「私はなんでもっと人間関係をうまくできないんだろう」
そう言ってひとり泣いた夜がありました。
フリーランスの人事になって2年目。次の新しい道にふみだす前に、2月のフィンランドに2週間滞在しました。
マイナス20℃の広い世界で考えたのは、この2年間で出会い、そして別れてきた人たちのことです。終わった仕事のクライアントやチームメンバー、研修で会ってそれきりになった人、あの時に傷つけたかもしれない家族のこと。
私たちは日々だれかと関わって生きて、傷ついたり怒ったり悲しんだり、心が麻痺して動かなくなったりしています。「もうAIとだけ話したい」「人間は裏切るから嫌」。そんなことを言われたこともありました。
もう人間関係の正解がわからなくなって、それでも人事としてだれかのことを応援したくて。答えのないままにフィンランドに飛んだのです。
そこで出会ったのは新しい人間関係のヒント。良い悪いの白黒だけでは測れない、これからの時代の”色”でした。
あなたにもひとり泣いた夜はあったでしょうか。
人に傷つきながらも人といることを諦めていない。
そんなあなたにこの記事を贈ります。

2月のフィンランドは白でも黒でもない
人生5回目のフィンランドですが冬に行くのははじめてでした。12月のクリスマスは華やかだけれど、基本的に冬は暗く寒く耐える時期だと聞いていました。
私はすっかりおびえてしまって、2ヶ月前から準備をして人生最高額の防寒アウターを買ったほどです。日照時間が短くて気分が落ちこみやすいと知り、対策としてビタミンDサプリやインスタント味噌汁を買って、Netflix入会までしました。落ち込む準備は万全です。
一方で、スキー場のような雪で白銀に輝く北欧の自然もまた楽しみでした。

(インスタント味噌汁・だしのもと・ほうじ茶ティーバッグのセット。日本食が恋しくなったとき用にジップロックに詰めていきました。)
今回の旅では4つの都市を巡りました。首都ヘルシンキ、成長著しいオウル、砕氷船が有名なケミ、フィンランドで3番目に古い中世都市ラウマ。
この中で一番北にあるのはケミで、サンタクロースのいるロヴァニエミとほぼ同じ緯度です。
飛行機で首都ヘルシンキに降り立ちました。ヘルシンキはフィンランドの中でもっとも都会ですが、大きなテーマパークがあるわけではありません。
ヘルシンキの夜の闇で光るのは、道ゆく人に向けた窓辺の飾りや、カフェでおしゃべりする人たちのランプ、大きなショーウィンドウの中の小さな椅子。
フィンランドにくるといつも「日常の中のささやかな喜び」を味わいにきている気分になります。テーマパークのような想像を超える刺激はないけれど、ただ、忘れていた沁みてくるものがある街です。

(窓辺にカーテンがない家も多いヘルシンキ。家の灯が寒空の下を歩く人を優しく照らしてくれます。)
さあ、ヘルシンキから北上していくと列車の窓は雪景色ばかり。北に行くほど太陽がのぼりきらず、9時ごろに地平線から出てきた太陽は、ずっと日暮れかのようにぼんやりと空を照らして17時ごろにまた沈みます。
そのため、北にあるオウルやケミに着いたとき、私は雪で真っ白な世界か日が出ない真っ暗な闇を想像していました。
でも、そこにあったのは暗く深い黒でも、光輝く白銀の白でもありませんでした。
白黒どちらでもない、”ブルーグレー”な世界だったのです。
臆病な私の歩きかたはこうだった

フィンランドの北部はあまりの寒さで雪がとけません。積もった雪はレフ板のように日光を反射します。すると水平線ギリギリのほのかな日光でも、あたりを照らし出して真っ暗ではなくなります。でも、全部を照らし出すほど明るくはありません。
すると、暗いのか明るいのか黒いのか白いのかわからない、青みがかった視界になります。今まで生きてきてはじめて知りました。白と黒の間はグレーじゃないのです。

(夕方16時のケミの街。日が沈む前にも関わらず、まるで夜のようにイルミネーションがまたたいています。)
さらにびっくりしたのは、このブルーグレーな視界がなんとも心を落ち着かせてくれることでした。
私は毎日10時から15時まで街中を散歩していました。フィンランド人の友人と博物館に行ったり、カフェで家計簿をつけたりもしました。

(ケミ駅のプラットフォームにあるCafe Hertta。学生さんや旅行客、地元の女性たちのおしゃべりでにぎやかでした。)
外を歩いているとき、ふと気づくと自分の頭の中がとてもシンプルなのです。
「お腹へったな」「屋根のつららがすごいな」「寒いけどこの靴あったかいな」、それくらいしか考えていません。
日本にいたときには「次はこの段取りをしておかないと」「返信してないからあの人怒ってないかな…でも気が進まないな…」と同時にいろいろ考えていました。いえ、考えていたというよりも、人間関係にまで気を張って嫌になったり腰が重くなっていました。
フィンランドに来て私の性格が劇的に変わったのでしょうか?
そうではありません。このブルーグレーの視界が、私に余計なことを考えないですむようにしてくれていたのです。

