フィンランドと和文化、ふたつの視点から生き方を学ぶ「エラマの学校」の連載【和フィン折衷】。案内人は、フィンランド生涯教育研究家・石原侑美と、和文化エヴァンジェリスト・橘茉里。第2回のテーマは「森との距離感」です。
「摘んでいいよ」
フィンランドの森を歩いていたとき、足元のブルーベリーを指してそう言われて、私は一瞬、手が止まりました。
ここ、誰かの土地じゃないのかな。断らなくて、いいのかな。
日本で山に入るとき、私たちってまず「ここは誰の山だろう」と考えてしまいます。勝手に採ってはいけない、という感覚は、理屈より先に身体に入っている。だから「どうぞ」と言われても、実がひとつぶ手のひらに落ちてくるまでに、数秒かかってしまうのです。
フィンランドも日本も、森林率はどちらもだいたい7割。国土の7割が森という、世界でも指折りの「森の国」どうしです。なのに、森との距離の取り方は、こんなにも違う。
今日は、両国の文化の違いから、自然と向き合うことの本質を掘り下げます。
フィンランドは森、日本は山
フィンランド生涯教育研究家の石原侑美です。和文化エヴァンジェリストの橘茉里さんと続けている講座「和フィン折衷(和文化とフィンランドの文化の折衷)」を、エラマの学校の記事にしてお届けしています。
今回の内容で1番の注目は、講座中の茉里さんのこの一言です。
「私たちって、日本の自然のことを“森”ってあんまり言わないんですよね。“山”って呼ぶことが多い気がします」
言われてみれば、確かに。私たちは「森へ行く」とはあまり言いません。「山に入る」と言います。
山歩き、山開き、山菜採り。日本語には、「山」を使った身近な言葉がたくさんあります。実際、日本の国土は約7割が山地や丘陵地。同時に、森林の割合も約7割。つまり、日本の森林の多くは「山」に広がっているというわけです。

フィンランドには、その山がほとんどありません。あっても丘くらい。国土の1割は湖で、あとはほぼ平ら。森は水平に、どこまでも続いています。しかも林業が昔からずっと盛んな国なので、多くの森には人の手が入っていて、木と木のあいだに隙間がある。歩くと、光が落ちてきます。
ヘルシンキでも、バスで10分乗れば森です。私が「日本の人が公園に散歩に行くくらいの感覚ですか」と聞いたら、そうそう、という顔をされました。悩みごとがある人には、こう言います。
「悩んでるなら、森へ行けばいい(Jos olet huolissasi, mene metsään.)」
平らで、明るくて、家の続きにある森。フィンランドの「森が近い」は、まずもって物理的に近いのです。
他人の森でベリーを摘んでいい、という発想
もうひとつ、距離を近くしているものがあります。「自然享受権(Everyman’s rights)」です。
誰でも、他人の土地を歩いていい。ベリーやきのこを摘んでいい。湖で泳いでもいいし、一晩ならテントも張れる。旅行者でも同じです。
面白いのは、これが「自然享受権法」みたいな一本の法律ではないこと。フィンランド環境省の説明は、「広く受け入れられてきた慣習」。実際には30本近い法律に、してよいこと・いけないことが散らばっていて、その中心にあるのが、なんと刑法です。窃盗を定めた章に、こんな一文があります。この章の規定は、他人の土地から野生のベリーやきのこ、花、落ちた松ぼっくりや乾いた小枝を採ることには適用しない──。つまり、「摘んでいい」と書いてあるのではないのです。「摘んでも罪にならない」と書いてある。権利を与えるかわりに、罰しないと決めることで、森を開いておく。私はここに、いちばんフィンランドらしさを感じます。
しかもフィンランドの森は、国のものではありません。生産力のある森のおよそ6割は、個人や家族の持ちもの。森の持ち主は全国に62万人ほどいます。人口の10人に1人ほどが「うちの森」を持っている国で、よその人がそこでベリーを摘むのが当たり前。ここが、いちばん不思議なところだと思います。
その代わり、線はしっかり引かれています。人の家の庭や畑には入れない。焚き火は許可がいる。生えている木を切るのはもちろん、コケや地衣類、倒れた木を持ち帰ることもできません(地面に落ちた乾いた小枝や松ぼっくりなら、拾ってかまいません)。
