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Elämäプロジェクト

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エラマプロジェクト石原侑美です。私目線でまとめたオンラインサロン「エラマの森」オフ会「住民の集い」の開催レポートを残します。

【開催概要】
◆集まった人たち
合計18名(子どもを含む)
オンラインサロン「エラマの森」の住民(会員)さんとその家族、飛騨地域でエラマプロジェクトに関わっている人たち
◆日時
2021年11月20日(土)13:00〜21日(日)14:00の1泊2日
◆場所
岐阜・飛騨高山。大きな1軒ロッジ「飛騨にゅうかわ太陽の家」を借りて。
◆天気
2日間とも晴れ。11月の飛騨地方にしては暖かい温度。最高気温も17度くらいにはなったかな。
◆ポイント
・オンラインサロン「エラマの森」ができて1年2ヶ月。今までオンラインでしか会えていなかった住民(会員)さんと深く交流するのが目的。
・「飛騨にゅうかわ太陽の家」で、暮らすように2日間を過ごす。広いこの空間で、自分でやりたいことを選び、自由に過ごし、極上のマイタイムを過ごす体験の場を実現。
スケジュールなどは一切決めず、ただ太陽の家に集まること以外は、自由に過ごす

当日のアクティビティの紹介

◆料理、お菓子、お酒、ドリンク

飛騨の豆&発酵料理のお店のオードブル、住民さんの各地のお土産のお菓子屋お酒が並び、いつでも食べて、いつでも飲む、自由スタイル。
美味しい料理とお酒を片手に、オンラインでいつも対話しているエラマの森の住民さん同士、初めて会う飛騨の人たち、情報交換をしながらも深い深い対話をしている様子でした。

◆テントのフィンランドサウナ

飛騨の山々を見ながら、サウナ。最高温度が60度ほどなので、長く入っていられます。サウナに入った住民さん同士が対話をずーっと繰り広げられた模様。サウナ対話が止まらない様子でした。

ああ、これこれ。
フィンランドで体験したサウナは、まさにサウナ対話だったなぁ。汗を流して体も心も浄化されて、みんな顔がスッキリしてる!

◆料理

太陽の家には大きなキッチンがあります。合計18名分の料理を作るには、食材をたくさん切る必要があります。

特に当番などを決めることなく料理をしたい人に手伝っていただきました。本当に自然に、みんなテキパキと手伝っていただき、写真で見切れている私も幸せな顔をしていますなぁ。

この料理をする間にも、対話が生まれていました。料理の話から家族の話、一人で生きていく話など、とてもディープな対話が。
そして、料理の時間には、石原の家族も料理の応援に駆けつけてくれ、たまたま誘った石原家のご近所さんも料理に参加。飛騨の料理事情などの交換がされていました。刺激の多い、でも心穏やかな空間。

◆読書

一人でゆったり読書されている方もいらっしゃいました。交流会だからといって、無理に他人と話さないといけない空気がない、これが今回のハイライトでした。

当日、エラマプロジェクトが推薦する図書を展示し、ソファや外のテラスで読む方もちらほら。コーヒーやお茶を飲みながらゆっくりされていました。

◆焚き火

2日目に焚き火を敢行。皆さん持ってきたマシュマロを焼いたり、ソーセージを焼いたり。子どもたちが一番はしゃいでました。

このソーセージを直火で焼くBBQのことを、フィンランドでは「マッカラ」といいます。フィンランドの森でマッカラしている感じになり、まるでフィンランドのプチ体験のよう。

味はもちろん美味しいのですが、何より自分で焼いて外で山の景色を見ながら食べるというこの一連の非日常が、贅沢な時間でした。

◆お茶する

飛騨のよもぎ茶、沖縄のさんぴん茶、そのほか住民さんが持ってきたハーブティーを飲みながら、ゆっくり対話する時間を持っている人もいました。

◆ハンモック

太陽の家にあるハンモックでお昼寝する人たちもいました。ハンモックって、無条件に力が抜けて、リラックスするんですよね。あれはどんな効果なのかしら?

