、橘さんから声をかけていただいたので、これからも続けていきたいです。」

<和室遊び場>

フィンランドのカードゲームや、日本のトランプや折り紙などが置かれており、参加者のみなさんの交流場所になっているようでした。

写真では、地元の中学生と人生の先輩方が一緒にオセロをやっています。どちらも真剣です。ちなみに、今日初めて会った人たち同士なんですって。…黒が有利かな?

<KOIVU木工スプーン作りワークショップ>

会場2階のエラマ図書館の一角で、KOIVUの鈴木岳人さんによる木製のスプーン作りワークショップが開催されていました。KOIVUとはフィンランド語で「白樺」という意味だそうです。フィンランドで木工留学された鈴木さんの木工家具に囲まれた空間で、木と対話しながらもくもくと作業に集中されていました。

<己書体験ワークショップ>

己書(おのれしょ)とは、自分だけの書という意味なんだそうです。今回は「楽」や「心」、「笑」などの字を普段とは完全に逆の方向から書く、という脳みそ大混乱のワークショップです。点はぐるぐると大きな丸に、縦の棒は下から上に、横の棒は右から左に書くという「学校で習った書き順や書き方を忘れる」と教えていただいたのですが、これまでのマインドセットを壊すのは簡単ではありませんね。「文字として綺麗に書かなければならない」という強迫観念がないので、本当に自由に文字を書くことができる体験だったと感じます。

◆フィンランド×和文化

<日本のお香×フィンランドの森・瞑想ワークショップ>

お香をつくる香司・橘茉里が今回のイベントのために調合した日本の伝統的なお香を焚きながら、フィンランドのライフデザインコーチであるミッラ・クンプライネンさんによるフィンランドの森のガイド付きの瞑想タイムです。

森を感じてもらえるように、ヒバの練香を温めて利用していました。練香を温めて利用するのは、平安時代の貴族の間でも行われていたそうです。途中で柑橘系の香りのスプレーで香りの変化もありました。

参加者が目を瞑ったら、呼吸を整えるところから始まりました。そして、フィンランドの森へ入っていきます。ミッラさんの落ち着いた穏やかな声で、「今、どんな香りがするか」「どんな気持ちを感じているか」「足元はどんな感じか、やわらかいのか、かたいのか」などの問いかけとともに、それぞれの参加者が、自分の中にフィンランドの森を創造していくような瞑想でした。

ミッラさんは動画での出演でしたが、自然と触れ合うことの大切さを伝えてくれました。「必要としない気持ち(イライラや疲れ)を大空に解放する」という言葉が印象的でした。

11人の参加者が1時間弱の瞑想を楽しみ、出口では森の匂い袋をもらって和室を後にしました。

<フィンランド×和文化パフォーマンス>

イベントの最後はメインステージにて、和室で吟剣詩舞に出演いただいた見城星梅月さんの舞がスタート。

主催のエラマプロジェクト石原侑美いわく、「エラマ文化祭のテーマであるフィンランドと和文化の融合の芸術的な実験」と位置付け企画したパフォーマンスです。。

内容は、フィンランド出身のプロのアカペラグループ「ラヤトン」の曲に合わせて、星梅月さんが日本の伝統芸能のスタイルで舞うというものです。

フィンランドの音楽と日本の伝統芸能の舞は合うのか?

優しい曲調でフィンランド語のラヤトンの音楽が流れ始め、星梅月さんが舞い始めた瞬間、来場者も、フィンランドから来日したゲストも、ぐっとパフォーマンスに引き込まれます。観劇していた5歳の女の子も一歩も動かずじっと星梅月さんを見ています。

一般的にイメージする日舞的な女性らしい曲線的な舞ではなく、星梅月さんが舞う吟剣詩舞の特徴は、男性的な勇ましい直線的な表現です。その勇ましい表現が、フィンランドや日本に共通する雄大な自然を表現し、フィンランドと日本の豊かさを感じる唯一無二のパフォーマンスとなりました。

また、青と白を基調にした星梅月さんの扇や着物が、どことなくフィンランドを感じさせます。

見ていたお客さんからも拍手喝采で、フィンランドのことをあまり知らずにふとイベントに立ち寄っていただいたある来場者さんがから、「このパフォーマンスをきっかけに、フィンランドにとても興味を持ち、イベント当日にラヤトンの曲をダウンロードしました」と後日メッセージをいただきました。