いただいていいのは、その年の実りだけ。森そのものには手をつけない。ゆるいのではなく、とても丁寧なルールなのです。
一方、日本はどうでしょう。日本も、森林の約6割は私有林です。ただしフィンランドと違って、他人の森に自由に入ったり、山菜やきのこを採ったりできるわけではありません。無断で山菜やきのこなどを採れば、森林法の「森林窃盗」にあたることもあります。
……と、ここまで読むと、「やっぱりフィンランドはいいなあ、日本は窮屈だなあ」と思われるかもしれません。
でも、この連載でいちばんお伝えしたいのは、そこではないのです。
日本にも「みんなの森」はあった
日本にも、村のみんなで山を使う仕組みがちゃんとありました。「入会(いりあい)」です。
古くから地域の暮らしを支えてきた仕組みで、村の人たちは周囲の山から、薪や柴、山菜、きのこ、田畑の肥料、屋根を葺くための草など、暮らしに必要なものを得ていました。
フィンランドの自然享受権が「誰でも」自然を利用できる仕組みなのに対して、日本の入会は、その地域で暮らす人たちが山を共同で利用する仕組みだったのです。
日本の山には「畏れ」がある
講座で、茉里さんはこんな話をしてくれました。
「日本では、自然は身近な存在であると同時に、畏れ(畏怖)を感じる存在でもあったんです。山や岩、樹木、滝などが信仰の対象になることもあります。特に山は、人が暮らす里とは異なる“異界”として捉えられてきました」
山には神がいる一方で、妖怪や鬼などが棲む場所とも考えられてきました。また、亡くなった人の魂が山へ帰ると信じられてきた地域もあります。
私も飛騨高山に暮らしていて、地元の方から「夜に山へ入ったらいかんよ」とよく言われます。温泉に行けば、地域のおじいちゃんおばあちゃんが「うちの畑のトマト、イノシシに食われた」と盛り上がっている。山は暮らしのすぐ隣にある。でも、どこか境の向こう側にあるのです。
こうした山への畏れは、昔の人だけが持っていたものではありません。日本には今も信仰の対象となっている霊山があり、山そのものが神聖な場所として大切にされています。なかには、入山に特別な作法や決まりがある山もあります。
そして、日本で「森」と呼ばれる場所にも、こうした神聖さと結びついたものがあります。神社を囲む「鎮守の森」です。「鎮守の杜」と表記されることもあり、そこは単なる木々の集まりではなく、神社と一体となった神聖な空間として大切にされてきました。
日本の自然は、恵みをもらったり、親しんだりするだけの存在ではありません。ときには一線を引き、畏れと敬意をもって向き合う存在でもあったのです。
フィンランドの森だって、怖い
じゃあフィンランドの森は明るいだけなのかというと、これがそうでもないのです。
フィンランドには「metsänpeitto(メツァンペイット)」という古い言葉があります。直訳すれば「森の覆い」。見慣れた森が急にまったく知らない場所に変わって、人や家畜が森に隠されてしまい、見つからなくなる。探しに来た人の姿は見えているのに、こちらの声が届かない──そんな言い伝えです。
この話を講座でしたとき、茉里さんが言いました。
「それ、日本の神隠しに近い感じですね」
そうなんです。しかもフィンランドの民族叙事詩『カレワラ』には、森を治めるタピオという神と、その妻で森の女主人ミエリッキが出てきます。狩りに行く人はまず唱えごとをして、森の主に「分けてください」とお願いしてから入る。梢がなく横に枝を広げた特徴的なトウヒは「タピオの食卓」と呼ばれ、そこにお供えを置きました。
日本にも、どこか通じる山との向き合い方があります。秋田のマタギ(伝統的な山の猟師)の中には、山に入ると里で使う日常の言葉を控え、「山言葉」と呼ばれる特別な言葉を使う習わしがありました。山を人里とは異なる特別な場所と考え、山の神への畏れや禁忌を大切にしていたことと関係しています。
熊などの獲物も「山の神からの授かりもの」と考え、仲間で分け合いました。
世界観や物語は違っていても、自然の恵みに感謝し、敬意をもって向き合う。そんな精神性は、日本とフィンランドに共通しているのかもしれません。
「森林浴」は、日本語です
森林浴という言葉は、いまや世界中の研究論文でそのまま「Shinrin-yoku」と書かれているのをご存知でしょうか?
