こんにちは。Kangasこと、ライフコーチの和田直子です。先月私は、夫と16歳の娘と、そして愛犬も連れて、自宅のある名古屋から新潟は妙高高原まで一泊の小旅行へ行ってきました。車で片道4時間、休憩しながらだと5,6時間はかかる、まあまあ体力勝負の道中でした。
目的は、今年の春から妙高高原にある専門学校で自然環境やアウトドアスポーツを学ぶ18歳の息子に会いに行くこと。
すると思いがけず、息子の生き生きとした姿を目の当たりにすることができまして!
とっても嬉しかったのと同時に、私自身の母として人としてのあり方と葛藤を思い出し、いろいろな思いが込み上げてきたので、今日はそんなことを綴ってみたいと思います。
好きな学びに出会えた息子
一人暮らしを始めた息子とはテレビ電話で会話をすることもしばしばあったので、彼の暮らしぶりを垣間見ることは出来ていましたが、現地を訪問するのは今回が初めて。
専門学校や寮周辺の様子を楽しみにしつつ、息子をピックアップしてお昼をとった後は、すぐに予約していたコテージへ向かう予定だったのですが…
昼食後、息子が急に「湖、見に行く?」と言い出し、まだ暮らし始めて2ヶ月ちょっとというのに行き慣れた遊び場のように紹介してくれた湖のほとりや、パドルスポーツの授業が行われている場所へ足を運びました。
「へ~、良い環境で暮らしてるのね」と嬉しい気持ちになっていると、「次はあそこと、あそこに行ってみる?」とさらに提案をしてくれる息子。
次に訪れたのは、地元の美しい尾根をバックにしたこれまた美しい池、そして山の奥にあるダイナミックな滝。
それぞれの場所で、その土地の歴史や地理を説明しながら、どのようにその地形が出来上がったのか、またその池や滝がどのように地元の人々に慕われてきたかなど、詳細に話し出してくれたのです。
それはとても興味深い"観光ガイドツアー”で、専門学校の授業で学んだであろうことをしっかりアウトプットしてくれている様子でした。
「関心のある学びは、こんなにも人を惹きつけるスキルとなるのか」と思うのと同時に、我が子が、この進路を選択したことを本当に良かったと心から思えてきたのです。
「あぁ。あの時、私がこの子にかけた言葉は間違っていなかった…!」
息子が学校へ行かない選択をしたきっかけは私の言葉だった
話はちょうど4年前の夏に戻ります。中学3年生だった息子が、受験生として塾の夏期講習に通っていた頃、何となく情緒不安定になっていることに気づきました。
話を聞くと、一学期の終わり頃に中学校の先生と言い争いになったとのこと。その際に先生から言われた言葉を時々思い出しては、悲しみと怒りが湧いてくるようでした。
幼い頃から、どこか正義感の強すぎる一面を持っている息子は、相手が大人であろうと自分の納得のいかないことに関しては正面からぶつかり、一切引き下がろうとしないところがありました。保育園でも小学校でも学童でも、トラブルになることがしばしばあったのです。
息子の真っ直ぐすぎる一面が出すぎて、きっとその時も悪態をついてしまったんだろうとは思うものの、それにしても、本当に先生がそんな言葉を発したのだとしたら、息子が傷ついてしまうのも当然だと思いました。
夫にも相談し、夏休みのある日、学校で話し合いの場を設けていただきました。事実としては、私の想像通り、息子の態度に指導をする意味で発せられた言葉だということでした。ただ、その言葉の根拠は全く理解し難いものでした。息子の気持ちに寄り添った言葉がけも感じられず、とてもモヤモヤとした気持ちを残し学校を出たことを覚えています。
これは、私が感情的になりすぎなのだろうか…。
先生も息子がちゃんとした人間になるためにと思って、あえて厳しい言葉をかけたのかもしれない…。
でも、ちゃんとした人間って何?
社会や学校の型にはまらない息子の何がいけないのだろうか?
私は、型にはまろうとしない息子は『いい感じ』だと思う!
そして私は息子に言いました。
「学校に行きたくないなら、行かなくてもいいよ」と。
二学期が始まり数日間学校へ通った息子は「もう、学校という場所が嫌だ」と言い、「校則や試験の点数に縛られる普通の高校にも行きたくない」とハッキリ言いました。
高校受験のモードが高まる中学3年の二学期から息子は学校を欠席し、塾もやめ、“学校に行かない選択”をしたのです。
新しい息子の居場所は私にも「自分らしい母親」でいさせてくれた
中3の二学期から卒業まで、ほぼ学校にいかない選択をした息子は(「ほぼ」と言った理由は、文化祭や体育祭、修学旅行、卒業アルバムの撮影など、行事にはしっかり参加していたから)、基本的に自宅で過ごす時間が多かったものの交友関係は変わることなく、放課後友達が帰宅すると遊びに出かけることもありました。
当時会社員だった私は、仲間たちと週一回朝7時半から集まり、ゴミ拾いとジョギングを合わせたプロギングというフィットネスをやっていたので、その活動に息子を誘い一緒に参加するようにもなりました。
平日の朝7時半に毎週中学生の男の子が参加しているなんて、誰でも「学校行ってないのかな?」と察したと思いますが、そのコミュニティーにいる大人たちは誰一人「学校は?」なんて聞いてくることをせず、息子を一参加者として自然に受け入れてくれていました。きっと気にはなっていたと思うのですが。
そのおかげで息子にとっても、そこは自分の居場所となっていきました。
あまりに何も聞かれたりしないので、私の方がソワソワして「実は、息子は今学校に行ってなくて…」とこっそり言ってしまうことも。
でも、そう言った私に、「そうなんだ。でも、こっちに来てるほうがずっと勉強になるよ」と、あっさり返す仲間たち。
私の気持ちはふっと軽くなり、大人たちに混じって会話を楽しみながらプロギングをする息子の表情を安心して見ることができました。まるで、「自分らしい母親」でいることを認めてもらえた気持ちでした。
「うん、これで良かったのかもしれない。これで良かったはず。」
そう自分に声をかけながら、私は息子をプロギングに誘い続けたり、好きなことをどんどんやるように言い続けました。
また、息子はボーイスカウトに入っていたので(現在も続いています)、その活動も彼にとってはリーダーシップを発揮して活躍出来る場の一つで、自分自身を成長させてくれた経験として捉えているようです。
彼が、現在専門学校で自然環境やアウトドアスポーツを学んでいるのも、ボーイスカウトでの活動が大きく影響しているはずです。
自分軸を持つことの不安と葛藤
そうは言っても、不安が押し寄せることもしょっちゅうでした。
「学校に行きたくないなら、行かなくてもいいよ」
本当にそう言って良かったのだろうか?