(昼の14時のケミはうっすらと太陽が照っていました。凍った湖の上を歩いていきます。車や自転車の跡についていったり、まだだれも歩いていない新雪に踏み出してみたり。)
日本の都会は夜でも明るくて昼間のようです。ただ、私は明るいところだと人の目が気になる性格なんです。50メートル先の人に変に思われないように姿勢を正して歩こうとしたり、すれ違う人のささやき声や表情が気になったり。
一方で、逆に暗い夜道でもビクビクしています。街灯がぼんやりあるような道では、人がいるのかいないのか見えないのが怖いです。人がいたらいたで、どんな背格好なのかどんな表情なのかも近づかないとわからないのでずっと緊張しています。
明るくても暗くても、白でも黒でも、どちらの視界でも周りの人を意識せずにはいられませんでした。
でも、ブルーグレーの視界は不思議です。50メートル先からくる人は、背格好やニット帽の色はなんとなく見えますが性別や年齢はよくわかりません。すれ違うくらい近くなっても、その表情は青みがかったグレーの向こうではっきり見えなくて。おたがいになんとなく道を譲って端によりながらすれ違っていきます。
きっと相手からも私がどんな人かはっきり見えないことでしょう。ブルーグレーの視界は、人の目を物理的にぼやかしてくれて「はっきり見えない安心感」をくれました。
相手の目線を気にしなくていいからこそ、私は人間関係に気を張らないでリラックスして、シンプルに自分に没頭していられたのです。
明暗のはっきりした日々に「あいまいさ」を

(比較的明るい街でも建物のかげはブルーグレー。わざわざ日陰になる道を選んで散歩するようになりました。)
考えてみると、この「はっきり見えない安心感」は人間関係にも言えるのではないでしょうか。
明るい照明のもとでは、私はいつも気を張って何かの役割を果たしているように思います。
電車の蛍光灯の下では学生や社会人として。会社のパソコンのブルーライトではナントカ部署のナントカさん。家のダイニングテーブルの灯の下ではお父さんやお母さんや家族の一員。
周りが見えてしまうと私はがんばってしまいます。同僚や近所の目が気になったり、「あれもこれもしてあげなきゃ」とやれるだけやろうとします。
明るくおたがいがよく見える環境は、「何かをはっきり果たしなさい」というプレッシャーになっているようにも思います。
とはいえ、いきなり「暗い中でひとりの時間をとりましょう」というのも私には難しいんです。
フィンランドの人たちは暗さにとても慣れています。フィンランド在住20年の方いわく、「フィンランドの人たちは、冬は暗い暗いっていうわりに照明を明るくしないの。夏の明るさが特別なだけで、普段は暗いのが落ちつくんじゃないかな」とのこと。

(オウルの朝9時。外は明るいのに、ホテルのレストランでは照明を落としてキャンドルを灯します。)
でも、今の日本の明るさに慣れた私にとっては暗すぎるのも不安になります。人間関係でも、周りが見えないと寂しさを感じたり、自分はどう思われているだろうかと気になったり。いきなり暗い中でひとりになることも、また落ちつかないのです。
だから「ブルーグレーのあいまいさ」が好きです。
おたがいに全部は見えないけれどなんとなくは見えていて、はっきり見えないことに安心できる。そんな白黒つけない人間関係もあっていいのだと思います。それは、人のことも気にかけながらも気を張らないでいい、相手も自分も大切にできる”ブルーグレーな関係性”です。
あなたの夜明けはブルーグレーな時間
あなたは今、あなたにとって心地よい関係性の中にいますか?
もしかしたら、傷ついて怒っている人もいるかもしれません。期待に応えようとがんばりすぎたり、突然休んで部屋の暗さの中でひとりになりたい日もあるかもしれません。
それでも毎日がんばっているあなたに大きな拍手を贈りたいです。
そして、もし相手のことを意識しすぎている今の関係を変えたいなら、相手のことをあいまいにする時間を作ってみるのはどうでしょう。
気にしないようにと意識するだけだと余計に気になったりしますよね。だから、本当に視界があいまいになって、人の目が気にならなくなる時間に散歩にでてみませんか。
おすすめは夜明け前か日暮れごろです。まったく同じ色ではないけれど、まだ日がのぼる夜明け前、空が黄色くなっていない薄ぼんやりした時間はとても似ています。
15分くらいぼんやり歩きましょう。
周りに目をこらしても、こらさなくてもいいのです。気になるものを見たらいいし、見たいものは自分で選べます。「あの人が自分をどう思ってるか」を考えたり、全てを白日の下にさらさなくてもいい時間です。シンプルになったあなたの心には何が思い浮かぶでしょうか。

(中世都市ラウルの朝方8時。約200〜300年前の建物がのこる旧市街にはカラフルな家が立ち並びます。ブルーグレーに塗られた建物もちらほら。)
人間関係は、周りが見えすぎてぶつかることもあれば、見えなくて孤立したりとさまざまです。もちろん元気なときは思いっきり本音でぶつかるのもいいし、疲れすぎたらシャットダウンして暗闇でひとりになりにいきましょう。
けれど、いつもその白黒どちらかでいる必要はなくて、なんだったら普段の8割はその境目にあるブルーグレーな関係性でもいいんじゃないでしょうか。おたがいにちょっと目を細めてあいまいにして、相手も自分も大事にしながらゆるやかにつながっていきませんか。
人と関わっていたらひとりで泣くような夜もあるけれど。それでも、私に元気をくれるのもまた人です。
人に傷つきながらも、人といることを諦めたくないからこそ、時にはブルーグレーが必要なのです。
ブルーグレーは私をだれかと一緒に生きられるようにしてくれる色。
私をあなたと生きられるようにしてくれる色。
あなたの夜明けにブルーグレーの贈りものを。

text by ひらふく