子どもも大人もハンモックでお茶飲んだり、読書したり、お昼寝したり、ゆっくり過ごす最強アイテムでした。

人との対話、自分との対話を楽しむ時間。自分で選んで自由に過ごす

今回のテーマは、まさに「自分で選んで自由に過ごす」でした。上記のように、たくさんアクティビティを用意し、その中から自分で選んで、好きな時に、好きなように過ごすことをしました。

それを実現するにあたって、場づくりに関してエラマの森住民の集いで唯一決めていたことは、
 ■グランドルールを共有しない
 ■自己紹介をしない
 ■スケジュールを確定的に決めない

グランドルールを決めてしまうと、それだけで心理的に拘束が生まれる可能性がありました。「自由に過ごしてもらう」ためには、心理的拘束が生まれると、どうしても行動も制限されてしまいます。場の設計においては、このことが一番気をつけていたかもしれません。

エラマの森というオンラインサロンで既に何回か会っている人がいる状態だったので、今回は緊張が生まれそうな自己紹介タイムを無くしました
自己紹介やチェックインをしてしまうと、どうしても緊張が生まれてしまいます。既にできている関係性の中では不要だと思い自己紹介をなくしたところ、みんなの対話が自然に始まり、暖かい雰囲気の中で2日間を過ごすことができました。

そしてなんといっても、「自由に」過ごすために欠かせないのが、スケジュールを確定的に決めないことでした。もちろん、ざっくりスケジュールを決めてはいましたが、やはり初めての開催のため、予想通りにはことが運びません。予期しないことが起こることを想定し、いろんな人のニーズを許容することで、自由な雰囲気が生まれ、忙しいプログラムにはならなかったのかなと思います。

情報交換の交流ではなく、生きることを考える対話が多く生まれた時間

集まった方々の会話に耳を傾けていると、家族ってなんだろう、働くってなんだろう、学ぶってなんだろう、恋愛と愛ってなんだろう、性ってなんだろう、豊かさってなんだろう、そんな生きることを思考する話題が多かったのが印象的でした。
いわゆる、哲学対話ですね。
その哲学対話が、なんというかカッコつけて話しているわけでもなく、見栄を張っているわけでもなく、自分の経験談や人生の話を交えながら対話をしている場面を多く目撃しました。

後で住民さんにお話を伺うと、「そういえばAさんは年齢いくつでしたっけ?」「そういえばBさんはどんな仕事をされているんでしたっけ?」と、住民さん同士の肩書きや年齢を知らない方が多数いらっしゃいました。年齢、仕事、家族、所属などの肩書きを脱いだ状態で2日間交流されていたということ、それはグランドルールを作って「肩書きをおいてください」なんていう声がけもしていないということ、この状態こそが2日間対話をし続けていた証なんだなぁと、しみじみ実感しました。

肩書きは、時には必要です。年齢や職業を経験として話すことで、対話を深める必要があります。でも、それはただ自分の人生の経験であって、自分自身を表すアイデンティティとは違うように感じます。

今回のエラマの森住民の集いでは、肩書きを外し、「わたし」はただの「わたし」として接し、相手も「あなた」はただの「あなた」として対話されていたのかもしれないなぁと、そんなことを思っていました。

「エラマする2日間」
それを実現できたことに、私はとても達成感と充実感を感じています。私が生きている使命を感じる2日間でした。こんな場をもっともっと作っていきたい!そう思います。

エラマは器なんだなぁって。
いろんな人を許容する器なんだなぁって。

岐阜の古代茶を飲みながらしみじみそんなことを思っている飛騨の自宅オフィスのiMacから思いを馳せて。

次回は春頃に飛騨高山で再び開催できることを目指して、準備し始める予定です。

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