Elämäプロジェクト

【よむエラマ】わたしの未来を描いてみた。「壊れず、無理をしすぎず、“わたしらしく生き延びる”ため」のプロジェクト始動

こんにちは、pieni(ピエニ)です。

突然ですが、最近「わたしによる、わたしのための、わたしをしなやかで美しくするプロジェクト」を始めました。

名前が長い...笑。

でも、このやたら長い名前が、今のわたしにはとてもしっくりきています。

このプロジェクトは、短期間で何かを達成するためのものではありません。
たぶん死ぬまで続くような、ゆっくりとした、自分との付き合い直しのプロジェクトなのです。

始めたきっかけは、少し不純(?)でした...。

好きなアニメのキャラクターを見ながら、「この推しは、どんな人間を愛してくれるだろう」と考え始めたのです。

そして、その理想像に、少しでも近づけたらいいな、なんて本気で思い始めました...。
わたしにとってアニメは、「考えすぎてオーバーヒートした脳を、適度に止めてくれるもの」であると同時に、「なにもかも嫌になった時の、心の再起動システム」でもあるのだと思います。

現実がしんどい時ほど、物語の中のキャラクターたちは、不思議とセリフや、動きで、次の一歩を見せてくれるのです。

さて、そんな動機から始まったこのプロジェクトですが、続けていくうちに、だんだん目的が変化してきました。

というのも、そもそも当時のわたしは、「何もやる気が起きない」という状態に、かなり近づいていたからです。

仕事も、やりたかったことも、好きなことも、なんだか全部ぼんやりしてしまって、未来への不安ばかりが大きくなる。

「わたし、このままで大丈夫なのかな...」

そんな気持ちが、ずっと続いていました。

「もっとできるはず」が苦しかった 

壊れそうなほどの不安な気持ちを抱えてしまったわたしは、まず、「今の自分はどうなっているのか」を観察してみることにしました。

カウンセラーさんに相談したり、友人やAIと会話してみたり、ノートに書き出してみたり。

すると、だんだん見えてきたことがありました。

今のわたしは、意識もパワーも、その90%くらいを「子育て」に使っている。

そして、残りの10%くらいで、仕事や人付き合いや、そのほかいろいろなことをやっている。

「……これでは、やれることが少なくなるわ...」と、思いました。
同時に「それぐらい注ぐ必要や価値があると思っている」事にも気が付きました。

なので、知らず知らずのうちに、わたしはものすごく厳選して生きていたようです。

仕事も。
人付き合いも。
使うエネルギーや方向も。

それなのに、ずっと、「もっとできるはず」「もっとやらなきゃ」と思っていました。

だって、世の中には、子育てをしながら海外へ行き、仕事をし、活動している人たちがいます。
そうでなくても、自分の周りにはフルタイムで勤めたり、フリーランスで仕事に取り組みながら、子育てを両立している人もたくさんいるから...。

また、私の中には、フィンランドへ行きたい気持ちもある。
学びたいこともある。
好きなものを手に入れたい気持ちもある。

でも現実は、今は家族との相談も必要で、今すぐに自由に動けるわけではない。
その結果「好き」に触れると、逆につらくなる瞬間もあります。

「でも、その生き方や、力を入れる配分って自分で決めてるんでしょ?」という心の声も聞こえてきます。

その通りだと思います。

この事実を認めた時、なぜか涙が止まりませんでした。

子育てをしながら働き、活動し、夢を叶えている人はたくさんいる。
いろんなやりくりをして、葛藤しつつも取り組んでいるのだと思う。

でも、どう考えても今のわたしには、それができそうにない。

頑張ろうとも思えない。

それでも生きていける環境があることは、本当にありがたい。

でもその一方で、「両立を選べない自分」「キャパが少ない自分」が、情けなくてたまりませんでした。

両立しながら生きる姿を、どこかで理想として見ていたのかもしれません。

けれど、できないわたしがいるのだと知り、久しぶりに、深夜にひとりで泣きました。
しかし今思うと、この出来事は、わたしにとってとても大切な気づきでした。

この日を境に、わたしの考え方は変容し始めたんです。

「もっと頑張る」ではなく、「もっと自分を知る」 ことから

変にまじめで、頑固で、不器用で、キャパが少ないわたしだからこそ「今、自分の矢印がどこを向いているのか」を知っておく必要がある。

そして、今後その「力を注ぐ向きや割合」が変化した時に備えておきたい。
そう思うようになりました。

わたしはたぶん、何かに振り切りやすい。

だからこそ、白黒思考や、極端になりやすい癖、自分を追い込みやすい思考の癖を、少しずつ紐解いたり、調えたりしておきたい。
自分の扱い方を知るための心のメンテナンスを実行中です。

