こんにちは。
Elämäプロジェクト代表、
そして「エラマ哲学バー」オーナーの石原侑美です。
毎月、エラマの森の住民さん(コミュニティメンバー)や一般参加の方々と、お酒や珈琲を片手に答えのない問いを語り合う「哲学バー」。
昨夜2月9日(月)のテーマは、「やりたいことって必要?」でした。
「やりたいことをやれ」
「好きなことを仕事にしろ」
というメッセージが溢れる今の時代。
それに疲れを感じている人も多いのでは?
昨夜は20代から50代まで幅広い世代が集まり、
ハイボールやワイン片手に「やりたいこと教」の正体について深く、
そして大爆笑しながら語り合いました。
今回は、そんな熱狂の夜のレポートをお届けします。

1. 「夢は何?」という質問への違和感と、大人の本音
乾杯直後、真っ先に話題になったのは、
学校教育や社会で問われ続ける「将来の夢はあるか?」
というプレッシャーについてでした。
参加者の方々からは、こんな赤裸々な本音が飛び出しました。
「学生時代、『夢はあるか?』と聞かれるのが本当に嫌だった」
「まだ何も知らないのに決められないし、大人が喜ぶような職業名を言わなきゃいけない気がした」
ある参加者さんからは、ハッとするような例え話も。
「子供は『雪合戦やりたい』と宣言してからやるのではなく、雪を見たら体が勝手に動いているもの」
確かに……!
「やりたいこと」を無理に言語化させようとするのは、
実は教育や社会システム側が
「人を動かすため(勉強させるため、消費させるため)」
に必要としているからではないか?
そんな鋭い仮説に、参加者一同「なるほど!」と膝を打ちました。
2. 「恋バナより哲学したい!」飛び出した名言
「やりたいこと(Do)」がなくても幸せに生きられるのか?
議論が進むにつれ、多様な幸福論が展開されました。
• 「やりたいことはないけれど、遊ぶ時間を確保するために仕事を爆速で終わらせるスキルは身についた」という、たくましい生存戦略。
• 「やりたいこと(Want to do)」が見つからなくても、「どうありたいか(Want to be)」があれば十分ではないか? という視点。
• 「成功には『運』の要素も強い」という、努力至上主義への冷静な分析。
初参加の20代の方が、
この場の熱量を感じて「恋バナより、こういう話(哲学)をしたい!」と振り返ってくださったのが昨夜のハイライトでした(笑)。
答えのない問いを肴に飲むお酒が、いかに美味しいか。
世代を超えてフラットに意見を交わす面白さが、ここにあります。
3. 【オーナーの告白】20年越しに気づいた「すり替えられた夢」
皆さんの話を聞きながら、私自身もチャットで思考を整理していました。
英語で因数分解してみると、少し景色が変わって見えます。
• やりたい = Want to do
• ありたい = Want to be
• 欲しい = Want
これらがごちゃ混ぜになっているから、「やりたいこと」が見つからないと苦しくなるのかもしれません。
「Do(何をするか)」が見つからなくても、「Be(どうありたいか)」や、
もっと単純な「Want(これが欲しい、ここに行きたい)」という欲求は、
きっと誰にでもあるはずです。
そして私個人としては、昨夜は衝撃的な「自己発見」の夜でもありました。
高校時代、私は「アナウンサーになりたい」と言っていましたが、
昨日の対話の中で、
それは親や先生への「体裁のいい答え」であり、
本当は「声優」になりたかったんだということを
20年越しに思い出してしまったのです(笑)。
自分の人生観がガラガラと音を立てて崩れる音がしましたが、
それもまた哲学バーの醍醐味。
自分の奥底にある「本当の音」に気づけた夜でした。
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エラマの森で、答えのない問いを語り合いませんか?
「やりたいこと」は見つけるものではなく、
ふとした瞬間に体が動いてしまうものなのかもしれません。
あるいは、誰かと話しているうちにポロリとこぼれ落ちるものかも。
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「エラマの森」では、
こうした「哲学バー」をはじめ、
自分の生き方を見つめ直す対話の場や、
学びのコンテンツを多数ご用意しています。
「最近、本音で話せていないな」
「会社や家庭の役割を離れて、ただの『わたし』に戻る時間が欲しい」
もしそう感じたら、ぜひエラマの森へ遊びに来てください。
次回の哲学バーで、あなたと乾杯できるのを楽しみにしています!
(オーナー:石原侑美)
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