フィンランドから来日したマリ・ペンナネンさんは、

「フィンランド人と日本人は繋がりがあり、似ている。現代に生きるフィンランド人が忘れた、自分たちの繊細さや美しさ、魂が重なり合ってるのを感じた」

と感想を共有してくれました。

このパフォーマンスを通じて、フィンランドの人たちも、私たち日本の人たちも、確かにフィンランドと日本のつながりを感じる時間となりました。

星梅月さんのパフォーマンスは至近距離で鑑賞するスタイル

◆参加者の声

参加者の方に、今回のイベントの感想を伺いました。

「哲学カフェで、世界で一番強い人って誰だろう?」っていうテーマで話した際に、自分は物理的に強い人という想像しかなかったけど、「赤ちゃんじゃないか」という話になり、思ってもみない答えが出てきたが納得できた。「物の貸し借りはいいのに、お金の貸し借りはなんでダメなんだろう?」というテーマも普段考えたことがないことで、新鮮だった」

「モルックに初めて挑戦したけど、やってみたら、楽しかった!」

「まず高山に来れたことが嬉しい!マリアンネさんの写真も実際に見ることができたし、コーヒーを飲みながら哲学カフェに参加して、星梅月さんの舞では、感情と美しさが見れたし、来てよかったです」

「星梅月さんのアドリブパフォーマンスを近くで見ることができて感動した」

「今日のライブ対談で、『ミッラさんが”仕事と休みとだけの人生ではなく…』とおっしゃった瞬間に、あちゃー、僕のことだと思いました。僕なりに仕事と休みのバランスを考えてきたつもりですが、日本社会で出世や働くことが評価された時代を生きてきたので、まだまだ豊かな人生とは程遠いなと思いました。でも、若い方々がこうやって生きることに真剣に向き合って対話している姿を見て、僕自身もまたゆっくり考えていきたいなと思えました」

“フィンランドと日本は似ている”にとどまらない

エラマプロジェクトでは、これまで「フィンランドと和文化のつながり」について、ウェビナーやWebメディアで発信してきました。ヨーロッパのフィンランドとアジアの日本が似ているのは意外だと思われる方もいらっしゃいますが、昨今のサウナブームやムーミンの人気、フィンランドのライフスタイルや教育・福祉への注目を見ると、フィンランドへの憧れだけではなく、どこか日本や自分たちの文化に近いという感覚があるからではないでしょうか。

今回のエラマ文化祭では、リアルにフィンランドの人たちと触れたり、芸術を融合させることでフィンランドと和文化のつながりを感じるプログラムがたくさんありました。

けれど、フィンランドと和文化のつながりを感じることは、ただの通過点にすぎません。そのつながりを感じた上で、豊かに生きることを考える、対話が生まれる、これがエラマが実現したいことです。

そういった意味で、エラマ文化祭はまさに豊かに生きることを考えたり、他人や自分、自然と対話できる環境だったのではないでしょうか。

雨が降りしきる中、ある人は1日中会場に留まり、芸術鑑賞や他人との対話、エラマ図書館で本を読みながらゆっくりと時間を過ごされていました。

テンションの高い興奮した「楽しい」ではなく、一人ひとりがゆっくりと長く滞在し、穏やかで豊かな「楽しい」を感じていただいた1日でした。

多くの方にお越しいただき、ありがとうございました。また、本イベント開催にご協力いただいた皆様に改めて感謝申し上げます。

穏やかで豊かな「楽しい」を感じていただけるイベントをこれからも開催したいと思いますので、エラマプロジェクトにどうぞご期待ください!

Text by 石原侑美(エラマプロジェクト代表)、ひらみなおこ(ふつうの会社員)

2022年10月26日(水)中日新聞飛騨版

11/13(日)岐阜・飛騨高山で開催のエラマ文化祭について、本日(2022年10月26日)の中日新聞に掲載されました。

10月某日、エラマ図書館にて中日新聞の記者さんにお越しいただき、エラマプロジェクト代表石原侑美にインタビューしていただきました。

「意外に似てます 日本とフィンランド」

というタイトルがイベント内容をぎゅっと凝縮していただきました。

Web版の記事はこちら(全文は会員のみ)

エラマ文化祭のチラシ

エラマ文化祭の詳細ページはこちら

2022年11月13日(日)に開催するエラマ文化祭について、プレスリリースを配信しました。

プレスリリースを見る

エラマ図書館の本館は、2022年10月29日〜30日に開催される飛騨の工房めぐりに協賛・出展します。

エラマ図書館の出展情報

◆イベント名:飛騨の工房めぐり
◆日にち:2022年10月29日(土)〜30日(日)
◆場所:ウッドフォーラム飛騨2階
〒506-0102 岐阜県高山市清見町三日町165
◆入場無料

・エラマ図書館で展示しているKOIVUさんのフィンランドインスパイアの飛騨家具の販売があります
・エラマ図書館で、通常通り本が読めます
・フィンランド生涯教育研究家・石原侑美が在廊しています。フィンランドのお話などをお気軽にお話ししましょう!

