Elämäプロジェクト

【よむエラマ】「めんどくさい人」について考える。あなたにもあるかもしれない「めんどくささ」の処方箋

こんにちは!いけかよです。

あなたは、誰かに対して「この人めんどくさいな」って思ったことはありますか?
「ない」と言う人は、おそらくそんなにいないんじゃないかと思います。
そしてあなたは自分自身をめんどくさいやつだなと思ったことはありますか?

この「めんどくさい」って、一体なんなんでしょう?
今回は、この「人のめんどくささ」について、いけかよの経験を交えつつお話してみたいと思います。

あなたはあなたと仲良しですか?

まず、「めんどくさい人」ってどんな人か。その要素を具体的に挙げるなら、以下のような特徴だと思います。

・承認欲求が強い
・こだわりが強い
・自己主張が強い
・話が長い
・空気が読めない
しつこい

とかでしょうか。

要素だけをピックアップするとあんまり好感は持てなさそうな感じですね。

でも、あなたの周りには、これらの要素をいくつか持っているのになぜか魅力的で人に好かれている人っていませんか?
そして、あなたのなかにもこれらの要素ってありませんか?
まったくないと言い切れる人は少ないんじゃないでしょうか。承認欲求やこだわりの強さなんて、誰しもが多かれ少なかれ持っていると思うのです。

では、あなたは「めんどくさい人」なのでしょうか?

そういうわけでもないと思うのです。多くの人は、日常生活に大きな不都合や不具合はなく、あったとしても自分を受け入れてもらえる安心安全な関係はきっと確保されていると思うのです。

ただ、他者があなたをどう思うか否かは、ここではあまり重要ではないと思っています。
あなたがめんどくさくっても、それを理解し、受け入れてもらえる他者との関係性はきっと作られているからです(それがたった1人でも、5000人でもね)。

重要なのは、「あなたとあなたの関係性」です。
もしあなたがすごく生きづらいとか、苦しいとか、消えてしまいたいとか思っているとしたら、きっとそれは「めんどくささをこじらせている」状態。
つまり「あなたとあなたの関係性」が悪くなっている状態かもしれません。
めんどくささをこじらせると、いろんな方面で不具合が発生します。だから、自分とはできるだけ仲良くなったほうがいい。それってどういうことか?続けていきます。

どんな警察を飼っている?

ここで少しわたしの話をさせてください。

かつてのいけかよは、明確に超めんどくさい奴でした。

自分のことは大嫌いでした。めちゃめちゃこじらせていました。
でも、人には好かれたくて、嫌われることがとっても怖かったんです。

そして、人に好かれるためにいつもいつも「いい人」「ごきげんな人」でいようとして、愚痴や文句や弱音や不安や怒りなどの気持ちは見て見ぬふり、もしくは薄っぺらいポジティブさで塗りつぶそうとしていました。

結果、承認欲求は膨れ上がり、自己否定と自己憐憫がいっぱいで、人に愛されたいくせに愛されたいなんて思ってはいけないとかめんどくさい人だと思われちゃいけないとか、人の悪口を言っちゃいけないとか人を罵倒してはいけない、思ってすらいけないとか、もう心の中は大混乱でした。
そして人の役に立たなければ、人より勝っていなければ、人に貢献・奉仕しなければ自分なんて生きている意味がないとすら思っていました。

そんな気持ちは当然苦しすぎます。そこでいけかよは、そんな自分のネガティブな気持ちを封印するようになりました。
つまり、自分の正直な気持ちに蓋をするということです。
蓋をして、気持ちも行動も、ガチガチに縛るような状況になってしまいました。

すると、「好き」とか「楽しい」とかのポジティブな気持ちもわからなくなってしまったのです。自分が何を好きなのか、何に喜びを感じるのか、自分はどうしたいのか。これがわからないというのは、人生においてけっこうつらいことです。同じような苦しみを抱えたことがある人は多いんじゃないでしょうか。

人間の感情というのはポジティブなものだけ感じてネガティブなものは封印するなんて都合のいいことはできないんですよね。もちろん、ずっと愚痴や文句や怒りばかり発しつづけるのは自分にとっても他人にとっても良くないけど、でも、それらがあるという事実を無視することは、人間としてとっても不自然なことでもあるのです。

ネガティブな感情というのは、そりゃー自分の弱さやズルさや恥っていうのを認めることになるからかなり苦しいことではあるんだけど、それをしっかり感じることができないと、喜びとか愛とか自分がはこれが好きだっていう気持ちもわからなくなってしまう。

これがいわゆる「生きづらさ」というものを生む原因のひとつだといけかよは思っています。
ていうか、わたし自身が自分の感情に蓋をすることで、ものすごく生きづらかったんです。 

あなたに対して「ネガティブ禁止。ポジティブのみ許す。それができない奴はだめなやつ」と言ってくる人がいたらどう思いますか?かなりきつくないですか?
かつてのいけかよは、自分のなかにこんな「ネガティブ警察」を飼って、自分をいじめていたんです。
もしかして、今も飼ってるかもしれない、と思う方もおられるかもしれませんね。