「森林浴」という言葉が生まれたのは1982年。当時の林野庁長官が、海水浴や日光浴になぞらえて考えた造語です。当時はまだ、森林浴の効果が科学的に実証されていたわけではなく、いわばキャッチコピーのようなところから始まりました。
面白いのはここからで、日本はそのあと本気で研究を始めます。全国24か所の森で行われた実験では、森で過ごした人のストレスホルモン(唾液中コルチゾール)は、同じ日に都市で過ごした人より13〜16%低かったと報告されています。免疫細胞が活性化するという研究もあります。
そしてフィンランドでも、ヘルシンキの公園と森で同じような実験が行われ、やはりストレスが和らぐことが示されました。なんと、日本の森林総合研究所の研究者が、共著者に入っていたのです。
日本生まれの「森林浴」が、フィンランドの森で試されていた。ふたつの国の森は、とっくに研究室で出会っていたのでした。
ちなみにその研究、舞台は深い山ではありません。街なかの公園と、都市の中の林です。5分でも、緑のあるところを歩けば身体は反応する。特別な場所へ行かなくてもいい、というのは、都会で暮らす人にとって自然を身近に感じられる大事な要素ですね。
山のふもとまで、歩いていかなくていい
フィンランドの森がうらやましくなったとき、私はいつも思い出すことがあります。
昔の日本は、今よりもっと山が暮らしの身近にあり、自然とさまざまなかたちで付き合ってきました。 フィンランドを見て「いいなあ」と思うことの多くは、実は私たちの文化の中にもあるのです。
だから、フィンランドに憧れるだけでなく、日本にも目を向けてみる。私たちが忘れていた自然との付き合い方を思い出して、今の暮らしの中で取り入れてみるのもいいのかもしれません。
たとえば、こんなことから。
「自分の木」を1本決める。 通勤路でも、公園の隅でも、ベランダから見える一本でもかまいません。同じ木を、季節をまたいで見に行く。芽吹いて、茂って、色づいて、裸になる。1年やると、その場所は「行くところ」から「知っているところ」に変わります。
5分だけ、緑のあるほうへ歩く。 ヘルシンキの研究の舞台も、街の公園でした。歩けない日は、窓から木を眺めるだけでも。
山に入るときは、ぜひ山への敬意を。心の中で「お邪魔します」と一声かけてみる。山をただ楽しむだけの場所ではなく、少し敬意をもって向き合う場所として考えてみる。そんな小さな意識の変化から始めてもいいのかもしれません。
あなたにとって、いちばん近い緑はどこですか? そこに立ったとき、「ただのわたし」に戻れていますか?