また同時に、身体のメンテナンスも始めました。

きっかけは、イベント出店の翌日、腰が痛くて動けなくなったことでした。
これは、イベント出店を続けたいわたしにとって、かなりの死活問題。

昔から運動が苦手で、姿勢も悪く、身体もゆがんでいる。
改善しようとストレッチをしようとしても、続かなかった経験がざらにあります。

なので今は、理学療法士の友人に、マッサージやストレッチ、ゆるい筋トレを教えてもらいながら、身体を整えています。

でも、これが本当に疲れる。ゆるい筋トレなのに、ヘロヘロになる。
立ち姿を写真にとってもらうと、猫背で巻肩で、下腹が出ている…。
正直...かっこ悪いし、許しがたい。
「こんな状態だったのかー、自分の目には違うものが映っていたよ…。 現実を知ると恥ずかしいー」
そう思いつつも、これが今のわたしなのだと、受け入れました。

最近は、筋トレをしながら、「姿勢の良い美しい未来のわたし(50代後半)」を妄想しながら取り組んでいます。

こんなふうに書くと、

「前向きですね!」「頑張ってますね!」

と思われるかもしれません。

でも実際は、そんなキラキラしたものではありません。

何もしたくない。
働きたくない。
このままでは不安すぎる。

そんな、ぐるぐるした気持ちや、恐れに飲み込まれそうだったところからのスタート。

だからこれは、「理想の自分になるため」というより、「今の自分を理解して、なんとか生き延びていくため」のプロジェクトなのです。

変わっていくもの、変わらないもの


早速なのですが、この取り組みを始めて、自分でも驚いたことがありました。

今から7年前。娘が保育園の頃、わたしはフリーランスで仕事を始めたところだったので「いかに自分の時間を優先するか」を考えて生きていたんです。

しかしその後、不登園や付き添い登校を経験していく中で、「娘と向き合って生きたい」と思えるようになっていきました。

当然のことのようですが、自分を優先したい気持ちの強いわたしにとっては、大きな変化でした。

今は、この気持ちを最大限優先しているので、やらない、できないと決めていることもあります。
なので、断ることや、ストップすることも増えました。
正直、もう声をかけてもらえないのではないかと不安になることもあります…。

けれど、自分の気持ちの矢印の方向と、割合を大切に扱ってみています。

これから、世の中も、家族も、自分自身も、たくさん変化していくと思います。
今描いている未来も、きっと変わる。

やりたいと思っていたことを、結局やらないかもしれないし、全然違うことをしているかもしれません。

でも、
心と体を整えること。
自分の取り扱い方を知っておくこと。

それは、きっと無駄にはならないと思います。

そして「わたしは、しなやかに、凪ぎながら生きていきたい」
その未来だけは、今の時点で、描いておきたいと思っています。

「あなた」を「あなた」らしくさせる、“やさしい戦略”

この記事を読んでくださっている方の中には、
「自分の気持ちの“ざらつき”に敏感で、何かがスッキリしないと動き出しにくい」
そんな感覚を持っている方も、多いのではないでしょうか。

あるいは、
「自分の気持ちがよく分からないまま進んで、痛い目に遭ったことがある」
「だから、勢いだけで動くのが怖い」
そんな経験を抱えている方もいるかもしれません。

今の世の中は、立ち止まることや、余白を持つことが難しい空気があります。

どんどん動くこと。
すぐ決めること。

そんなふうに求められる場面が多いのかもしれません。

でも、ときには、

考えてみたり。
誰かに打ち明けてみたり。
書いてみたり。
発散してみたり。
ぼーっとしてみたり。

そういう時間を持つことは「自分を生きるための戦略」のひとつなのだと思います。

そしてその戦略は、誰かを真似するのではなく、自分なりにカスタマイズしていっていい。そんな「自分だけのプロジェクト」として、楽しんでみてもいいのではないでしょうか。

わたしも、自分メイドのやたら長い名前のプロジェクトをひっさげながら、葛藤したり、泣いたり、怒ったり。
そんな自分も許容しつつ、自分を理解し、納得して、調整する。

そして、ときには笑って、推し活のような“ときめく遊び心”も取り入れながら、 この人生を楽しんでみようと思います。

Text by  pieni(ピエニ)(丹波フィンランド大使) 

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