飛騨の工房めぐりに関する詳細はこちら

10月22日(土)〜23日(日)東京町田市にてエラマ図書館 in 東京・町田が開催されることになりました!
このイベントは、オン/オフラインサロン「エラマの森」の会員さんの佐々木さんによって開催されます。

入場は無料です。
東京や神奈川、関東近郊にお住まいの方はぜひ覗いてください!

一部の時間は、岐阜・飛騨高山のエラマ図書館本館とのリアルタイム中継もつなぎます!

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こんにちは! オン/オフラインサロン「エラマの森」の住民の佐々木です。
この場をお借りして、イベント出店についてお知らせします。

イベント名:生涯学習センターまつり
場所:町田市生涯学習センター 6階 美術工芸室
▼生涯学習センターの施設利用のご案内
町田市ホームページ

日時:2022年10月22日(土)・23日(日)両日10時から17時
サークル名:キルヤスト(フィンランド語で図書館と言う意味です。)

内容:
①エラマ図書館からお借りする、フィンランドにまつわる図書の展示(入場無料)
②ヒンメリづくりのワークショップ (参加料:100円)


※キルヤストの展示は10時から14時までとなっています。
※お越しいただく際は公共交通機関をご利用ください。施設との提携駐車場はありません。

私は、5月のオフ会にてエラマ図書館に行ってきました。日本にはない図書館の空間がとても心地よかったです。この度、エラマ代表の石原侑美さんと町田でも出来ないかと対話を重ね、また良き仲間に恵まれ、実現できることとなりました。初めてのイベント出店等で不安もありますが、仲間と一緒に楽しもうと思います。メンバーはみんな、赤ちゃんから小学生をそれぞれ育てているお母さん方です。 ご来場、お待ちしています。

2022年8月もエラマプロジェクトは講座、イベント、対話、バー、研究会ゼミを積極的に開催します♪
ふと立ち止まる時間としてぜひご参加ください!

おうちでドリンク片手にゆるっと対話する時間

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※対話しながらゆるゆると会話するイベント。
しゃべっても喋らなくてもOKの自由なオンラインイベント。

夏こそ読書感想文を書いて文章力磨き

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※哲学バーのように対話しながら読書感想文を書く
カジュアルなワークショップです

ドリンク片手にゆるっと研究会ゼミに参加

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※一つのテーマをゆるっと探究する対話の時間

オン/オフラインサロン「エラマの森」
会員限定イベント

▲【会員募集中】オン/オフラインサロン「エラマの森」詳細▲
※エラマ代表石原侑美は、現在フィンランドに滞在中。
フィンランドからリアルタイムでレポをお届け!
エラマの森住民(会員)さん限定でお届けします。

全てオンラインで開催

今月は全てオンライン開催です。ご自宅や心地のいい空間からご参加いただけます。

対話ができるイベントをたくさんご用意しました。

オンラインであっても心地の良い時間を提供するため、BGMや写真に拘りながら、皆様のご参加をお待ちしてます!

エラマプロジェクト代表 石原侑美

◆2月の開催カレンダー◆

心地よさを実現する「エラマ図書館」正式オープン

こんにちは。エラマプロジェクト代表の石原侑美(いしはら ゆみ)です。

2022年5月7日から5月31日までのイベントとして岐阜県高山市にあるウッドフォーラム飛騨で「エラマ図書館」を開催しました。その後、期間延長し、6月末までの開催となったのですが、ついに本日2022年7月1日より「エラマ図書館」が常設として正式オープンします(入場無料、事前予約不要)。これまで来館してくださった方々、そしてウッドフォーラム飛騨にこれから訪れる方にも引き続き楽しんでいただけることになりました!。

エラマ図書館では、フィンランドの図書館のエッセンスを取り入れつつ、読書や学習、そしてゆっくり対話する場を提供しています。

場所自体も木の温もりを感じられる建物ですし、北欧スタイルの飛騨家具「KOIVU」さんとコラボレーションして図書館内の一部家具はKOIVUさんが作った家具を使用しています。そちらも体験が可能です。