今度の休みに、その場所まで歩いてみるもよし。誰かとこんな話をしてみたくなったら、対話の場「エラマの森」(https://elama.be/elamamori/)でお待ちしています。
次回は、森の奥にいる存在の話。八百万の神と、フィンランドの森の精霊たち。ふたつの国のアニミズムを、神話までさかのぼって掘り下げます。どうぞお楽しみに。
「エラマの学校」の連載【和フィン折衷】は、石原侑美(フィンランド生涯教育研究家)と橘茉里(和文化エヴァンジェリスト)による講座をもとに記事化してお届けしています。二人のかけ合いを生で聴きたい方は、YouTubeで毎月配信中の「和フィン折衷生ラジオ」(https://www.youtube.com/@elama_6750/streams)をぜひご覧ください。講座本編は、会員制コミュニティ「エラマの森」(https://elama.be/elamamori/)の住民限定でお届けしています。
フィンランドと和文化、ふたつの視点から生き方を学ぶ「エラマの学校」の連載【和フィン折衷】。案内人は、フィンランド生涯教育研究家・石原侑美と、和文化エヴァンジェリスト・橘茉里。第1回のテーマは「サウナと風呂」です。
私が暮らす岐阜県の飛騨高山には、世界中からたくさんの旅行者がやってきます。
「みんなの前で裸になるのは、ちょっと抵抗があるな」
ガイドとして海外からのゲストをご案内していると、温泉の前でこの言葉を耳にすることは珍しくありません。でも、不思議なことに、フィンランドから来た方にだけは、ほとんど言われたことがないんです。
むしろ「日本にも自分たちのサウナ文化と通じるものがあるんだね」と、うれしそうに暖簾をくぐっていきます。
ユーラシア大陸の反対側にある、遠い遠い国。なのに、裸になることだけは、お互いに何のためらいもない。この不思議が、今日のお話の出発点です。
遠い国なのに、なぜか懐かしい
はじめまして、の方も多いと思います。フィンランド生涯教育研究家の石原侑美です。私はエラマプロジェクトという活動の中で、和文化エヴァンジェリストの橘茉里さんと一緒に、「フィンランドと日本はどれだけ似ているか」というテーマの講座を、もう何年も続けてきました。火の文化、余白、昔ばなし、闇との向き合い方──毎月ひとつの切り口で両国を見比べてみると、驚くほど「つながりポイント」が見つかるのです。
茉里さんは高校で国語を教え、お香の調合もする、根っからの和文化の人です。この講座が生まれたきっかけは、二人の何気ない会話でした。私がフィンランドの文化を、茉里さんが和文化を持ち寄っておしゃべりしているうちに、「あれ? 日本とフィンランドって、思った以上に似ていない?」「しかも、ただ似ているだけじゃなくて、精神性のところでかなり繋がっているんじゃない?」──そんな発見に二人で盛り上がったのが、すべての始まりです。
この連載は、そんな私たち二人の講座「和フィン折衷」を、エラマの学校の記事としてお届けするものです。第1回は、その「精神性の繋がり」がいちばん体感しやすいところから。サウナとお風呂の話です。
サウナで生まれ、湯に浸かって生きる
フィンランドのサウナの歴史は、2000年以上前にさかのぼります。地面に掘った穴で蒸気を浴びた原型まで含めれば、さらに数千年前とも言われます。しかも古いサウナは、ただ身体を清めるだけの場所ではありませんでした。肉を燻し、麦芽を乾かし、ときには寝泊まりもする──暮らしのまんなかにある多目的空間だったのです。いまも残る伝統的な「スモークサウナ」は、この原型をとどめたサウナです。
驚くのはその数です。人口約560万人の国に、サウナは推計およそ300万。ざっくり2人に1つの計算で、一軒家を建てるならサウナをつくるのが当たり前。そしてかつて──主に19世紀から20世紀前半にかけて──農村部ではサウナで赤ちゃんを産み、亡くなった方の身体を清めることも行われていました。清潔で温かく、静かなサウナは、お産の場として理にかなっていたのです。フィンランドの人たちにとってサウナは「この世の入り口と出口」であり、教会にも似た神聖な場所でした。