いけかよはこのネガティブ警察のおかげで心身ともにまあまあ苦しんだので、こいつを弱めるべく、自分の感情をしっかり認識して認めるということをこつこつやってきたんです。
おかげで、いまはだいぶ大人しくなって、ネガティブ警察は「ネガティブ警察ごっこをしている小学生」くらいになりました。

自分もネガティブ警察飼ってる、という方もおられるでしょうか。
人によっては「いい人警察」だったり「シゴデキ警察」だったり「いい親警察」だったり。なんらかの、あなたの言動や感情を否定してくる存在がいるかもしれません。
こんな存在がいるとしたら、それは「あなたがあなたをいじめている状態」と言えます。
これは、あなたがあなたとの関係性がうまくいっていないということ。

こうなってくると、自分だけなく他者をも取り締まろうとしてしまうのです。これがいわゆる「めんどくさい人」です。
自分のなかの警察に自分を取り締まられているあなたはきっとすごく我慢をしているはず。自分が我慢しているのに、目の前の他人は自由に楽しそうにやっている。
それを目の当たりにして、あなたのなかの警察が暴れ出したとき、あなたは人に承認を求めたり、過剰な自己主張をしたり悲劇のヒロインになったりしてしまう。
きっともちろん、無意識だと思います。だからこそめんどくさい。それが「警察」の怖いところ。
自分を顧みても、そう思います。

ネガティブ感情はこわくない

いけかよは完全に自分のなかの警察が自分をおさえつけていたので、前述のようにスーパーめんどくさくてスーパー生きづらかった。

こんな経験から、紆余曲折はありましたが、苦しさに懲りたいけかよは「自分に正直である」ということをすごく大切にするようになりました。

今も自分のなかにある淀んだめんどくさい気持ちを、日頃からきちんと認識するようにしています。
ポジティブな感情よりも、むしろネガティブな感情のほうをきちんと認識するように意識しているんです。これらを抑えつけてきて苦しんだわけですから、ムカつくとかモヤモヤするとかすごく怒ってるとか恥ずかしいとか全然納得できてないとか嫌だ!とか。

もちろん時間はかかりました。自分の感情がわからなくなってしまった上に、ものすごい怒りと悲しみと劣等感と被害者意識を抱えていて、それを認めることすら怖すぎてできなかった。これは本当につらかったです。だから、セラピストやカウンセラーなど専門家の手を借りつつ、日々「練習」をしていました。自分の感情をしっかり認識する練習です。
日々の小さな内側の葛藤や内観を経て、昔に比べたらずいぶんと自分に正直になりました。

では、どうすれば自分に正直になれるのでしょう?

まずひとつめは「感じてはいけない感情なんてない」ということを知ることです。
前述のように、感情というのは欲しいものだけ受け入れていらないものはキャンセルする、なんて都合のいいことはできません。辛い感情はたしかに受け止めるのは苦しいけど、でも感情は単なる「反応」にすぎません。誰だって自分を否定されれば傷つくし怒るし悲しいです。でもそれは腕をつねったら痛い、ということと同じです。良いとか悪いとかじゃなく、身体反応なんですね。

あと「ネガティブなことを考えていたらネガティブなことが起こる」みたいな、思考のしくみにビクビクしている人もいるかもしれません。いけかよは完全にそうでした。

でも、そんなこと起きません!!!!!

そりゃーネガティブな感情に囚われ、四六時中それにこだわり続けて考え続けて人や社会を恨み続けていたらたしかに人生が上向きにはならないでしょう。でも、一瞬の感情=単なる身体反応で人生が決まるなんて怖すぎます。

大事なのはネガティブ感情を無視することではなくって、むしろ逆にしっかり認識して、適切に取り扱うことなんです。
身体でも痛む所があれば無視していたらとんでもない病になってた、みたいなことが起きますよね。心でも同じなんです。

それが、もうひとつの方法、「あきらめる」ということです。

あなたを認めることができるのはあなただけ

生きていれば嫌なことはいくらでもあります。
すごく人を恨んだり、怒ったり、ここには書けないような言葉で他者を罵倒したくなることだってあると思うんです。
そして何より、そんな自分のことを大嫌いになることもあると思うんです。
でも、そんな自分を認めてください。あきらめてください。
認めるって難しいかもしれないけど、ここで相田みつをの登場です。にんげんだもの。聖人君子じゃないもの。嫌なものは嫌なんだから、そこに怒り悲しみ苛立ちがあるのはしょうがない。でもそれを無理に「肯定」しなくていい。「認識する」だけでいいんです。