実はわたしは子どもの頃、本を読むことだけでなく図書館自体が苦手でした。図書館のその雰囲気やもですし「〇〇してはいけない」ということが多かったこともあってので、わたしにとって図書館は閉鎖的なイメージだったんです。

図書館に対する概念がガラッと変わったのはヘルシンキ中央図書館「Oodi(オーディ)」

を見学したことがきっかけでした。

(キャプション:実際のOodiの様子)

Oodiはフィンランド独立100周年を祝うプロジェクトとして2018年12月に開館した図書館です。

エラマプロジェクトでは新型コロナが感染拡大する前まではフィンランドへのツアーも開催していて、こその図書館を訪れる機会がありました。来館者がしゃべっている、寝ている、ごはんを食べている、飲み物を飲んでいる、3Dプリンターでいろいろ作っているなどの光景を目の当たりにして、すごく楽しそうに感じたんです。制限がない様子に図書館に対するイメージが180度変わりました。

ただ単純に制約がないというのとは違って、日本でももちろんそうなんですが、そもそも図書館の存在が人びとの民主主義を象徴するからというのが大きいかと思います。

民主主義とっていうのも、政治的なニュアンスよりはどちらかというと「誰もが自由に自分の意見を言える」とか「自分のやりたいことが実現できる」という意味での民主主義ですね。

つまり発言の自由とか表現の自由というものこと。になるんですけど、そういうものがベースにあるからこそ禁止事項が少ない、最低限必要だと考えられえる部分は確保されている印象がフィンランドの図書館にはありました。

Oodiを見てもそうですし、エラマ図書館からも実感したのは、空間そのものがバイオフィリックデザイン(建物の造りに木が使われていたりるとか植物が置いてあって自然の香りに触れられるなど)であれば、大きく騒ぐ人が出るような状況にはならないんですよね。

そもそもその場にいる人はとても落ち着いた状態になるので、空間づくりやその場に流れている文化が見た目や体感でわかることはすごく大事なのかもしれません。

フィンランドの図書館での体験をベースにしながら、エラマ図書館の重要なコンセプトとしては「心地よさを実現する」と「サステイナブル」を掲げています。

私の思う心地よさというのは、安心・安全が保障されている、自由を感じられる、「一人は好きだけど孤独は嫌い」が満たせる場所である、を大切にしたいという意味です。そして本・自分・人と、とても落ち着いた状態で対話ができるというのも含まれます。

サステイナブルは地球や社会に対してもそうですが、一番は自分にとってサステイナブルであるかです。つまり、わたし(石原侑美)が一番心地いい、長くいられると思える空間であるかが大事な気がしていたんです。

実際、自分でもエラマ図書館のファンになりましたし、必然的に来館するみなさんにも心地よさを提供できていると感じています。

本を読まない人方も当たり前に過ごせる場所

エラマ図書館ではエラマ推薦図書として北欧文化、フィンランドの教育関連、デザインを中心とした選書を展示してあり、館内はもちろんウッドフォーラム飛騨の敷地内であれば外に持ち出して読書するのも可能です。

以前からエラマプロジェクトを応援してくださっている地元の方が週1で回通ってくださったり、北欧について知りたいとエラマ図書館を目的に訪れる方ももちろんいらっしゃいます。が、
しかしウッドフォーラム飛騨は観光客の方がよく立ち寄る場所でもあるので、木工製品などの展示を見てみようといらっしゃった他県からのお客様が、偶然にエラマ図書館に出合われるパターンのほうが実は大半なんです。

(キャプション:エラマ図書館からは、敷地内の野外ステージが見えます)

エラマ図書館は常にスタッフがいるスタイルではないのですが、わたしがいる日はエラマプロジェクトやフィンランドのことをお話しして、そのまま1時間くらい対話が続くこともあります。そしてチラシを持って帰ってくださって後からメッセージを送ってくださった方もいらっしゃいました。

そのほかにも訪れる人の過ごし方は様ざまで、わたしがいる日には飲み物サービスも提供しているのでドリンクを介してお話しする時間もありましたし、フィンランドのスポーツである「モルック」の貸し出しもおこなっているのでモルックを体験された方々もいらっしゃいます。