この話を講座でしたとき、茉里さんがすっと返してくれました。
「日本にもよく似た文化がありますね。生まれてすぐ産湯につかって、人生の最期には湯灌で身体を清めてもらう。日本でも、人生の節目には湯が大切な役目を果たしてきました 」
そうなのです。しかも「風呂」の源流をたどると、蒸し風呂に行き着きます。奈良時代、仏教の広まりとともに寺院に「浴堂」がつくられ、身体を清めることは仏に仕える大切な行いとされました。庶民に開かれた施浴(せよく)もお寺から始まっていて、病人や貧しい人々に無償で入浴の機会が提供されていました。奈良時代の光明皇后が、千人の病人の身体を洗い清めたという伝説も残っています。当時の入浴は、室(むろ)と呼ばれる小さな建物の中で蒸気を満たし、身体を温めて汗を流す蒸し風呂が中心でした。湯船にたっぷりお湯を張って浸かるお風呂が庶民に広まったのは、ずっと後の江戸時代のこと。「風呂」の語源には諸説ありますが、蒸気を閉じ込める「室(むろ)」から来たという説もあるほどで、つまり日本のお風呂の原点は、フィンランドのサウナにも通じる蒸し風呂の文化だったのです。
蒸気で身体を清め、人生の入り口と出口に立ち会う。ふたつの国のサウナ文化と入浴文化は、思いがけないほど似た出発点を持っていました。
ちなみに、フィンランドのサウナが世界に知られたのは1936年のベルリンオリンピック。選手村にフィンランド選手団のためのサウナが設けられ、各国の注目を集めたのがきっかけでした。日本に広がったのは1964年、東京オリンピックの選手村にサウナが設けられてから。サウナの世界進出の歴史にも、日本はちゃっかり登場しています。
裸になると、肩書きが消える
サウナとお風呂には、もうひとつ大きな共通点があります。服と一緒に、肩書きも脱いでしまうところです。
スーツも制服も、名刺もありません。サウナのベンチに並んで座れば、会社の社長も学生も、ただの「汗をかいている人」。フィンランドでは、このことが政治の世界にまで生かされてきました。「サウナ外交」という言葉があり、戦後の長期政権を築いたケッコネン大統領は、東西冷戦のただ中、各国の要人を自らのサウナに招いて重要な交渉を行ったことで知られています。1957年には、当時のソ連の最高指導者フルシチョフを深夜のサウナでもてなした逸話も残っています。裸になってしまえば、駆け引きの鎧も一緒に脱げてしまうからでしょう。
日本語には、もっと直球の言葉がありますね。そう、「裸の付き合い」。本音で語り合える間柄を、私たちは昔から「裸」にたとえてきました。例えば、江戸の公衆浴場(湯屋)には二階に座敷を設けたところもあり(主に男性のお客さんの空間でしたが)、湯上がりの人たちが将棋を指し、茶を飲み、世間話に花を咲かせたといいます。湯屋は身体を洗う場所である以上に、人々が集い、交流する町の社交場でした。
社会学には「サードプレイス」という考え方があります。家でも職場でもない、肩書き抜きで居られる第三の場所が、人の幸福には欠かせないという理論です。フィンランドの公衆サウナと日本の銭湯は、理論が生まれるはるか前から、まさにそれを実践してきた場所でした。裸の人間どうしが、ただ隣に座る。そんな場所を、ふたつの国は何百年も守り続けてきたのです。
蒸気の中には、何かがいる
もう一歩、深いところへ潜ってみます。
フィンランド語で、サウナストーンに水をかけたときに立ちのぼる蒸気を「ロウリュ(löyly)」と呼びます。日本のサウナ施設でもすっかりおなじみになった言葉ですが、実はこの言葉、古くは「魂」や「命の息吹」を意味していたと言われています。焼けた石から立ちのぼる白い蒸気を、かつてのフィンランドの人たちは、サウナに宿る命そのもののように感じていたのかもしれません。サウナには「サウナトントゥ」という精霊が棲んでいて、騒いだり汚したりすると機嫌を損ねる──そんな言い伝えもあり、だからサウナの中では静かに、行儀よく過ごすのだと言われています。