私は逆に息子の人生の選択肢を狭めていないだろうか?
朝、制服を着て登校していく中学生たちの中に息子の姿はない…。
本当にこれで良かったのかな…。
もしも学校という場所が、子どもたちにとって安心安全と感じられなくなった時、行く選択も行かない選択も、どちらでも彼らの意思を尊重したい。それは、この問題が起きる前から私が感じていたこと。
だけど、現実に我が子が学校へ行かなくなり、大多数の中学3年生とは全く違う日常を送っていることへの不安がないわけがありませんでした。
日中多くの時間を自宅で一人で過ごしていること、受験勉強そのものを辞めたこと、授業に参加せず定期テストも受けない結果オール1になった通知表…。
全部息子の選択の結果とは言え、その選択に責任さえ感じることがありました。
親として「社会に出たらもっと大変なことがあるんだから、頑張って学校には行ったほうがいいよ」という気持ちもありました。
それでも、私のあり方として、学校に行かないと決めた息子を尊重し、それでも息子は絶対に大丈夫だと信じる強さを持っていたい。
心の中では相反する気持ちの間で揺れ動いているのに、表向きはいつも「学校に行かない選択」をした息子を応援していた私。今思えば常に、心細さや孤独、不安、焦りを抱えていた気がします。
自分軸で生きることや自分軸で子育てをすることは、しなやかで強い生き方、そして自分自身や子どもたちを信頼すること、そして子どもたちにも自分軸で生きることを教えていくことだと思っていたのに…。
胸の内には、社会の正解を意識し続ける自分も存在していることに気づいてしまうのです。それが自分軸で生きることがしんどくて、挫けそうに感じてしまう理由でした。
自分軸で生きることは、社会の正解と対峙しているのではなく、社会の正解に戻りそうな自分と対峙している、そんな状態になっているような気がしました。
自分軸を持つことが生み出す社会とのつながり
自分軸で生きることや自分軸で子育てをすることで、社会の正解に戻りそうになる自分と対峙すること以外にも感じるようになったことがあります。それは、社会の正解に「それだけが本当に正しいこと?」と問いを投げ続けるということ。
「行きたくないなら行かなくていいよ」
その言葉を本当に口にしてしまっていいのだろうか?声になるまで躊躇してしまった少しの時間、私は社会の正解に戻ろうとする自分と対峙していたのでしょう。
そしてついに声にして息子に伝えた瞬間、私は社会の正解に問いを投げかけたのだと思います。
「いわゆる普通の学校という場所に行きたくない」
そう言っていた息子は通信制高校を選び、自由な校風のもと友達にも恵まれ、また生徒主体で進めるあらゆるプロジェクトに参加することで持ち前のリーダーシップが発揮されていきました。中学生の頃まではトラブルの原因となっていた正義感は、プロジェクトの本質を貫く力としてポジティブに機能するようになりました。
そして今は大きな夢を抱いて、冒頭に紹介したとおり専門学校へ進学し、生き生きと好きなことを学び将来に繋げようとしています。
自分軸を持つということは、こうして社会とのつながりを育むものでもあると、息子の姿から感じたのです。
「あぁ。あの時、私がこの子にかけた言葉は間違っていなかった…!」
妙高高原の大自然を案内してくれる姿を見て、ようやく、心の底からそう思うことができるようになりました。
もしあの時「学校は頑張って行ったほうがいい」と言っていたら、あの美しい自然の中で生き生きとしている息子の表情を見ることは出来なかったのかもしれません。
自分軸で生きること、それは時にしんどくて、心細い。でも、そのしんどさや心細さを抱えながらも、自分軸で生きることそのものが、社会に問いを投げかけ、そして自分なりに社会との接点を創り出し、社会とのつながりを生み出していくのでしょう。
14歳だった息子が18歳になった今、私はあの時の自分に「その言葉をかけてあげて、正解だったよ」と言ってあげたい。大きな夢を抱く息子のこの先に、やはり不安を感じないわけではありません。でも、自分のやりたいことが明確になって夢中になって生きる彼の姿を、長く見ていたい気持ちの方が勝ります。彼のこれからの活動がきっかけとなり、人々にとって豊かな時間が生み出されることも楽しみでなりません。
もし今、自分の生き方や子育てのバランスが崩れそうになっているとしたら、自分を社会の正解に合わせようとし過ぎていないでしょうか?それに気づいたら、少し矢印を自分に向けて、自分の正解は?と聞いてみてください。
とても不安で心細くなる瞬間があるかもしれません。そうすると、未来のあなたが声をかけてくれるはずです。
「自分軸を、自分の正解を、大切にしてくれてありがとう」と。
Text by Kangas(和田直子/しなやかで強くやさしい社会を織りなすライフコーチ)