その中でも特に印象に残っていることがあります。

清見(岐阜県高山市清見町)に来ればなんとなくゆっくりできそうかもと、ふらっとウッドフォーラム飛騨に立ち寄りエラマ図書館の存在を偶然知ったある女性がいました。

エラマのことフィンランドのことをご説明していると、ご自身について少しお話ししてくださったのです。

20年くらい勤めた会社を思い切って辞め、数日間、家に引きこもっていたそうです。

心と体がかなりボロボロになるまで働き詰めだったようで、詳しいことはわかりませんが何か抱えているものがあるように見受けられました。

ゆっくりしたい、数日ぶりに外に出てみようと思ったというその女性は、「ここいいですね」という感想をおっしゃられているうちにだんだん涙が流れてきたんです。

そして泣きながら「こうやって立ち止まりたかったんです、わたし」と言葉にされました。

ここは本を読むだけではなく、ただぼーっとする人もいるので自由に過ごしてくださいとご案内しました。

置いてあった家具の中でソファだけは外に向いて配置されていたので、後ろからきたお客様には表情などが見えない動線になっていました。

わたしは他のお客様の対応などをしていたのですが、なんとなく視界に入る様子からおそらく泣いていたのではないかと感じました。そのソファに座ってから1時間ほどくらい経った頃、外の空気を吸いに出られて木陰でさらに1時間くらいぼーっとされていたようです。

そうやって自分だけの対話をして過ごされたんです。

そして「またわたし必ず来るからね」とおっしゃって帰っていかれました。

エラマ図書館という名前通りの出来事だったと思います。そういうふうに過ごしていただけたことを目にして、この短期間であってもエラマ図書館の理想を実現できたという勇気をいただく機会にもなりました。

今後のエラマ図書館

重要なキーワードとなるのがやはり「エラマ」という言葉なんだと思います。人生・生き方・命に触れられる場所、それらに向き合える場所というのがエラマ図書館というものに凝縮されているのではないかなと。

人生の分岐点ではなかったとしても豊かさだけをもらって帰るぐらいの、それぐらい気軽に幸せになれる、そんな場所になったらいいなという希望も持っています。

7月から常設になりますが、「出張エラマ図書館」という企画も考えています。

飛騨を本拠地とした常設図書館と並行して、まずは大阪、名古屋、東京に出張してエラマプロジェクトに出合える機会を増やしたいと考えています。

秋以降になりますが、楽しみにお待ちくださるとうれしいです。

そのほかにも、わたし以外の誰かと対話する機会を設けることも計画しています。先日までの期間限定開催中におこなったイベントでもあるのですが、「対話ゲストの日」のようにして、例えば教育のプロなどその人がいる日を作ってみると自然発生的に対話できるような空間になるんですよね。

エラマ図書館は必然的に小規模になるので、図書館というハコモノとしての面だけでなく「その人」に会いに来るというポイントを作ることで公共図書館との大きな違いになるのではと思っています。

過去の図書館像や一般的な図書館とはコンセプトが異なるので、みなさんが持ついわゆる図書館のイメージとこの場所はギャップがあると思います。でも、みなさんにそれが伝わっていけば、エラマプロジェクトのトピックになっている内省や哲学、和文化関連など展示する本の範囲も広げていける気がします。

完璧を目指さない

図書館をの作る上ではり方として完璧を目指さないことを意識しています。図書館は作り込もうと思えば徹底的に作り込めますが、あえてここはできていないという部分は残しています。ゆったりとした気持ちを持って、訪れてくださる方々との対話を通じて選書本の内容や空間を形作っていきたいんです。

みなさんにエラマ図書館にぜひ来て体験していただきたいと思っています。エラマプロジェクトとは何なのか、私が口で説明するよりもエラマ図書館に足を運んでいただければ、なんとなくであってもそれを体感できると思うのです。エラマプロジェクトを表現した、具体的にアクセスできる場所を持てたというのはとても意義深いと感じています。

先述したように完璧を目指していないので、どんどん変化していくエラマ図書館をぜひ実際に見てください。

さらに自分たちの心地いい場所を実現していけるといいなとこれからを楽しみにもしています。

エラマ図書館にぜひお越しくださいね!

エラマ図書館の詳細はこちら

By 石原侑美(エラマプロジェクト代表)
Interview & Text by nakagawa momo(フリーライター)

2022年7月1日よりエラマ図書館が正式OPEN!
常設展となりますので、いつでもエラマ図書館に自由にご来館いただけます。
ゆっくり、自由に過ごしてくださいね。

エラマ図書館の詳細についてはこちら