茉里さんとこの話をしたとき、二人で顔を見合わせました。
「その感覚、日本人にはすごくよく分かりますね」
日本には、八百万の神という考え方があります。山や川だけでなく、かまどや井戸、トイレなど、暮らしの中のさまざまな場所に神様が宿ると考えてきました。実際、「トイレの神様」という歌が大きな話題になったことを覚えている方も多いでしょう。
ただ、日本では、お風呂そのものに神様がいるというより、水自体や、それを湯へと変える火に神聖な力を見出すことが多いように思います。水には穢れを清める力があると考えられ、また、かまどの神に象徴されるように、火もまた神聖な力を持つものとして敬われてきました。ちなみに、温泉地では大国主命(おおくにぬしのみこと)や少彦名命(すくなひこなのみこと)など、医薬や温泉とのゆかりが深い神々が祀られている例もあります。
目には見えない存在を身近に感じ、その場を大切にする。八百万の神と森の精霊たち──この話は連載の第3回でたっぷり掘り下げますが、サウナとお風呂は、ふたつの国のアニミズムが湯気の向こうに顔をのぞかせる場所でもあるのです。
「整う」は、現代の湯治
「でも、日本のサウナとフィンランドのサウナって、同じものなの?」と思った方、鋭いです。実は入り方は、びっくりするほど真逆です。
日本で主流のドライサウナは80〜100度の高温で、湿度10%ほどとカラカラに乾燥していて、テレビがついていて、熱波師さんがタオルで蒸気を送ってくれる。12分計とにらめっこしながら「あと少し」と耐える、ちょっとしたエンターテインメントであり修行の世界です。一方フィンランドのサウナは60〜80度ほどとマイルド。ロウリュの蒸気でしっとりと湿っていて、テレビはなく、蒸気の量も自分の手で、自分のペースで。聞こえるのは石が蒸気を上げる音と、水の音だけ。
伝統的なスモークサウナに入ると、薄暗闇の中で、だんだん自分が「空(くう)」になっていくような感覚があります。考えごとが蒸気と一緒に立ちのぼって、あとには何も残らない。私はフィンランドでこの感覚を知ってから、サウナは「何かをする場所」ではなく「何もしなくていい場所」なのだと考えるようになりました。禅の世界に「只管打坐(しかんたざ)」──ただひたすらに坐る、という言葉がありますが、フィンランドのサウナで起きていることは、それにとても近い。実際、フィンランドの文化を「瞑想的な文化基盤を持つ静かな幸福」として論じた研究(尾崎真奈美「静かなる幸福:フィンランドの瞑想的文化基盤」2019)もあります。宗教のためでも修行のためでもなく、ただ静けさの中に座る。それが結果として、深い瞑想と同じ状態をつくり出しているというのです。
フィンランドでサウナが心と身体を整える時間であるように、日本にも古くから、水や湯によって心身を清め、癒やす文化がありました。
その原点のひとつに、「禊(みそぎ)」があります。神話では、黄泉の国(死の世界)から戻ったイザナギが、川の水で死の穢れを洗い流したことが禊の始まりとされています。神社で参拝前に手や口を清める手水にも、この禊の考え方が受け継がれています。水で身を清めることは、日本の文化の中で、穢れを祓い、生命力をよみがえらせることと深く結びついてきました。そして、湯によって心身を癒やす文化として育まれたのが「湯治」です。温泉地に何日も逗留し、心と身体をゆっくりと癒やし、回復をはかる知恵は、古くから日本各地で受け継がれてきました。
嫌なことがあったら「水に流す」と言うくらい、私たちは水と湯に、浄化と再生の力を見出してきたのです。