自分は今すごく怒ってるとかすごく認められたがってるとか、本当はすごく弱くてずるいとか。

そんなふうに、ネガティブ感情を俯瞰するもうひとりの自分を自分のなかに置くこと(メタ認知というやつですね)で、あなたは加害者にも被害者にもならなくて済むんです。
ここでいう被害者および加害者というのは、実際に危害を加える/加えられるということではなく、意識のあり方だと思ってください。
自分の感情を抑えつけている人は、少なからず加害者意識や被害者意識があります。そう、これがまさにあなたのなかにいる「警察」です。これが「めんどくさい人」を生んでしまうんですよね。

自分と仲良くなるためには、その意識から脱却しなければいけない。
でも人間ってそもそもそんなに美しい生き物じゃありません。
だからこそ同じ人間として、聖人君子じゃなくて弱かったりずるかったりする人の方にわたしたちは共感するんじゃないでしょうか。
人の共感を集める人ってつまり魅力的な人っていうことになるんじゃないでしょうか。
そう、あなたの中にあるめんどくささは、ちゃんと取り扱えばあなたの魅力になるんです。
それはつまり、「あなたのなかのめんどくささを受け入れる」ということです。

いけかよは承認欲求が強いし目立ちたがりだし人に好かれたいし嫌われることはすごく怖いし。
でもだからって自分が嫌いな人から好かれたらイヤだし、自分は話が長いくせに話が長い人は嫌いだし、自分だって面倒くさいのに面倒くさい人のことは嫌いなんです。

でも、だからなんだというのでしょう。

人間ってそういう矛盾だらけの生き物なんです。
いいとか悪いとかじゃなくて、そもそもそういうめんどくさい生き物なんです。
だったら別によくないですか?あなたのままで。

これが「あきらめる」ということです。
「あきらめる」のは「自分であること」を、です。自分を許して、自分の本当の気持ちを受容して、とことん自分を生きる、ということです。

あきらめることができれば、自分以外のものにならなくて済みます。
人は、もっとちゃんとしてなきゃとかもっとシゴデキじゃなきゃとかもっといい人じゃなきゃとか考えて、自分以外のものになろうとするからめんどくさくなる。つまり生きづらくなってしまうんだと思うんです。

自分であることを諦めるというのは、自分に正直になり、自分を受容するということです。
そしてそれは、あなたにしかできません。
あなたをすべてありのまま受容してくれるのは、あなただけなんです。他人に受容されるよりも、あなたがあなたを受容することがもっともパワフルで意味があることなんです。自分とは一生つきあっていかなければならないからです。

そしたら、自分のなかにあるめんどくささを自分で認めることができて、結果的にそのめんどくささは淀むことなく、昇華していきます。
他人に受容されるのは、それからです。

自分のめんどくささを素直に受け止めることができる人は、他人の面倒くささも受け止めることができます。人間とはそもそもめんどくさい生き物だということを知るからです。そして、自分にも他人にも正直になれる。
そんな人って魅力的なんじゃないでしょうか。

自分に対して正直であれば、他人に対して嘘をつく必要もなくなるんです。

AIにはつくれない「めんどくささ」

あなたのなかにある「めんどくささ」は、あなたの「個性」に過ぎません。
承認欲求が強いとかこだわりが強いとか自己主張が強いとかというのも、裏を返せば努力家でプロ意識が高くて華があるとも言えます。
人の性格って全て裏表です。良いも悪いもないんです。

だからこそ、人間というのは予定“不”調和で矛盾に満ちていて予測もジャッジもできない。AIには作り出せない、生身で血の通ったコミュニケーションは、あなたの「めんどくささ」から生まれるかもしれないのです。

だから、あなたはあなたのままで「あなた」を思い切り生きてほしいと思います。それが結果的に、世界を幸せにすると思うからです。

では、また!

おまけ:素敵にめんどくさいあなたこそ自分と向き合ってほしい

ここまで書いてきたように、自分のなかのめんどくささを「魅力」にしていくためには「自分と向き合う」ということが不可欠だと、いけかよは思っています。

今自分は何を感じているか?
これをキャッチするための行為こそが、自分と対話するということです。
そんな自己対話力は、 AIがなんでも作ってくれる今の時代にこそ重要性を増していると、現役のライターとして現場で感じていることです。

AIとうまく協業しながら、いかに自分がつくることの意味をもたらすか。
それを「言葉の体温を取り戻す」というテーマで、みなさんと一緒に考える場をご用意しました。
「言葉の体温」を取り戻す、対話的ライティング入門講座
きちんと自分自身に立ち返り、内観し、「書くこと」「考えること」についてじっくり浸れる90分です。
いけかよの感じる仕事現場でのAIのリアルなんかもお伝えしますので、AIが得意な人も苦手な人も、ぜひご参加ください。

開催予定は以下のとおり。両日とも同内容です。
お申し込み&詳細は以下よりご確認ください。

2月17日(火)20:00〜21:30
https://elama.be/workshop-event/taiwawriting202602/

3月7日(土)10:00-11:30
https://elama.be/workshop-event/taiwawriting202603/

みなさんのご参加お待ちしています!

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