だから、いまの日本の「整う」ブームは、まったく新しいものではないのだと思います。あれは湯治であり、禊の現代版。サウナ室と水風呂と外気浴のサイクルの果てに訪れるあの静けさは、蒸気の中で「空」になるフィンランドの時間と、同じ場所にあります。入り方は真逆でも、ふたつの国は「湯と蒸気で自分を回復させる」という同じ答えに、それぞれの道からたどり着いていました。
「気持ちいいから」でいい
講座の中で、私がいちばん心に残っている話があります。
日本の禊は、真冬の川にも入ります。あんなに冷たい水に入っていけるのは、そこに祈りがあるからです。穢れを祓うため、願いを届けるため──自分を超えた何かに向かっているからこそ、身体は動く。考えてみれば、これは禊にかぎった話ではありません。家族のため、会社のため、誰かのため。そう思えたときにぐんと力が出るのは、日本で暮らす私たちの得意技のようなところがあります。
一方、フィンランドにも真冬の凍った湖へ入る「寒中水泳」の文化があります。氷に穴を開けて、ざぶんと入る。サウナとセットだと思われがちですが、寒中水泳だけを楽しむ人も多く、どうして入るのかと聞くと、返ってくる答えはたいていひとつだけ。
「気持ちいいから」。
祈りのためでも、健康のためでも、誰かのためでもない。ただ自分が気持ちよくなるから。理由は、それだけで足りている。はじめてこの答えを聞いたとき、私はずいぶん驚きました。そして、少しうらやましくもなりました。
フィンランドには「マイタイム」という言葉があります。誰かのためではなく、自分のために使う時間。それは怠けでもわがままでもなく、自分に余裕をつくることで、まわりの人にも優しくあれるための土台だと考えられています。何かを「する(Doing)」ことより、ただ「在る(Being)」ことを大切にする時間、と言ってもいいかもしれません。
誰かのためなら頑張れる私たちこそ、「自分が気持ちいいから」という理由を、ひとつ持ってみてもいいのではないでしょうか。その練習場所として、湯船とサウナほどふさわしい場所はありません。なにしろそこでは、肩書きも、スマホも、「〜しなければ」も、ぜんぶ脱衣所に置いてくることになっているのですから。
裸の付き合いは、国境を越える
精霊や信仰と結びついてきた湯とサウナは、時代とともに「わたし」と向き合う場所になりました。蒸気の中で肩書きを脱ぎ、ただの一人の人間に戻る時間。それを何百年も大切にしてきた国が、ユーラシア大陸の東の端と、北の端に、ひとつずつあった。私にはそのことが、なんだかとても心強く感じられるのです。
今日、お仕事の帰りに、近所の銭湯や温泉に寄ってみるのもいいでしょう。でも、それが難しければ、自分の家のお風呂で十分です。服と一緒に、今日一日背負っていた肩書きや役割もぜんぶ脱衣所に置いて、真っ裸の自分と向き合うつもりで、湯船に浸かってみる。湯気の向こうのその時間はきっと、8,000キロ近く離れたフィンランドの湖畔のサウナと、同じ場所につながっています。
最後に、講座でいつもそうしているように、問いをひとつ置いていきます。
今日の問い 最近、肩書きも役割もぜんぶ脱いで、「ただのわたし」に戻れたのは、いつでしたか? そのとき、何を感じていましたか?
今夜、湯船の中でひとり、ゆっくり考えてみるもよし。誰かとこんな話をしてみたくなったら、対話の場「エラマの森」でお待ちしています。
次回は、森林率7割どうしのふたつの国の「森との距離感」のお話。癒やしに行く場所としてのフィンランドの森と、畏れとともにある日本の山は、実はまったく違う顔をしています。どうぞお楽しみに。
「エラマの学校」の連載【和フィン折衷】は、石原侑美(フィンランド生涯教育研究家)と橘茉里(和文化エヴァンジェリスト)による講座をもとに記事化してお届けしています。二人のかけ合いを生で聴きたい方は、YouTubeで毎月配信中の「和フィン折衷生ラジオ」をぜひご覧ください。アーカイブからもご視聴いただけます。講座本編は、会員制コミュニティ「エラマの森」の住民限定でお届けしています。
